第3話 出たとこ勝負

 名前にかんする話題は、ほぼ鉄板だといっていい。

 名字の由来だとか、だれが名前をつけたのかとか、どんなあだ名で呼ばれたとか。

 とくにそれがめずらしい人は、ありがたい。


新渡戸にとべさんって、ちょっと自分から寄せにいってるよね」


 ? と首をかしげる。


「その丸いメガネ。歴史に出てくる人も、そういうやつかけてたから」

「あー」気にするふうもなく、彼女はサッとメガネをとった。ふだんかけっぱなしの女の子がいきなり〈素顔〉を見せてくると、ドキドキする。「これは……おじいちゃんの形見だから」

「えっ! ああ、ごめん。無神経なこと言っちゃって」


 大きくはないが輪郭がシャープで形のきれいな目が、とじた。

 手元の本もとじた。


「ウソです」

「ほんとに? いや~びっくりしたな~~~」


 なんてイモくさい演技してるんだ自分。

 あらかじめ知っていたとはいえ、なんだかな。

 このおじいちゃんの形見ってウソは、前回、すなわちおれの高校生活の二周目で経験していた。


 メガネをかけなおして、んー、とまっすぐ両手を上に伸ばす。

 机の上には10冊ぐらいの新刊図書。これにカバーをかけたりラベルを貼ったりするのが、今日の図書委員の仕事だった。ほかの人たちは自分の担当ぶんをやってさっさと帰ってしまったので、残っているのはおれと新渡戸さんだけ。


「じゃあ私も、帰ろうかな」


(そろそろ仕掛けるか―――?)


 ときは7月の梅雨明けの時期。

 期末テストは終わり、週末の天気予報は晴れ。

 あまりチンタラもできないからな。夏休みがはじまってしまう。


「あ、あの……電車通学、だっけ?」

「うん」

「おれもそうなんだ。え」目をそらした先には、壁にはった〈私語厳禁〉の紙があった。「駅まで……いっしょに帰ってもいいかな」

「私と?」

「もちろん。イヤだったら、あきらめる」


 くすっ、と口元に手をあててほほえんだ。


「なんか、積極的なのか消極的なのかよくわからない。ごめん。笑っちゃった」


 はは、とおれも笑い返したいが、今は返事が気になってそんな余裕がない。


「いいよ。私でよければ」


 やった。第一関門クリアだな。

 しかし……少しやってることに心が痛む。

 おれが七股をかけようとしてることを知ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。



 そして―――



「あら。あらあら」


 日曜日。

 家を出たら、ぱったりと幼なじみに出くわした。


「これはシューちゃんのお母さんのセンスじゃないなぁ~。あきらかにおめかししちゃってるよねぇ」

「おいユア。おれが最近まで母さんが買った服しか着てなかったの、ひょっとしてイジってるのか?」

「いい天気だね~」

「話、かえるなよ」


 む? と思ったのはその数分後。

 ついてきてるだけ、と思ったが、


「ユア。ここ、駅行きのバス停だぞ」

「知ってるよ。近所だもん」

「山へ行くバスは、道の向かいだぞ」

「なんで私が山に行かなきゃならないのよっ!」

 

 抗議、とばかりに両手を腰にあてた。

 たしかに、ハイキングには向かない服装だな。

 肩のあたりになぞの丸い穴があいた白い半袖の服に、デニムのスカート。すごくミニってほどじゃないが、ヒザは見えてる。


「はぁ……それよかシューちゃんさ、これから前野まえのくんとでも遊ぶの?」

「それは―――」正直に言ってもいいか、と一瞬思ったが「そうだよ」やっぱり言わない方がいい。今日デートってことは。

「ふーん」あらためて、おれの服をじろじろ見る。「まあ、そんな格好でデートじゃ、女の子が恥ずかしい思いするもんね」

「え?」


 みじかい時間におれの頭がフル回転した。

 その結果、でた結論は……


「ユア……おれの服って、もしかして」

「うん。ダサいよ」


 なっ!? 

 まさか、そんなはずは……。おれなりに、かっこいいと思うのを選んだのに。

 衝撃の事実。

 おれは〈おれ〉のことを、客観的にみれてなかった。


「どのへんが……なんだ?」

「ぜんぶ」

「いや、まじでユア」

「たとえば上のシャツさぁ、ヘンなガラが入ってる上に筆記体の文字まででっかく入ってるじゃん。ズボンはなんか、遠くから見たら裸に見えるみたいな色してて、しかもピッチリしてるし」

「なんでだよ、いいだろべつに」

「カリフォルニア・サンダーって何?」

「カリフォルニアのかみなりだろ」


 ぷっ、と結愛ゆあは顔を横に向けて笑った。

 こいつとは正反対に、さーっと青ざめてゆくおれ。


(これは盲点だった……そうか、デートはファッションも重要だよな……)


 っていうか、それが一番大事まである。

 やばい。

 もう、家にもどって着替えている時間はない。

 

「ハブアナイスデー」


 バスをおりると、幼なじみはそう言って駅のほうに歩いて行った。

 その10分後、駅のほうから見おぼえのある女の子がやってきた。

 同じ図書委員の、新渡戸さんだ。


「おまたせ……しました?」

「いやぜんぜん」クールをよそおっちゃいるが、内心アセっている。服に注目されまいと、おれは背中を向けた。

「どうかしたの?」


 とんとん、とメガネのブリッジを連続で指先で押した。

 スタートからこんな〈引き〉の姿勢じゃ、どうせデートはうまくいかない。

 だったら、


「おれのこの服、ダサいかな?」


 シャツのすそを引っぱりながら、そう切り出してみた。

 胸には筆記体でドヤるカリフォルニアの雷。


「えっ? いや……私は」

「正直に言ってほしいんだ」

「こ、個性的だとは思うけど」


 こまった様子で、口元に片手をあてる。


「そんなにわるくはないよ?」

「ほんと?」


 ウソです、とは彼女は言わなかった。

 よかった、と胸をなでおろすも、

 ダメージは時間差でやってきた。

 歩きながら、彼女は何気なくこう言ったんだ。


「男の人で、あまり服とか気にしすぎなのは、あんまり好きじゃないかな」


 中身で勝負してよ、と遠回しに言われた感じ。

 ミスった。

 それは服えらびのことじゃなく、


(はあ……)


 今日のデート全般。

 アドリブでなんとかなると思ったが、もっと綿密に考えてのぞむべきだった。

 映画のあとの昼ご飯も、どこで食べるか迷いに迷ったし。



「じゃあ、またね」



 ああ、と改札口で手をふりかえすおれ。

 わかってはいるんだ。たった一回のデートで好感度が急上昇するほど、恋愛は甘くない。

 男女の仲は、もっと地味に地道にすすんでゆくものだから。


(やれやれ)


 疲労感。


 たった一人の女の子とさえ〈こう〉なのに、あの高校から出るにはこれをさらにプラス六人だと……?

 まったくもって気が滅入る。


「あれ? あれあれ?」


 朝と同じ調子で、こっちに近づいてくる女の子。


「お早いお帰りですな。まだ三時だよ」

「おまえこそ」


 バス停にならんでいる列の最後尾に立つ、おれと結愛。


「どこに行ってたんだ?」

「あなたと同じデス」

「そっか。じゃあデートしてたんだな」

「デッ…………」とっさに大声をだしてはまずいと、きゅっと口をむすんだ。

「おれはそうだった。わるいな。朝のやつはウソだ」

「まじ?」小声でささやく。「ねえ」おれのシャツをつまむ。「ほんとに?」 

「大変だな、女の子とつきあうって」

「なんかさとっちゃってるっ!!! それイケメン限定のセリフでしょうがっ!!!!!」


 じろり、とまわりの人の視線がおれたちに集中した。

 おれはうわの空で、ぼんやり、今日のデートを反省していた。


 ――「将来は司書になりたいんです」


 そんなことを言ってたな。

 二周目でもそう言ってたから、これは彼女の確固たる目標なんだろう。

 ちゃんと先のことを考えていて、おれよりだいぶしっかりしてる。


 ――「本の好み、私と似てますね」


 このへんはズルのたまものだ。

 好きな作家さんとか前もって知っていたから、今日のために予習が可能だった。


 家に帰ってもスマホでやりとりした。


 なぜか、結愛ゆあからもデートを根掘り葉掘りきくラインがきてた。



 週明けの放課後、



 おれは――― 


白沢しらさわくん……?」


 新渡戸にとべさんを、屋上に呼び出した。

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