カエルになった魔王さま3 ~大道芸フェスティバル編
一矢射的
第1話
「お願いします。カエルの神様。どうか非力な僕を貴方の力でお助け下さい」
「お、おうよ(何故だ、どうしてこうなった)」
見知らずの少年から、カエルの神として崇め奉られている……これはまさに前例なき非常事態なのでした。そんな折、祈りを捧げられし我らが主人公くんが現在どこに居るのかと言えば、ペットを飼育するのに適していそうな、四角い水槽の中。この水槽、およそ半分は泥で濁った水面下に没し、残り半面は砂を敷き詰めた陸地で構成されてました。そんな陸側の方へソッと置かれた平べったい石に四つ足で申し訳なさそうに鎮座している者。
この者こそが、我らが魔王デビータその人なのでした。ゲコゲコ。
魔王を幽閉せし クダンの水槽があるのは、かび臭い子ども部屋の一角。
端的に述べれば、今の彼は子どもに「飼われている」哀れな一匹の蛙に過ぎませんでした。信頼する仲間ともはぐれて一匹きり。彼の身元や経歴を保証してくれる者など傍には誰もいません。彼の扱いはまるっきり見た目そのままの蛙でしかありませんでした。
それでも「人語を解する蛙」という一点において並々ならぬ特別感があったのでしょう。近所の川でデビータを拾ってきた少年は、この蛙をすっかり自分を救ってくれる神様と決めつけてしまったようです。子どもの思い込みは時にすごいですから。
少年は合掌して水槽のデビータを拝みつつ、必死に懇願するのでした。
「あの、お腹すいていませんか? ミミズも、コオロギも、ハエも沢山とってきますから。僕、昔から生き物を飼うの得意なんですよ。ですからお願いします。神様、その力で僕をお救い下さい」
「いや、その、余は口が肥えているのでゲテモノは苦手なのじゃ。それより少年よ、君の名はなんと申すのだ?」
「タイチです」
「ではタイチよ、お主は何をそんなに困っているのだ。カエル神に申してみよ」
「はい、実は今度、僕らの町で大道芸フェスティバルというお祭りが開催されるんです」
「ほう」
「僕、将来の夢は大道芸人でして。そこに出て皆の注目を集めたいんですよ」
「成程。むろん、そこまで言うからには何か芸が出来るのだろうな?」
「いえ、それがさっぱり。そこを何とかして頂けないかなーと」
水槽の中でさすがのデビータもずっこけてしまいました。
「困った時の神頼みか! 図々しいにも程があろう! 自分で練習して腕を磨け!」
「でも、ウチは貧乏で。道具を買うお金も……練習する時間も十分に作れなくて……」
「それは気の毒だが。そもそも、お前だれに頼み事をしているのか判っているのか? 名前ぐらいはきいたことがあろう? 余はあの悪名高き魔王デビータ様なのだぞ。子どもの夢を叶えてくれるお人よしに見えたか?」
「え? 君が魔王だなんて、まさかそんな! あはは、面白いジョークですね。人前で言えばウケが狙えそうだな。ウン、それ、ちょっといいかも」
「あ、あのなぁ……」
さしものデビータも頭を抱えてしまいました。
そもそも何故こんな有様になったのかと言えば。
すっかり日常となった「世直し旅行」の最中、リバイアの大河に巣食う海賊どもと戦いになった新生魔王軍一行。そこでついハッスルしすぎて船ごと敵を沈めてしまったのがそもそもの原因でした。
乙女のキスによって魔王の姿を取り戻し、調子に乗って連発した攻撃魔法。その威力は乗り込んだ海賊船を破壊しつくすのに充分すぎるシロモノでした。乗っていた船が全壊。おかげで仲間と散り散りになった挙句、カエルに戻ったデビータは一人で遥か川下まで流され、ノビている所を少年に拾われたというワケなのでした。
「助けて~助けて~と人語で訴えてくるんですもの。捨ててはおけませんでした」
「そうか。それは、はしたない所を見られたな……魔王ともあろうものが」
経緯がどうあれタイチ少年が命の恩人であることは間違いありません。それにたとえ魔王と言えども時には少年の夢を叶えてあげるのも悪くないではありませんか。
激動の時代にキラリと輝く人助け、それもまたロマンというものです。
デビータは腕を組んで長考した末、口を開きました。
「余の素性を人前で口にしたらウケると言ったな」
「いえ、あの、それは言葉のアヤというもので。どうかお気になさらず」
「いや、その通りだ。それでいこうではないか、少年。いや、若き大道芸人タイチよ。祭りで儲ける手段はあるぞ、とても簡単にな」
「へぇ?」
どうやらデビータには何やら考えがあるようです。
いったいどうなることやら。
恥も外聞もかなぐり捨てた大道芸フェスティバル当日。
街の広場には各地の大道芸人が集まり、ここが稼ぎ所とばかりに思い思いとっておきの芸を披露していました。いずれも名うての熟練者ばかり。とても素人が付け入るスキなど無いように思われました。しかし……何事にも例外はあるものでして。
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい。見てらっしゃい。賢いカエルさんの計算芸だよ」
会場の端でありながら、なかなかの賑わいをみせているのはなんとタイチの持ち場でした。少年の背後にあるのはフェルトのテーブルクロスを敷いた作業台。その上ではなんとカエルのデビータが口に数字の書かれたカードを一生懸命くわえているのでした。
見世物の内容は単純にして明快。
タイチが出した算数の問題をカエルがカードで答えるというもの。
その正体は姿を変えられた魔王なのですから、こんな計算など出来て当然なのですが。いかんせん、見た目が見た目なので黙っていればお客に判りっこありません。
簡単な足し算を答えて褒められるのは内心複雑ではありますけれど。
これも少年の夢をかなえる為と割り切ってピエロを演じるのでした。
「じゃあ、デビタ君、問題だ。3+2は?」
『5』
「はい正解! いやぁ、賢い! 蛙とは思えません。皆さんもデビタ君に拍手を」
―― そりゃタダの蛙じゃないからな!
ズタズタになった魔王のプライドを他所に、見世物は好評を博したのでした。
しかし、デビータもタイチもまだ気付いていなかったのです。
そんな彼らの公演を遠くから観察するドス黒い悪意のこもった眼差しがあることを。
来るべき異変は大会の二日目に起きました。
二日目になった途端、会場のあちこちに姿を現した異形の影。
それはデビータの宿敵である「謎の軍団」が遣わした刺客たちだったのです。
阿修羅のように多数の腕を持った機械人形。
奴らが「ロボット」と呼ぶ連中の一体がマイク片手に前口上のパフォーマンスを開始しました。
「聞け! 愚かな人間ども! 我々はあらゆる分野で旧式の人間を凌駕する。そう、エンターテインメントにおいてもだ。芸人を気取った物乞いどもめ。お前たちの時代はもう終わった。今こそ新時代が我々の手で開拓されるとき」
謎の軍団が遣わしメカ芸人たちは、前日に観察したよその芸をそっくり真似るだけでは飽き足らず、本家よりもバージョンアップした演目をお披露目して人気をかっさらおうと目論んでいたのでした。たとえば、ナイフによるジャグリングの芸なら阿修羅ロボが八本の腕でさらに多くの短剣を扱い、箱にピンポン玉を入れて消し去る手品なら、なんと同時に3個の玉を消してみせる凄腕を見せつけるのでした。
到底、咄嗟の機転でどうにかなる力量差ではありませんでした。
もっとも、それなら蛙の計算芸は真似できまいとデビータも初めは高を括っていたのですが。ところがぎっちょん。
「はい、こちらバイオ技術で作り出した秀才カエルぴょん太くん。なんとこちらの蛙は因数分解や二次関数の問題を解くことができ、ついでにお客様の恋愛相談にものってくれます」
「くっ! い、嫌がらせか、隣で何をしやがるこの野郎!」
こちらもしっかりとバージョンアップバージョンを用意されてしまいました。
これでは逆立ちをしても敵うものではありません。
もはや成す術なし。客の流れはロボ芸人へと向かうばかり。
デビータがどうしたものかと悩んでいると、会場の入り口からどこか聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「えー? こんな所にデビータの奴がいるの? 本当に?」
「間違いないべ。計算が出来る賢いカエルなんて、そうそう居るもんじゃないから。祭りの会場で確かに見たという人が居るんだわ」
魔王の腹心であるミノタウロスのミノ吉と魔女のリーラです。
初日の活躍はムダではありませんでした。どうやら噂を聞きつけた部下たちがこの危機を救う為にはせ参じてくれたようです。
デビータに状況を説明されたミノ吉は、自分の腕をポンと叩きながら嬉しそうに笑うのでした。
「よっしゃ! 大道芸となれば、このミノ吉に任せて欲しいっぺよ」
「おおっ! 自信ありげだな」
「大自然に囲まれて生きていると、普段から娯楽がな――んにもないからな。キコリが仲間連中とうまくやっていくには、芸の一つくらい出来ないと話にならないっぺよ」
これ程までに勢いとヤル気で満ちあふれたミノ吉なんて見たこともありません。
ミノ吉から背負い袋を開き、何やら酒瓶を取り出してきました。
「やいやい、謎の軍団のロボ芸人ども。少しは芸に覚えがあるようだが、果たしてコレはどうだべか?」
ミノ吉はアルコール度数の高い酒を口に含み、ブワッと吹き出しました。
その酒へ手にした松明で火をつける、いわば火吹き芸。
まだ昼間だったこともあって、先駆者なきド派手な火吹き芸に会場は大盛り上がりでした。
いや、披露したらその芸もロボ芸人に真似されてしまうのでは?
その点を魔王は訝しみましたが、ロボットどもはどうも様子がヘンです。
この芸には、どこか尻込みしている感じでした。
早くも酒に酔ったのか、陽気なミノ吉が自分からロボ芸人に向かって行きました。
「どうした? どうした? 遠慮はいらないからお前もやってみるといいべよ」
「いや、我々は……防水機能が……その未実装で」
「オラの酒が飲めないってか? ホラホラ、グイっといくべ」
なんとロボの弱点は水。
水を用いた芸だけは真似できなかったのです。
ミノ吉に頭から酒をかけられ、ロボ芸人はショートしてしまいました。
「お、おのれよくも! 今回は暴力を用いないつもりだったが、そっちがその気なら容赦はしない。こうなったら人間お手玉の芸を見せてくれるわ」
阿修羅ロボットが叫んで指をパチリと鳴らすと、不思議な事が起こりました。
会場中のあちこちから芸人ロボットどもが集まってくると、たちまち合体して巨大なロボットへと変形しようとしているではありませんか。
青空に咆哮を発し、拳を振り上げる巨大ロボット。
そんな光景を尻目にデビータは慌てることもなく仲間に一瞥を送るのでした。
もうすっかり慣れたもの、魔女リーラは蛙を拾い上げると背中にそっとキスをしました。
乙女の口づけを授かり、全身より発光しながらデビータは不敵に笑うのでした。
「ロボットどもめ。どんな芸でも真似できるのがウリのようだが、残念だったな。コチラにはまだ見せてないとっておきの芸が一つ残っているんだ」
ボワワーン!
舞い上がった白煙が風に流されて消えた時、そこに立っていたのは蛙ではなく長髪の美男子。乙女の口づけによって呪いを解かれた魔王デビータの真の姿でした。
それを目にしたタイチはただ驚くばかり。
「まさか、魔王って、本当に本物なの? そんなまさか、スゴイや!」
立てた人差し指を左右に振ってみせると、デビータは巨大ロボに向き直りました。
「芸で勝負をしていた方が身の為だったろうに。もう容赦はしないだと? それはこちらの台詞だ」
デビータが開いた両手を前方へ突き出すと凄まじい電流がそこから解き放たれ、稲妻は投げ槍となって敵の顔面を貫くのでした。
「大道芸人なら、多少の悪天候でも芸をやってのけるんだな」
デビータが中指を立てると巨大ロボットは焦げた残骸になって崩れ落ちました。
こうして殺戮のジャグリングマシーンは撃破され、芸人フェスティバルはあるべき姿を取り戻すのでした。しかし、それは儚くも運命が巡り合わせた二人、タイチとデビータ二人のお別れが迫っている事をも同時に意味しているのでした。
デビータは柄にもなく口ごもりながら言いました。
「俺は旅を続けなければならない。タイチ、見世物芸もここまでだ。君の夢を叶えてやれなかったのは少々心残りだが……」
「俺のことなら心配しないでください。ミノ吉先生から火吹き芸の神髄を教わったし、やっぱり俺も自分の腕で勝負したいから。また一から出直しですよ」
「ふっ、夢見る若者、ましてや芸人ならば、そうでないとな。いつか俺の王宮に招いてやるから、その日までにせいぜい腕を磨いておくことだな」
今は魔王も放浪の身の上です。
かわした約束が果たされる日はいつになることやら。
別れに際し、腕がちぎれんばかりにブンブンと手を振り続けるタイチ少年。
蛙に戻った小さな腕を振って応えながら、デビータはミノ吉の頭に乗って再び旅立つのでした。
いつの日か侵略者の脅威がない平和な世を取り戻せると信じて。
会場を後にする時、ふと思い出したようにリーラがつぶやきました。
「でも、大変ね。機械が人間のやれることを全部真似できるとしたら、人間なんて必要のない世の中になってしまうんじゃないの」
「さて、どうだかな。しかし、そうだとしたらロボットと同じことをやっても恐らく勝負にはなるまい。俺たちは俺たちにしか出来ない事で勝負しないとな」
「長年の経験と勘。鍛え上げた腕っぷしは簡単に屈するものじゃないべ。人間だってまだまだ捨てたもんじゃないっぺよ」
「そうだな、そうかもしれないな……」
少しデビータの声が浮かなかったのは、今に自分の座さえも機械に奪われる未来を案じての事かもしれません。人とロボットの生存競争は既に始まっているのです。
勝つのはどちらか……その行く末を知るのはただ神様だけ。
我々に出来ることはただ未来を信じて努力することのみ。
それだけなのですから。
花火が上がり、大道芸フェスティバルも佳境に入ったようです。
それを遠方から眺めながら、新生魔王軍は踵を返すのでした。
未来にある遠い勝利を信じて。
※ 最後までお読み頂き、心より御礼申し上げます。
もし、こちらのシリーズに少しでも興味をもってもらえたのならば
これまでのエピソードへのリンクを張っておきますので
宜しければ是非!
記念すべき旅立ちの記録
https://kakuyomu.jp/works/16818093090196213683
ヒヨコ勇者との共闘
https://kakuyomu.jp/works/16818093092034254131
カエルになった魔王さま3 ~大道芸フェスティバル編 一矢射的 @taitan2345
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