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  • 第1話への応援コメント

    死にたいと思う気持ち、この世から消えてしまいたいという気持ち。ずっとその気持ちとともに生きてきました。

    本当に「死」を意識したとき、死にたくない、生きたいと思いました。その矛盾に、半ば呆れ、半ば可笑しく思いました。

    私の場合、死にたい気持ち、この世から消えてしまいたいという気持ちは、本当に死にたいのではなく、この辛い状況から逃げたいという気持ちなんだと気付きました。それから、この希死念慮と上手く付き合って生きられるようになりました。

    死にたいけど死にたくない。これは矛盾なんかじゃない。自分自身の幸せを求めることは、決してワガママではないと思います。

  • 第1話への応援コメント

    おっしゃること、分かるように思います。

    私も20歳を超えるころまでは似たようなことを考えていました。高校卒業後、1年間浪人生活を送りましたが、予備校の自習室の机、落書きだらけでしたが、その中に「死のう、死のうと思いながら今日まで生きてきた」なんてことを書いたことを覚えています。

    第一志望の大学に合格したら、死のうと思っていました。誰にも、私が死んだ理由を理解できないだろうと思ったからです。ところが残念なことに、第一志望は不合格でした。これで死んだら、「不合格を悲観して」なんて勝手に思われてしまうので、それは嫌だと思い、死ぬことを止めました。

    20歳を超え、大人になると、社会が自分に要求してくることは増えていきます。「死を夢想する」余裕もないほど忙しく、気が付けば、そのように思うことは、40代で過労のため、メンタルを壊すまではなくなりました。

    ショーペンハウアーの「死に至る病」など、若者が「死」を想うことについての著書はあったと思います。太宰 治の「人間失格」なんかもそうです。

    若者が罹患する、ある種の熱病みたいなものではないか、と50代のオサーンは思うのです。