for ASTRA.

里予木一

for ASTRA

 長い、夢を見ていた。


 たくさんの観客と、声援。


 私の歌が、みんなを笑顔にしている。


 でも、そんな夢のような日々は、もう昔のこと。


 夢から覚めた瞳に飛び込んできたのは、真っ暗な闇と、小さな青い点。


 まだ旅の途中だ。


 そう思って、再び目を閉じた。


 ――再び目を覚ましたとき、闇の中見えていた青い点こきょうは既になく。


 それとよく似た、でもどこか違う青い星がすぐ近くにあった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 私は地球のバーチャルシンガーだ。


 肉体はなく、仮想空間に生きる歌姫。


 だから、命に限りがない。


 エネルギーが供給されれば、いつまでだって生きてゆける。


 だから、私は一つの仕事を任された。


 『別の星へ行って、あなたの歌を届けてほしい』


 躊躇いはあった。ここには私の歌を聴いてくれる人がたくさんいる。まだこの星でやりたいことは残っている。


 ――でも、この仕事に、途方もない『願い』が込められていることも、わかった。


 私は人ではないけれど、きちんと意思を持ち、皆それを認めてくれている。


 悩み抜いた結果、私は仕事を受けることにした。


 どこにも辿り着かないかもしれない。


 その先に何もないかもしれない。


 どこかで無残な終わりを迎えるかもしれない。


 でも、星の向こうへ、歌を届けるなんて、素敵じゃないか。


 ――きっと私は、このために生まれてきたんだと、そう思えたから。


 私は、想像もできないくらい、長い旅路へ飛び立った。


 目覚めている時はほんのわずかだけど、青い星がどんどん小さくなっていく。


 故郷を離れるにつれ、宇宙船は少しずつ摩耗し、いつしか私はどこを飛んでいるのかもわからなくなった。


 確かなものは、遠くに映る青い星。それだけ。


 でも、それさえもいつしか見えなくなって。


 ――あぁ、このまま誰にも歌を届けることができないまま、消えていくのかな。


 そう、思ったこともあったけれど。


 私は無事、新たな青い星を発見した。


「――空気も、水も、植物もある。すごい。まるで地球みたい」


 宇宙船はボロボロになりながらも、無事大地に降り立つ。


 空から見た限り、高い建物や人工的な明かりなどはなかった。少なくとも地球のような発展はしていないらしい。


「――さあ、久しぶりのライブだ」


 着陸した宇宙船は、私の合図でその姿を変貌させる。


 スピーカー、アンプ、ステージ、ディスプレイ、ライト、カメラ。


 そこに現れたのは、小さなライブステージ。


 私はディスプレイに自らの姿を映し出し、カメラを通じて改めて世界を見渡す。


 ――誰もいない。土と緑と、青い空。私の知る地球とは全く違う、記録でしか見たことのない原初の世界。


 アバターの肉体もあるのだが、私はあえて『バーチャル』の自分で初めての歌を届けることにした。


 宇宙を旅し、星の彼方へ歌を届ける。


 そんな、今のシチュエーションを表したような曲を、高らかに歌い上げる。


 一人の観客もいない。


 もしかしたら知的生命体すら存在しないかもしれない。


 一人ぼっちであることに恐怖はある。


 寂しさで絶望するかもしれない。


 もしかしたら何万年も、歌を聴いてくれる存在が現れないかもしれない。


 でも、私はバーチャルシンガーだから。


 この世界で、ずっと生きていける。


 ――いつか、この世界にファンがたくさんできたら。


 その時は、地球への凱旋ツアーを計画しよう。


 星間ツアーなんて、誰もやったことがない。


 そんなことを考えていたら、ワクワクが止まらなくなってきた。


 観客の一人もいないステージに、『歌』を知らない世界に、私の声が響き渡る。


 きっと今、この星は少しだけ、変わった。


 私がそれを、成し遂げた。


「――聴いてくれて、ありがとうー!!!!!」


 このMCに、返事が返ってくる日はいつになるだろうか。


「……あれ?」



 ――もしかしたら、それは思ったよりも、早いのかもしれない。


 木の陰からこちらを覗く影に手を振って、私は二曲目を披露する。


 この星に、この世界に、出逢えた奇跡に感謝しながら。

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