14再生【――体はお菓子で出来ている。血潮は砂糖で、心も砂糖。故に、その生涯は短く。その体は、きっと笑顔と幸せで出来ていたよぉ】

『――ねぇ、ひめり?』


 あの時のわたしにとって、ユリンユリン・イチャラブスキーさまはまさに運命の女神だった。

 夜空に瞬くお星さまのようにきらめき、すべてを包み込むお月さまのように神秘的で、そして一瞬で視界を奪うお天道さまのように眩しい。

 そのまばゆい光景は、今も鮮やかに胸に息づいている。


 その記憶に包まれたまま、わたしは“あまい夢”へと沈んでいった。

 夢の中で、“ユリノキ”に愛という名の水を惜しみなく注ぐ。

 大切に、大切に――とても大切に。“最愛”という名の水を、たっぷりと。


 それでも、“ユリノキ”はいつの間にか枯れていた。

 どうしてなのか分からない。

 こんなにも貴女を大好きで、こんなにも愛しているのに。

 どれほど『最愛』という名の水を注いでも、枯れた『ユリノキ』は二度と蘇らなかった。


 どうして――。

 なぜ、心から貴女を想い続けているのに。


 あの頭上で、わたしを照らし、導いてくれた光。

 いまは、まるで全身を、骨のひとひらまでも焼き尽くすように感じられる。


 それでも、わたしは貴女を愛している。

 世界中の誰よりも、ただ一人、貴女だけを一番に。


 なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで……。

 なんで――!!


 叫びが胸の奥で鈍く反響し、時間だけが静かに過ぎていった。

 そんな折、わたしはある集まりに出会う。


 『リリィ愛好会』――ユリンユリン・イチャラブスキーさまを熱烈に愛する人々の集まりだ。

 最初はただの無邪気なファン同士の会話にすぎなかった。

 けれど、時が経つにつれ、誰も予想しなかった“あんなこと”が起きていく。

 あのとき、リリィ愛好会の会長はこう言った――。


『ユリンユリン・イチャラブスキーちゃんを、もう一度、やる気にさせましょう。だから、お願い。どうか、恵麻えまに力を貸して。わたしが心から愛し、心から信頼している、大大大好きなみんな!!』


 今にして思えば、あの瞬間に悟るべきだった。

 枯れ果てた樹は、どんなに手を伸ばしても蘇らない――その当たり前の真実に。


 『覆水不返ふくすいふへん』。

 いったんこぼれた水は、もう器には戻らない。

 ユリンユリン・イチャラブスキーさまとの関係も、きっと同じだったのだろう。


 あの頃のわたしは、自分こそ“よき理解者”だと信じていた。

 けれど実際には、彼女の胸の内を何ひとつ分かっていなかったのだ。

 ユリンユリン・イチャラブスキーさまは――あの瞬間、すでに……。

 言葉にできないほどの幻滅を、わたしに抱いていたのだろう。


 それでも、やがて彼女は思いもよらぬ形で再び姿を現した。

 それは、わたしの想像をはるかに超えた“復活”だった。


 ――あの時、ザコ先輩は冷たく言った。


『それは、姿かたちを真似ただけの、悪趣味な“まがいもの”』


 あれは、たしかに悪趣味以外の何ものでもなかった。

 けれど、その始まりが――わたしだなんて。


「絶対に、わたしじゃないっ!!」


 ただ、ただ、『リリィ愛好会』に――騙されていた。


「ユリンユリン・イチャラブスキーさま……」


 貴女にとって、わたしは……

 “極悪非道の悪い子”でしたか。


 もしもあの時に戻れるなら、もう二度と貴女を裏切りません。

 今度こそ、必ず守ります。


 だから、どうか――わたしにひと言だけください。

 「キライじゃないよ」って。


 わたしのすべては、ただ貴女のためにある。

 その想いは、やがて静かな怒りへと変わる。


“貴女を傷つけるすべての者に、裁きが下るように”


 んがちゃん――あなたが愛するものすべてに、××を。

 ザコ先輩――あなたが信じるものすべてに、××を。

 ママさん――あなたが繋がるものすべてに、××を。


 呪いの言葉を吐き出したあと、胸の奥で何かが静かに崩れていく。

 気づけば、ふっと笑みがこぼれていた。

 その瞬間、目元を濁った汗が一筋、ゆっくりと伝う。


「“大大大好き”で、同じくらい“大大大嫌い”。天の川の一番星みたいに、わたしの心を引き寄せては、また遠くへ放つ――みんな」


 星はいつか流れ、やがて燃え尽きる。

 それは、わたしも例外じゃない。

 けれど、もし地へ辿り着けた星があるなら――それはもう“流れ星”ではなく『隕石』。


 わたしは、その隕石になる。

 あなたたちに向かって、静かに落ちていく。


 ふふ……待っていて。

 もう、わたしは無垢な猫じゃない。 毒を呑み、影へと変わった。

 破壊と呪いを爪に宿し、“禍ツ猫”として世界を裂く。

 それが――ご主人さまへ捧げる、わたしの絶対の忠誠。


 だから、ほら。

 あごを撫でてごらん。


「その手を……食いちぎってあげる」

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