32話:憧れと安心
――不意に突き刺さる冷たい風。
夜の校舎裏で、俺は一人立ち尽くす。
ほんの少し前までは、ここに茅ヶ崎さんがいて、笑ってくれていたのに——。
「……どこにもいないか」
そう呟いた瞬間、まるで暗闇が押し寄せるように胸が苦しくなる。
先日の衝突で、茅ヶ崎さんは涙を流して飛び出していった。
あれ以来、まともに話もできていない。
(俺は一体、何をやってるんだろう……)
このままほっとくわけにはいかない。
そう思い立ち、校内をぐるぐる回っていると
人気のない教室の前で何やら物音を聞いた。
ドアをそっと開けると
そこには茅ヶ崎さんが肩を震わせながら机に突っ伏している。
「……茅ヶ崎さん」
俺の呼びかけに、茅ヶ崎さんはハッと顔を上げる。
目は赤く、頬にも涙の跡が見える。
「鳴海……くん。どうしてここに……」
「ずっと二人で話したくて探してた。……大丈夫?」
「大丈夫じゃない……って言いたいけど
私、もう何て言っていいか分からなくて……」
声がかすれている。
生徒会の仕事やイベント準備で疲れているのか
それとも先日の大喧嘩のせいか、心が壊れそうな感じに見えた。
「……悪い。いろいろ抱えさせてるのに、俺、何もできなくて」
「ううん……私のほうこそ、ごめん。いきなり怒鳴ったりして……」
教室の椅子を引き、そっと腰掛ける。
二人で向き合う形になり、言葉が出るまで息苦しい沈黙が続く。
やがて茅ヶ崎さんが小さく息をつき、うつむいたまま語り始めた。
「……私、鳴海くんがいてくれるのが当たり前みたいに感じてたんだ。
初めて自分の本音を受け止めてくれる人が現れて、ずっと安心してた。
……それを、恋だって思ってた」
「え……」
「でも、私、鳴海くんに“依存してた”んだよね。
生徒会長として完璧に振る舞わなきゃいけない中で
あなたが“私を分かってくれる”って思えた瞬間がすごく嬉しくて……
“私には鳴海くんが必要”って、そういう強い思い込みになってた」
茅ヶ崎さんは自嘲するように笑う。
彼女はいつもクールで完璧なイメージだったけど
本当はこうやって弱さや不安を抱えていたんだ。
そこを俺が理解者として支えてきたと思っていた。
でも、それをいつのまにか“恋愛感情”だと勘違いしていた……
「……茅ヶ崎さん俺も一緒だよ」
そう言って、口を開く。
「俺も、茅ヶ崎さんを“完璧でカッコいい生徒会長”だってずっと憧れてた。
あんなに何でもこなせる人が近くにいるなんて、信じられなかった。
だから一緒にいられる自分が誇らしくて……
それを“好き”だと思い込んでたんだ」
「鳴海くん……」
「ごめん。気づかずに、こんなに苦しませて」
茅ヶ崎さんは一瞬きょとんとして、それから吹き出すように小さく笑う。
「私こそだよ。……こんな形で分かるなんてね、ちょっと悔しい」
手が震えている。
お互いようやく本音にたどり着いた実感がある。
でも、心の中がすっと軽くなる感覚も同時にあった。
これは恋じゃなくて“憧れ”や“安心”——
本当の気持ちに気づけたからか、心の緊張が解ける。
「……なんか、ホッとしたな。これで、変に意識しなくて済むというか。
俺たち、本当は相棒だったんだな」
「うん……相棒。そうだよね。私たち、ずっと裏アカ同盟の仲間だったし
恋って言葉にとらわれてた……」
しばし、二人で笑い合う。
涙と笑顔が混ざったような空気が広がり、教室の息苦しさが一気に解ける感じ。
今まで言えなかったことをぶつけ合って、ようやくたどり着いた答え——
俺たちは恋人じゃなく、最高のパートナーなんだ。
「……でも、そうなると、鳴海くんはどうするの?」
茅ヶ崎さんが急に真顔で問いかける。
俺はなぜか胸がドキリとする。
「レイナ先輩のこと?」
「うん。私、正直、レイナ先輩に“唯一の理解者”を取られるんじゃないかって
ずっと不安だった。
でも、それは“恋のライバル”って意味じゃなくて……
“もう私を支えてくれる人はいなくなるんじゃ”って恐怖だったの」
茅ヶ崎さんは穏やかに笑っている。
もう以前のような焦りや苛立ちは感じられない。
腹を括った、そんな表情だ。
「だから、安心して。私は相棒としてずっと一緒だから。
もし鳴海くんがレイナ先輩に惹かれてるなら……
ちゃんと向き合ってみればいいと思うよ」
「……茅ヶ崎さん」
胸の奥に熱いものが込み上げてきた。
茅ヶ崎さんがこんなに素直に話してくれるなんて、それだけで救われる。
同時に、レイナ先輩への感情が改めて意識に浮かんでくる。
あの先輩の行動力や笑顔を想像すると、胸が妙にざわつく。
「ありがとう。俺、ちょっと考えてみる。
先輩が……本気で俺を好きでいてくれるなら……俺も答えを出したい」
「うん。応援するよ、相棒」
茅ヶ崎さんはまぶしい笑顔でそう言う。
あの日、涙に暮れた姿が嘘みたいに晴れやかな表情。
俺たちはお互い微妙な距離感を保っていたけど
大切な仲間として再スタートを切れそうだ。
夜風がカーテンを揺らし、教室の明かりがやけに暖かい。
“恋”に見えたものが実は「憧れ」と「安心」だった——
その事実は衝撃的だけど、不思議と心は軽くなっている。
さあ、次はレイナ先輩と自分の気持ちとどう向き合うか……だ。
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