画面の外でもきみが大好き編

16再生【未来はいつだって不確かだからこそ、人はその不確かな先に向かって踏み出せるんだ】

「オレがAMENOHOSHI PRODUCTIONの社長、天ノ川あめなのだ!」


 今日も今日とて、どうしようもなく貧相な社長室で、アメプロの社長であるあめちゃんは、豪華な机の前に座り、豪奢な椅子にふんぞり返りながら、自信満々に宣言した。だが、その直後、椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。


「わ、あめちゃん! 足が短いのに、そんな無茶しちゃダメだってば!」


 慌てて駆け寄ったわたしの声を無視するかのように、あめちゃんはすぐさまピンと背筋を伸ばして立ち上がった。


「オ、オレの足は短くない! ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ可愛らしいだけなんだっ!」


 今にも泣きそうな顔をしているあめちゃんの頭を、わたしは優しく撫でた。


「よしよし、分かってるよ。あめちゃんは強い子だからね」


 『およよよ』と片手で目を覆いながら、わたしはもう片方の手であめちゃんの頭を撫で続ける。


「ふにゃあ~。いいぞ、もっとやれなのだ~って、おい!」


 ――まるで転がるようなボケとツッコミ、そしてノリの良さ。


 さすが、暴走球体“あめ”という名前は伊達じゃないなぁ。

 ここまで来たら、“天ノ川あめ”じゃなくて、むしろ“丸井あめ”に改名した方がいいんじゃないかと思う。


「それで、社長。今日は一体何の用であーしたちを呼び出したの?」


 ……この声は。


「ホント、急に呼ばれてビックリしたわ~。たまたま今日は予定が空いてたから良かったけど~」


 ……この声も、知ってる。


「しゃ、しゃしゃ社長さん、ぼ、ぼくみたいなのがこの場にいてもいいんでしょうか……?」


 ……この声は?


「なははははっ! えー、今日はみんな集まってくれてありがとうなのだ! みんなに集まってもらったのは他でもない、」


 あめちゃんが肘でわたしのお尻を突っ突いてきた。


「――え?」

「え? じゃないのだ! オマエが言ったんだろ! アノメンのみんなと“リアルで逢いたい”って!」


 ――あ!

 そうだ、そうだった――。


 目の前にいる三人に意識を集中しすぎて、ついボーっとしてしまってたよぉ。


「ご、ごめんねっ! そ、そうだったねぇ!」


 わたしは三人の前でペコリと頭を下げて、慌てて挨拶をした。


「オフでは、初めまして。敢えて本名は言わないけど、わたしは……」

「そうね、長い名前だから、別にわざわざ言わなくてもいいわよ」

「そうそう~。恵麻えまもそれでいいと思うわ~」

「…………」


 沈黙。


 わたしの中でいろいろな感情がぐちゃぐちゃに絡み合って、言葉がまったく出てこない。


 無言のまま、下を向いて立ち尽くしていると、


「りゃははは! 何堅くなってんのよ、もっとリラックスしなさい!」

「そうよ~。恵麻たちは、同じ事務所の仲間であり、同じVtuber仲間なんだから~」


 二人の女性が、朗らかな笑顔を浮かべて言った。


「「ね?」」


 ほんの一瞬の沈黙の後、二人は一斉に言った。


「「リカ」」


 舌っ足らずな赤ちゃん声の女性と、耳をくすぐるような柔らかな声の女性が、ぱっと花が咲くように笑顔を浮かべながら、優しくその名前を呼んだ。


「ぼ、ぼくはっ……」


 硝子のように繊細な声を持つ少女は、おどおどしながら、たどたどしく何かを言おうとする。


「……なぁに?」


 わたしを上目遣いで見つめながら、“硝子の少女”は小さな声で、まるで呟くようにそれを口にした。


「あなたのフルネームが聞きたいですっ……!」

「……きみ、変わってるね。でもいいよ。改めて自己紹介するね。リリカル・リッツ・リリパット・リエンタール・リリム・リジョイス・リン・リ・リラージュ・リンカリンカだよ」

「すごい……!」

「何が?」

「よくそんな長い名前を噛まずにすらっと言えるなって……。ぼく、活舌が悪いから、そんな風に自分の名前を言えないです……」

「そんなことないよ。きみだって、いつも難しい“広島弁”を話してるじゃない」

「ぼ、ぼくのは所詮、“テキトーに並べたエセ広島弁”ですから……」

「ふふっ」

「ど、どうしたんですか?」

「それ、自分で言っちゃうんだぁ」

「……お、おかしいですか?」

「ううん、そんなことないよ。でも、ちょっと、ちょっとだけ……」


 “あなたに対する怒りが、少しだけ収まった気がする”


「あんたたち、さっきから何イチャイチャしてるのよっ!」

「し、してませんっ……!」


 “硝子の少女”は焦ったように手を振りながら、首を左右に振って否定する。


「ホントに~? 恵麻から見ると、かなり湿度が高かったように思えたけど~?」

「そ、そんなこと……ない……です……?」


 それを聞いた舌っ足らずな赤ちゃん声の女性と、耳をくすぐるような柔らかい声の女性は、心底おかしそうに声を上げて大笑いした。


「それなら、恵麻も混ぜなさいよね~! うふふふふ」

「そうそう、イチャイチャするなら、あーしたちも混ぜなさいっ!」


 わたしは――二人の女性に思いっ切り抱きつかれ、そのまま勢いよく倒れた。


「いたたた……」

「「よく聞いて」」

「な、なんですかぁ?」

「あーしは」

「恵麻は」

「「たとえ、どんなリカでも“心の底から愛してる”わ」」

「……そんなの」

「人と人には“すれ違い”が生まれることがあるわ。でもね」

「仮に、もしすれ違ったとしても、そんなのなんでもないわ~」

「「すれ違ったら、また――言葉を投げかければいいのよ」」


 二人の女性は、左右でわたしを抱きしめながら、力強く言った。


「「ねぇ」」

「――聞かせてくれるかしら?」

「あなたの名前。うふふふ」

「……改めまして、初めまして。リリカル・リッツ・リリパット・リエンタール・リリム・リジョイス・リン・リ・リラージュ・リンカリンカです」

「りゃははは! 今更何よ、それ! そんなのもう分かってるわよ!」


 ――ザコ先輩が大きく笑った。


「うふふふ、そうよね~。リカちゃんはオンでもオフでも何も変わらないわ~」


 ――ママさんが穏やかに、ころころと笑いながら言った。


「「あなたの名前、教えてくれてありがとう!!」」


 わたしが自己紹介をしたのが余程嬉しかったのか、二人の女性の声はまるで跳ねるように弾んだ。

 そしてその後、二人の女性は目からひとしずくの涙を流した。


「――ほ、ほら、そこのも!」


 ちょっと照れくさそうに涙を手で拭いながら、ザコ先輩は部屋の隅でおろおろしている“硝子の少女”を手招きした。


「ほらっ!」


 そして、わたしの目の前にその手を差し出した。


「あんたも自己紹介」

「えっ、えっ、ええっ……!?」


 うろたえるわたしを見て、今まで以上におろおろしていた少女は、やがて腹をくくったように、その表情に決意を浮かべた。


「「「それじゃ」」」


 まず最初に、ザコ先輩がわたしの前に立つ。


「ザ~コザコ。あんた、あーしに負けたのよ。これであんたはあーしのもの。もう、ずっと一緒だからねっ! あんたの幼妻、“芽沙めすながき” よ。これからもよろしくね、ザコのリカ」


 次に、わたしの前に立ったのは、ママさん。


「たとえ主がきみを赦さなくても、ママはきみを赦します♡ だから、今日はママと一緒にたーくさんイチャイチャしようね♡ “御前野おまえのママ”は、これからもみゃーこちゃんのお母さんです♡」


 最後に、わたしの前に立ったのは――


「お、おどれに愛と敬意をお届け、仁義ある“慈良しらんがな”じゃ☆」


 んがちゃんだった。


「リカ、あーしたちは“ちゃんとした”わよ?」

「ほら~、みゃーこちゃん~♡」

「リ、リカ……!」


 ――分かってる。


 みんなが“ちゃんとする”なら、わたしも“ちゃんと”しなくちゃ。


 だって、それが一番だし、従うしかないから。


 わたしは――


「らりるれろ~♪ ニャンコだと思ったぁ? 残念! 食いしん坊ワンコの“リリカル・リッツ・リリパット・リエンタール・リリム・リジョイス・リン・リ・リラージュ・リンカリンカ”、略して“リカ”だよぉ~!」


 わたしは甘ったるい猫なで声で、アノメンのみんなのココロをくすぐる。


「――揃ったわね。これで、全員」


 ザコ先輩がそう言うと、ママさんとんがちゃんは、柔らかく微笑んだ。


「一応、敢えて言っておくけど、あんたたちのことは、今も“ガワ”でしか見えてないから」

「右も隣もママも同じ♡」

「わしもじゃけぇ」


 ――正直なところ、わたしも同じだ。


 アノメンのみんなは、リアルで会っても――どこまでいってもアノメンのみんなだった。


 何も変わらない、普段のアノメンのみんな。


 本当に、いつもの、いつもの。


 わたしに深い優しさと愛情を注いでくれて、嫌なことや辛いことも、すべて忘れさせてくれる……。


 心から慕う、最高でハッピーな仲間たち……。


 そんなことはない、そんなことは絶対にないはずなのにっ……!!


 わたしの心が、ふと、思ってしまった。一瞬でも、思ってしまった。


 “思ってはいけない”ことを。


 そして、わたしの心が大きな警報を鳴らし始める。


「おーい、話もまとまったみたいだけど、そろそろいいかなのだ?」


 わたしの頭がぐちゃぐちゃになっている間に、あめちゃんが上機嫌で突然割り込んできた。


「オマエらさ、せっかく集まったんだから、これからはさ」

「「「「???」」」」

「だからよー、オマエら――」

「もったいぶってないで、早く言いなさいよ」

「そうそう、思ってることははっきり言わないとね~♡」

「トイレ行きたいんか、社長?」

「違うのだ! がなは相変わらず、とんちんかんなこと言うのだー!」

「じゃあ、何じゃ? みんなだって、分かっとらんじゃけぇ」

「オマエら、リカの“友達”になってやってくれって言いたかったのだ……」

「――えっ!?」


 大好きで大嫌いな三人の視線が、わたしに一斉に集まる。


 ――その瞬間、わたしの“報復”という“怨嗟の気持ち”が、急激に沈静化する。


 “絶対に赦さない”


 それは変わらない。


 しかし、そこから始まった物語は、今まさに大きな転換点を迎えようとしていた――。

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