転生先が序盤で死亡したクズ男だったけど、ゲームで救われなかったキャラたちを救います

@Rosaka_yuu

第1話 ゲームの真相

「——さて、今日もやりますかっ!」


 人生の夏休みと呼ばれる大学生活。その中で、正真正銘の夏休みを謳歌している青年——久我武尊は、自室でゲーミングチェアに勢い良く腰を下ろすと、デスクに置いてあるマウスを操作した。


「いつも爆速の起動をありがとうございます、と」


 二十五インチのモニター上に表示されている、プログラム名の文字化けした『真っ黒なアイコン』。それをクリックすると、ゲームが起動し、久我の最後にプレイしていた時の画面が、一瞬で表示された。


 プログラム名は文字化けし、起動時にタイトル表示も無い為、このゲームを始めて五年が経つ今でも、久我は自身のプレイするゲームタイトルを知らない。


 高校一年の夏、突如パソコンに出現した謎のゲーム。好奇心に負けて起動したのを皮切りに、久我はすっかり謎のゲームへのめり込んでいた。


「今日で【土魔法師】の熟練度上限まで上げられそうだな」


 この謎のゲームは、魔王によって脅かされる世界を勇者が救うという王道なRPGだ。

 各キャラには適正に応じて『天職』と呼ばれるパラメータが設定されており、それによって使える能力が変わっていく。

 

 『天職』は熟練度を最大まで上げると、更に上位の『天職』を取得できる仕様になっている。既に裏ボスまで攻略済みの久我は、推しキャラを最強にするべく、ひたすら熟練度上げに励んでいた。


「……せっかく育てるなら、やっぱり一番の推しキャラを育てたいなぁ」


 画面の中で魔法を放つ妖艶な魔女を見ながら、久我が残念そうに呟く。


 勿論、現在久我が操作している魔女も彼の推しキャラに間違いないのだが、彼が一番好きなキャラはラスボスである魔王だった。しかし、このゲームでプレイヤーが操作できるのはバトルパートのみであり、ストーリーパートはプレイヤーの介在する余地のない、決められた物語が展開される。


 このゲームにおいて、久我が唯一不満を持っている点が、ストーリー分岐の存在しない点であった。


「世界が救われて大団円って感じなんだろうが、その裏で救われてない奴らが結構居るのは減点だわ……」


 生粋のハッピーエンド厨である久我は、悲劇の魔王が救われない結末に愚痴を零す。裏ボスの邪神を倒す過程で魔王の背景を知った久我は、一番の被害者である少女に手をかけたという真実にショックを受け、その日から三日間寝込んだ。——その後、全ての元凶である邪神への怒りにより、三日間不眠不休でプレイして邪神を討伐したが。


「はぁ……。おっ、熟練度最大まで行ったな! 【岩魔法師】を取得っと!」


 上級職である【岩魔法師】に至ったキャラを見て、やっとかー、とゲーミングチェアから立ち上がった久我が、天井を仰ぎながら大きく伸びをする。数秒の伸びを終え、視線を正面に戻すと……。




「……え?」



 

 ——目の前には、見覚えのない光景が広がっていた。




「……ん? ……んんッ!?」


 目がおかしくなったのか、と瞼を擦る久我だったが、何をしても変わらぬ光景に目を見開く。


 先程まで自室でゲームをしていた筈の久我は、いつの間にか体育館ほどの広さを誇る空間に立ち尽くしていた。


 床・壁・柱、全てが黒曜石のような美しい黒い石材で造られており、その荘厳な雰囲気に気圧される。視界に広がる漆黒の建物内で、唯一色のある深緋の絨毯。

 

 久我は、足元に敷かれている幅が二メートルほどの細長い絨毯を視線で辿っていく。延びている絨毯の先で、十段ほどの階段を視線で上ると、玉座に座った男が久我を見つめていた。


「うわッ⁉︎ ……びっくりしたぁ……何で無言で見つめてるんですか、声かけてくださいよッ!」


 静寂に包まれている空間で、てっきり誰も居ないものだと考えていた久我は、静かに自身を見つめているコスプレチックな男へ抗議の声を上げた。その言葉を受けた男は久我に対して、ゆっくりと口を開く。


「——我が誰だか、本当に分からぬのか?」


「いや、知る訳な……」


 外国人の知り合いは居ない為、どう見ても日本人では無い男に対して、知らないと告げようとするも、何処か見覚えのある顔に言葉が途切れる。久我は目を細めながら、男の姿を良く観察し始めた。


 肩まで伸ばされた漆黒の長髪に、ハリウッド顔負けの端正な顔立ち。病的なまでに白い肌をしながらも、服の上からでも分かる鍛え抜かれた身体。何より特徴的なのは、その背中から生えている六対の翼だ。天使の翼が漆黒に染まったかのようなその特徴的な翼は、久我からある記憶を呼び起こした。


「……ベリファード?」


「——これはまた命知らずな奴だな、この我を呼び捨てにするとは」


 玉座で久我を睥睨する男——ベリファードは不機嫌そうな声で声を発した。ベリファードはおもむろに玉座から立ち上がると、翼を広げながら久我に告げる。




「我こそは魔を統べる王にして、魔神へと至りし者——ベリファード・ヴァン・デモニティウスであるッ!」




 玉座の間に響き渡るベリファードの声は、声そのものに質量があるかの如く、久我をよろめかせる。口を大きく開いてベリファードを見つめる久我は、間違いなく人生で一番の衝撃を受けていた。


(何であのゲームのキャラが現実に? コスプレ? いや、声に物理的な衝撃を感じたし、どう考えても普通の人間じゃない……。そもそも、これは現実なのか?)


 久我が動揺している理由は、ベリファードが自身のプレイしていた謎のゲームに登場するキャラだからだ。


 ベリファードはゲームに登場する魔王の父であり、邪神討伐の際に明かされる、魔王の過去話で登場するキャラだった。


 何でゲームのキャラが目の前にいるのかと動揺で瞳を揺らしながら、硬直する久我。ベリファードはそんな久我に対し、口角を上げながら話しかける。


「何故我が実在しているのか、不思議か?」


「……」


 驚き過ぎて言葉も出ない久我へ、ベリファードは一方的に話を続ける。


「貴様が楽しんでいた遊戯は、我が提供したものだ。そして、あの遊戯に登場する世界や人物は、架空のモノではない。我の居た世界を複製し、その行く末を物語として提供していたのだ」


「……架空のモノじゃ、ない?」


 困惑している所に、更に困惑する情報を投下され、思考を停止したまま、ただ言われた情報を復唱する久我。ベリファードは、そんな久我の言葉を理解の意と捉えたのか、そのまま説明を続けていく。


「世界を複製し、邪神の干渉が無い世界の者へ提供した目的、それは——我が娘、ラファリアを救える者の選定だ」


「……ラファリアを……救う? ラファリアを救うだってッ!? そんな事が出来るんですかッ!?」


 思考が停止し、ただ話を聞くだけの人形となり果てていた久我は、ベリファードの言葉で再起動した。


 ——魔王ラファリア・ヴァン・デモニティウス。久我のプレイしていたゲームにおけるラスボスであり、彼の最推しキャラだ。ラファリアの救済を願いながら、ストーリー上どうすることも出来ない、と歯痒い気持ちに苛まれていた久我へ、ベリファードの言葉は天啓のように響き渡った。


 唾を飛ばしながら問い詰める久我に、ベリファードは困惑した表情を浮かべて返答する。


「……そ、そうだ。我はあの世界から消滅する瞬間、世界に対して『因果の楔』を打ち込んだ。世界に『楔』が打ち込まれた時点から先の未来は、我が加護を得た使徒であれば改変可能。——つまり、ラファリアが死ぬ未来も変えられるということだ」


「ベリファードが死んだ時点……。それだと、もう遅いんだよ……」


 ラファリアが見舞われる最初の悲劇は、生命の危機に陥った彼女の力が暴走し、実の父であるベリファードを殺してしまう事だ。そしてラファリアは深い絶望と共に、永い眠りへと堕ちていく。


「もう遅い、か……。確かに『楔』を打ち込んだ時点で、我の死は確定しており、ラファリアが絶望するのも逃れようのない定めである。——しかし、我は信じている」


「え?」


「——ラファリアはあの程度の絶望には負けん。少しのきっかけさえあれば、必ずあの娘は立ち直れる」


 優しげな微笑みを浮かべるベリファードは、ラファリアが立ち直ると確信している様に見えた。


「しかし……ラファリアの話題に対して食いつきが良かった故、貴様もラファリアの辿る運命に不満を感じてくれてるのかと少し期待したのだが、——違ったようだな」


 先程まで浮かべていた微笑みは鳴りを潜め、心底期待外れだという表情を浮かべたベリファードは、大きな溜め息を吐いた。そんなベリファードの様子に、久我は遺憾だと声を上げる。

 

「いやいや、不満しかないですよッ!」

 

「……ほう? しかし、貴様はもう遅いと言っていただろう? ラファリアの死ぬ未来は、まだ変えられると言うのに、もう遅いと」

 

「そ、それは……」

 

 久我はベリファードの指摘に言葉を詰まらせる。久我はラファリアを救うのであれば、最初の悲劇すら防いで、何一つ嘆くことのない幸せな人生を送らせてやりたいと考えていた。だからこそ、最初の悲劇が確定している話を聞き、もう遅いのだと口にしてしまった。

 

「もう遅いなどと口走る時点で、貴様の想いなど程度が知れる。……まぁ、人間である貴様が、魔王であるラファリアを救いたいなどと、心底から考える筈も無いか」

 



「——はぁ?」



 

 ラファリアへ抱く自身の想いをベリファードに過小評価され、頭の中で何かが切れる音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る