『最後の花』

黒咲すずらん

第1章【最後の花】

第1話 『滅びの町』

第1話:「滅びの町」


 町の入り口に立つだけで、その衰退ぶりは一目瞭然だった。かつては市場の賑わいが響き渡っていた石畳の道も、今はひび割れ、草が生い茂っている。住人たちは沈黙の中を歩き、誰もが目を落としていた。


 エリスはそんな町の中心にある枯れ果てた噴水の縁に腰掛け、膝を抱えた。遠くで鐘が鳴る音がする。だが、それは時間を告げるものではなく、誰かの死を知らせる合図だった。


「また誰か……」


 呟いた声は風にさらわれた。この町では、生まれる者よりも死んでいく者の方が多い。


 エリスの家は町の外れにあった。かつて母と二人で暮らしていた小さな家。母は幼い頃に病で亡くなり、それ以来、彼女は一人だった。


 その夜、埃の積もった棚を片付けていると、小さな木箱を見つけた。


 ——カタン


 蓋を開けると、中には乾いた土と一粒の種があった。


「……これは?」


 記憶の奥から、母の声が蘇る。


“この町に最後の花が咲くとき、運命が変わる”


 母が最後に語った言葉だった。


 エリスは箱を抱え、翌朝、町の中心へと向かった。枯れた噴水のすぐそばに膝をつき、手で小さな穴を掘る。種をそっと置き、土をかぶせた。


「咲いて……お願い……」


 冷たい風が吹き抜けた。だが、何も変わらない。ただの乾いた土が広がるばかり。


「やめとけ」


 背後から、しわがれた声がした。振り返ると、町の片隅に住む老いた男が立っていた。


「そんなものに何の意味がある?」


「だって……花が咲けば、この町は……」


「希望は時に呪いにもなる。お前はそれを理解しているのか?」


 エリスは答えられなかった。男はただ一度、遠くを見つめ、寂しげに微笑むと去っていった。


 数日が経ち、エリスは毎日種を植えた場所を訪れた。しかし、芽は出なかった。


 そして、ある朝——


 ほんのわずかに、土が盛り上がっているのを見つけた。


「……!」


 小さな、小さな芽が顔を出していた。


 それは、この町で何年も見られなかった「新しい命」だった。


 ——だが、彼女はまだ知らなかった。


 この小さな希望が、町を奈落へ導く引き金となることを。

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