『27歳魔法少女の婚活事情 』~元敵と始める恋の魔法~
ソコニ
第1話『27歳、新しい魔法の使い方』
第1話「魔法少女、暇中につき」
「はぁ...」
マンションの一室で、桜庭ミレイは天井を見上げながら深いため息をついた。エアコンの送風音だけが響く、静かな午後。スマートフォンの画面には「不採用のお知らせ」のメールが並んでいる。
「今日で67社目の不採用ですか...」
27歳。元・伝説の魔法少女。世界を救った英雄。
そして現在、無職。
ミレイは部屋の隅に置かれた段ボール箱を見つめた。その中には、かつて世界の危機と戦った証。煌びやかなリボンで飾られた魔法の杖が、今は埃を被っている。
「魔法少女として世界は救えたのに、履歴書は書けないなんて...」
就職活動用のスーツは、着慣れない窮屈さでミレイの体を締め付けていた。面接では必ず聞かれる。「学生時代は何を?」「この5年間のブランクは?」
答えられるはずもない。「実は魔法少女として世界を救っていました」なんて。
「あの頃は簡単だったのに」
敵が現れれば変身して戦う。勝利すれば人々が喜んでくれる。シンプルで分かりやすかった。でも今は——。
スマートフォンから通知音が鳴る。
母からのLINE。既読をつけないまま、ミレイは画面の確認を避けた。きっとまた同じ内容。「お見合いの話があるんだけど...」
「もう27歳なのに、これじゃダメですよね」
鏡に映る自分は、スーツ姿なのに何だか子供っぽく見える。面接官からも「まだ学生気分が抜けていない」と言われる始末。
「でも、私にできることって...」
ふと、テレビの音声が耳に入った。
『今、婚活アプリが人気です!』
「婚活...?」
画面では、笑顔のカップルたちが次々と映し出される。
『真剣に結婚を考える人たちが増えています』
『素敵な出会いが、あなたを待っているかも?』
「待ってください」
ミレイは立ち上がった。急に背筋が伸びる。
「これって、新しい戦場ってことですよね?」
そう、これは戦いなんだ。恋愛という名の戦場。婚活という名の冒険。
「よーし!」
思わず口から出た決め台詞。
「愛と正義の魔法少女...は、もう卒業です!今度は愛だけを追いかけます!」
...と、勢いよく拳を突き上げた瞬間。
「あ」
近所迷惑なことを思い出し、慌てて口を押さえる。隣の部屋から聞こえてきた、壁ドンの音。
「ご、ごめんなさい!」
壁に向かって謝るミレイ。
でも、久しぶりに胸の中でときめきを感じていた。
スマートフォンを手に取る。
検索ワード:「婚活 始め方」
画面に浮かび上がる、無数の情報。
「えっと...まずは、身だしなみから...」
鏡の前に立つ。
髪は少し伸びすぎているかも。服もそろそろ新調しないと。
財布の中身を確認して、また深いため息。
「う~ん、まずはバイトから、かな...」
そう決意したミレイは、ハローワークの場所を検索し始めた。
かつて世界を救った魔法少女の、新たな戦いの幕開けである。
明日はハローワークへ行こう。
そこで、人生が大きく変わることになるとは、まだ知らずに。
第2話「運命の再会は職業安定所で」
ハローワークの待合室。蛍光灯の下で、ミレイは求人票を睨みつけていた。
「事務職、経験者優遇...」
「営業職、ノルマあり...」
「製造業、深夜勤務あり...」
どれも自信が持てない。魔法少女時代の経験なんて書けるはずもなく、履歴書の空白期間が重くのしかかる。
「はぁ...」
ため息が出かけた瞬間。
「お静かに、とマナー表示があるのを見落としたのですか?」
冷たい声が背後から。ミレイは思わず背筋を伸ばした。なぜだろう。この声の主を知っているような...。
振り返ると、そこには。
「月城...カレン...さん?」
スーツ姿の美しい女性が立っていた。黒髪をきっちりと後ろで束ね、細いフレームの眼鏡が知的な印象を際立たせている。
かつての敵。漆黒の魔女・ダークムーン。なのに、なぜここに?
「まさか...桜庭ミレイ?」
カレンの眉が僅かに動く。あの頃と変わらない切れ長の瞳が、ミレイを値踏みするように見つめる。
「お久しぶりです!実は今、就活中で...」
「声が大きい」
ピシャリと言い放つカレン。周囲の視線が集まり、ミレイは慌てて小声になる。
「ご、ごめんなさい」
「相変わらずですね」
カレンは椅子に座り、脇に置いたバッグから書類を取り出す。完璧な所作に、思わずミレイは見とれてしまう。
「就活がうまくいかないのも当然です。その履歴書、誤字がありますよ」
「えっ!?」
カレンがさっと指差した箇所。確かに漢字が間違っている。
「あの、カレンさんは今...?」
「IT企業でプロジェクトマネージャーをしています」
淡々と答えるカレン。その横顔は、以前の闇の魔女の面影など微塵もない。
「すごいです!私なんて...」
「世界を救った人が、こんなところでめそめそしているなんて」
「え?」
「...何でもありません」
カレンは立ち上がり、受付に向かう。その後ろ姿に、ミレイは思わず声をかけていた。
「あの!コーヒーでも...」
「結構です」
即答。だが、数歩歩いて立ち止まったカレンが、わずかに振り返る。
「...履歴書の書き方、教えてあげてもいいですけど」
「本当ですか!?」
また声が大きくなるミレイ。カレンは眉をひそめながらも、小さなため息をつく。
「でも、場所を変えましょう。この後、時間はありますか?」
「はい!もちろんです!」
喜々として返事をするミレイ。その様子に、カレンは「まったく」と呟いた。だが、その表情には微かな、本当に微かな柔らかさが浮かんでいた。
カレンには分かっていた。この出会いが、何かの始まりになることを。
だからこそ、少しだけ警戒心が強くなっている自分にも気づいていた。
「じゃあ、近くのカフェで」
「はい!あ、でも...財布の中身が...」
「...今日は私が払います」
「ありがとうございます!カレンさん、優しいんですね!」
「そんなことない。ただの投資です」
そう言い切るカレン。だが、先を歩くその背中は、かすかに赤くなっていた。
第3話「元・敵と同居、はじめました」
「スパイスミルクティーのホット、マフィン添えを一つと...アイスコーヒーを一つ」
カフェの窓際の席。ミレイは注文を復唱する店員さんの言葉を半分も聞いていなかった。目の前にいるカレンが、スマートフォンをテキパキと操作している姿に見とれていたからだ。
「あなたの履歴書、問題だらけですね」
カレンは眼鏡を僅かに上げながら、ミレイの履歴書のコピーに赤ペンを入れていく。
「えっと...そんなにですか?」
「例えば、ここ。『特技:危機管理、チームワーク』...具体的な実績がないと意味がない」
「で、でも、魔法少女として...」
「声が大きい」
慌てて口を押さえるミレイ。カレンは周囲を確認してから、小声で続けた。
「過去の経験は、形を変えて活かすものです。たとえば...」
カレンの説明は的確で分かりやすい。ミレイは必死でメモを取る。が、ふと気になることがあった。
「カレンさんは、どうしてそんなにビジネスに詳しいんですか?」
「...五年前から準備してきました」
「五年前...私たちが戦っていた頃からですか?」
カレンは一瞬、目を伏せる。
「あの頃から、戦いが終わった後のことを考えていました。魔女も、魔法少女も、いつかは普通の人間に戻る。だから...」
言葉が途切れる。その瞬間、注文した飲み物が運ばれてきた。
「わぁ、可愛い!」
ミレイの興奮した声に、カレンは「また大きい」と早々に注意。だが、その表情は先程より柔らかい。
「あの、聞いてもいいですか?」
「何です?」
「カレンさんは、幸せですか?」
唐突な質問に、カレンは動きを止めた。
「...仕事は順調です」
「そうじゃなくて...」
「他に何が?」
意地悪な質問に聞こえたかもしれない。でも、ミレイは真剣な顔で続けた。
「私ね、婚活を始めようと思うんです」
「...え?」
珍しく動揺の色を見せるカレン。
「だって、もう27歳ですし。このまま魔法少女の肩書だけじゃ...」
「そう、ですね...」
カレンの声が妙に小さい。と、突然。
「うちに来ませんか?」
「...え?」
今度はミレイが固まる番。
「私の家なら駅にも近いし、家賃も抑えられる。それに...」
カレンは一度深く息を吸って。
「一人暮らしの経験もないあなたが、いきなり婚活なんて無理です。まずは基本的な生活から教えてあげないと」
「カレンさん...」
「投資ですから。あなたが野垂れ死んだら、魔法少女の名が廃りますから」
「ひどい言い方!」
抗議するミレイだが、カレンの真意は何となく分かっている。優しさの表現の仕方が、ちょっと不器用なだけ。
「じゃあ...お願いします!」
「ただし条件があります」
「はい!」
「一つ、家事は完璧に」
「二つ、社会人としてのマナーを守る」
「三つ、私の仕事の邪魔をしない」
厳しい条件に、ミレイは少し緊張する。でも。
「守ります!あ、でも家事は...」
「...教えます」
「ありがとうございます!カレンさん、やっぱり優し...」
「声が大きい」
慌てて口を押さえるミレイ。
カレンはため息をつきながら、でも、確かに微笑んでいた。
これが、元・魔法少女と元・魔女の奇妙な同居生活の始まり。
二人はまだ知らない。この決断が、二人の人生を大きく変えることになるとは。
第4話「カレンさんの常識指導」
「まず、この部屋があなたの担当エリアです」
カレンが指差したのは、マンションの一室。シンプルだが清潔感のある内装。二人の姿が大きな窓ガラスに映り込んでいた。
「掃除、洗濯、料理。基本的な家事は全て完璧にこなしてもらいます」
「は、はい!」
荷物を抱えたミレイは気合いを入れて返事。その腕の中からぬいぐるみが一つ、床に落ちた。
「...これは?」
カレンが拾い上げたのは、くたびれた魔法少女グッズ。
「あ、それは戦友からの...その、お守りで...」
「捨てなさい」
「えぇっ!?」
「27歳にもなって、ぬいぐるみですか」
ミレイは必死で抗議する。
「これは大切な思い出で...」
「はぁ...」
深いため息をつくカレン。でも、ぬいぐるみをミレイに返した。
「自室だけは好きにしていいです。ただし、リビングには絶対に出さない」
「ありがとうございます!カレンさん、やっぱり優し...」
「次、キッチンの説明です」
話を切り替えるカレン。が、その耳が少し赤くなっているのを、ミレイは見逃さなかった。
キッチンに立つと、カレンは冷蔵庫を開けた。中は完璧に整理されている。
「食材の期限管理は絶対です。それと...」
と、その時。ミレイの腹が大きく鳴った。
「...お昼はまだですか?」
「あ、はい。今作りま...」
「待って」
カレンはミレイの手首を掴んで止めた。
「まずは私が作ります。あなたは見ていて」
「でも、私にもできますよ!簡単なオムライスなら...」
「ダメです」
キッパリ。
「前に作ったオムライス、見せてください」
「えっと...」
渋るミレイにスマートフォンを差し出すカレン。仕方なく、写真を見せる。
「...これは、オムライス?」
「はい...」
真っ黒に焦げた何か。中から紫色の液体が滲み出ている写真に、カレンは眉をひそめた。
「料理は基本から。包丁の持ち方から教えます」
「そこからですか!?」
「当然です。あなたの料理では、婚活以前に生存が危うい」
そう言いながら、カレンはテキパキと調理を始める。包丁を操る手つきが美しい。
「へぇ...カレンさん、料理上手なんですね」
「...一人暮らしは長いですから」
「素敵です!将来の奥さん候補には選ばれそう...」
ガチャン、と大きな音。カレンが思わずフライパンを落としていた。
「カレンさん!?」
「な、何でもありません」
急いでフライパンを拾い上げるカレン。その横顔が真っ赤になっているのを、ミレイは不思議そうに見つめていた。
「とにかく!」
カレンは気を取り直したように声を張り上げる。
「まずは、卵を割ります」
「はい!」
意気込むミレイ。が。
「ちょっと!殻まで入れないでください!」
「えへへ...」
「笑い事じゃありません!」
ミレイの不器用な奮闘を見守りながら、カレンは内心で考えていた。
この同居生活、想像以上に大変かもしれない。
でも、不思議と嫌な予感はしない。
むしろ、何だか楽しみな気持ちさえある。
そんな自分に、少しだけ戸惑いを感じながら。
第5話「炊飯器が爆発しました」
「お米は三回研ぎます。力を入れすぎると割れてしまうので...」
休日の午後。キッチンでカレンの指導が続いていた。炊飯器の説明書を片手に、ミレイは真剣な表情で聞き入っている。
「で、ですよね!私も昔、お米は研がないといけないって...」
「研いだことないでしょう」
「え?」
「手つきを見れば分かります」
見透かされて、ミレイは言葉に詰まる。
「...魔法で炊いてました」
「はぁ...」
カレンは深いため息。でも、以前ほど呆れた調子ではない。
「じゃあ、水の量を測りましょう」
「はい!えっと...この線まで...」
ミレイが真剣な顔で計量カップを覗き込む。その横顔を、カレンはちらりと見た。
「意外と素直ですね」
「え?」
「だって、世界を救った英雄が、こんな基本から...」
「あ、あの頃は確かに凄かったかもしれません。でも今は...」
ミレイの声が少し曇る。カレンは思わず、続きを促していた。
「今は?」
「今は、ただの未熟な27歳です。でも、だからこそ...」
ミレイが顔を上げる。その瞳が、真っ直ぐにカレンを見つめていた。
「カレンさんに教えてもらえて、嬉しいんです」
「...っ」
カレンは思わず目を逸らす。胸の中で、何かが騒めく。
「と、とにかく!炊飯器のボタンを...」
慌てて話題を変えようとした時。
ボン!
突然の爆発音。白い煙が炊飯器から噴き出す。
「きゃっ!」
ミレイが思わずカレンに抱きつく。
「な、何してるんですか!」
「だって、爆発...」
「違います!ボタンを強く押しすぎて、蒸気が一気に...」
必死に説明するカレン。でも、抱きついてきたミレイを突き放すことはできない。
甘い香り。温かな感触。近すぎる距離。
「あの...カレンさん?」
「...離れなさい」
「はい...ごめんなさい」
やっと離れたミレイの頬が赤い。カレンも顔が熱くなるのを感じていた。
気まずい沈黙。
「私、窓開けてきます!」
「あ、掃除は私が...」
二人が同時に動こうとして、またぶつかりそうになる。
「あ...」
「す、すみません...」
互いに目を合わせられない。
キッチンに白い煙が漂う中、二人の心臓は同じリズムで高鳴っていた。それに気づかないふりをして。
「...掃除が終わったら、もう一度炊き方を教えます」
「え?怒られないんですか?」
「今日は特別です」
「カレンさん...」
「明日からは厳しくしますから」
言い切るカレン。でも、その声は普段より柔らかい。
「はい!今度は絶対に上手く...」
ガチャン!
「...食器も割らないように気をつけましょう」
「はい...ごめんなさい」
二人で片付けを始めながら、カレンは考えていた。
この同居生活、想定外の事態が多すぎる。
でも、不思議と心地よい。
そんな気持ちが、少し怖くもあった。
第6話「私の料理は凶器ですか?」
夜の九時。残業から帰ってきたカレンは、玄関で見慣れない靴を履いた人影に気づいた。
「お帰りなさい、カレンさん!」
エプロン姿のミレイ。その手には、何やら怪しげな色をした料理が。
「...何をしているんですか?」
「夜食作りました!今日は遅くなるって連絡もらったので」
カレンは困惑気味に時計を見る。
「こんな時間まで起きて...」
「だって、カレンさん、最近残業続きで。栄養管理とか大丈夫かなって...」
言葉を詰まらせるミレイ。その横にはレシピ本が開かれていた。食器棚には失敗作らしき痕跡。何度も作り直したのだろう。
「見た目は...アレですけど、味は保証します!」
満面の笑顔。カレンは断れなかった。
「...分かりました」
リビングのテーブルに座る。ミレイが緊張した面持ちで料理を運んでくる。
「カレーです!」
紫色に光るカレー。中から気泡が出ている。
「...これは、カレー?」
「はい!レシピ通りに作ったんです!」
「レシピの本、見せてください」
差し出された本を確認するカレン。
「...これ」
「はい?」
「出版年、1972年ですよ」
「えっ!」
慌てて本を覗き込むミレイ。確かに、かなり古びている。
「これ、実家の押し入れから...」
「賞味期限を確認しましたか?」
「あ...」
材料を確認していくと、案の定。スパイスの類がかなり古い。
「もう、あなたは...」
叱りかけて、カレンは言葉を飲み込んだ。
ミレイの瞳が、潤んでいたから。
「ごめんなさい...せっかく待っていてくれたのに」
「...」
「私、本当にダメですね。こんな状態で婚活なんて...」
ポロポロと涙が零れる。カレンは困ったように立ち上がると、キッチンへ向かった。
「カレンさん?」
戻ってきたカレンの手には、新しい包丁とまな板。
「今から作り直します」
「え?」
「あなたも手伝いなさい。新しいレシピを教えます」
「でも、もう遅いですよ?」
「いいです。これも勉強です」
そう言って、カレンはエプロンを手に取る。
「包丁の持ち方から、もう一度」
「...はい!」
深夜のキッチン。二人で作るカレーの香りが、静かな空間に広がっていく。
「玉ねぎは薄く。そう、その調子...」
カレンの声が優しい。背中越しの距離感に、ミレイの心臓が高鳴る。
「あの、カレンさん」
「何です?」
「料理って、楽しいんですね」
「...そうですね」
二人の影が、窓ガラスに寄り添うように映っていた。
出来上がったカレーは、深夜零時。
見た目は普通のカレー。でも、二人には特別な味がした。
「美味しい...」
「当然です。私が監修してますから」
誇らしげに言うカレン。でも、その表情は柔らかい。
「ありがとうございます」
「礼はいいです。代わりに...」
「はい?」
「明日の朝ごはんは、あなたが作りなさい。今日のレシピを覚えていれば、できるはずです」
「えぇ...」
「できませんか?」
「が、がんばります!」
意気込むミレイを見て、カレンは小さく笑った。
こんな夜更けまで、誰かの料理を待ったり、誰かと料理を作ったり。
そんな経験は、初めてだった。
不思議と、心地よい。
その気持ちが、少しだけ怖かった。
第7話「同居人契約、成立です!」
朝六時。
カレンは目覚めると同時に、異変に気がついた。
「...何の匂い?」
キッチンから、微かに焦げ臭い香りが。
慌てて飛び起きようとした時。
「できましたー!」
元気な声と共に、ミレイがドアをノックする。
「カレンさん、朝ごはんです!」
「...ちゃんと食べられますか?」
「大丈夫です!昨日のレシピ、完璧に覚えました!」
不安を抱えながらリビングに向かうカレン。テーブルには朝食が並んでいた。
「カレーライス...朝から?」
「昨日の復習です!」
見た目は、昨夜よりはマシ。少なくとも紫色には光っていない。
「何時に起きたんですか?」
「えっとね、四時半です!」
「早すぎます」
呆れたように言うカレン。でも、その目はミレイの手首に貼られた絆創膏を見ていた。
「包丁で切りましたか?」
「ち、ちょっとだけ...」
「手を見せなさい」
「大丈夫です!これくらい...」
「見せなさい」
強い口調に、ミレイは観念して手を差し出す。
カレンは丁寧に絆創膏を剥がし、傷を確認する。
「深くはありませんね。でも...」
「痛っ!」
消毒液を付けられて、ミレイが小さく悲鳴を上げる。
「これで終わり。次からは気をつけて...」
言いかけて、カレンは気づく。
ミレイの目が、じっと自分を見つめている。
「...何です?」
「カレンさん、やっぱり優しいです」
「そんなことない。単に、血で料理が汚染されたら困るだけ」
「でも、手当ての仕方、完璧でした!」
「...当たり前です。一人暮らし、長いですから」
言い訳めいた言葉を零しながら、カレンは席に着く。スプーンを手に取り、おそるおそる一口。
「...!」
「ど、どうですか?」
「...合格、です」
「本当ですか!?」
飛び上がって喜ぶミレイ。その仕草は、まるで昔の魔法少女のよう。
「でも、まだまだ練習が必要です。包丁使いが雑すぎる」
「はい!」
「調味料の加減も」
「はい!」
「...朝カレーは控えめに」
「え?美味しくないですか?」
「そうじゃなくて...」
カレンは言いにくそうに、スーツの袖を見せる。
「カレーの匂いが付いたまま、会社に行くことになります」
「あ...」
ハッとするミレイ。そして次の瞬間。
「じゃあ、明日は和食にします!」
「...え?」
「毎日作りますから!朝ごはん」
キッパリと言い切るミレイに、カレンは言葉を失う。
「私、料理上手くなります。婚活のためにも、カレンさんのためにも!」
「...私のため?」
「はい!いつも指導してくれるお礼です。それに...」
ミレイは少し照れくさそうに続ける。
「カレンさんの『合格です』って言葉、すっごく嬉しかったので」
「...」
カレンは黙ってスプーンを動かす。
でも、その耳が赤くなっているのを、ミレイは見逃さなかった。
「よーし、お茶入れてきます!」
「こぼさないように」
「大丈夫です!これだけは魔法少女時代から得意...きゃっ!」
「...はぁ」
コップを落としそうになるミレイを見て、カレンは深いため息。
でも、その表情は心なしか優しい。
「これで『同居人契約』、成立ですね!」
「...どこから出てきた契約ですか」
「だって、私の料理を食べてくれたので...」
「...好きにしてください」
諦めたように言うカレン。
でも、この同居生活。
想像以上に、悪くない。
そう思える朝だった。
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