29話:活動を続行できる幸せ
――荒廃した大地に、吹き荒れる硝煙の風。
そこには、巨大なドラゴンが憎々しげなうなり声を上げて佇んでいる。
俺は手元の剣を握りしめ、あと一歩で最終決着だ……!
「――って、ここで配信切ろう。みんな、観てくれてありがとう!」
深夜の画面がブツリと暗転する。
毎度のことながら、まるで別世界のドラマから現実へ引き戻される瞬間。
いつもなら少し寂しいものだけど、今はそれ以上に気がかりなことがある。
「……レイナ先輩、大丈夫かな。推薦の結果、どうだったんだろう」
思わずつぶやき、パソコンを落とす。
受験生の先輩がコスプレやVTuberコラボに一生懸命取り組んでいたが
さすがに親からの反対は強かった。
しかし、このところ「もしかしたら推薦がうまくいくかも」
なんて話を耳にしていた。
もし合格したら、本気で活動を継続できるだろう。
そして、俺との……関係も、もっと踏み込んでくるかもしれない。
胸が妙にざわつくのを感じながら、その夜は眠りについた。
◇◇◇
翌朝――学校の昇降口
「鳴海くん、聞いて! 星崎先輩、推薦合格したって!」
三浦さんが走り寄ってくる。
雑踏の中でも大きな声で、その報告に俺の心がバクンと跳ねあがる。
「本当!? よかった……じゃあ先輩、これで……」
「うん、詳しくは本人に聞いてみたら?
さっき廊下ですれ違ったけど、すごく嬉しそうにしてたよ。
両親が『合格ならやりたいことをしていい』って言ってくれたみたい」
「なるほど、親の認可も下りたんだ……!」
一気に胸が温まる。
思えば先輩はずっと両親の反対を食らいながら
コスプレやコラボを続けていたんだ。
これで、心おきなく“裏アカ同盟”の企画に加わってくれるだろう。
だけど、同時にどこかソワソワする。
先輩が合格して、活動を続けられる幸せを噛みしめている姿――
想像しただけで嬉しいし、俺自身も誇らしい気持ちが湧く。
「……いや、俺が変に浮かれるのもおかしいか。
まずは本人に“おめでとう”って言わないとな」
そう自分に言い聞かせ、急ぎホームルームへ向かった。
◇◇◇
休み時間――廊下
「おーい、鳴海くん!」
明るい声に振り向けば、レイナ先輩が手を振ってこちらに駆け寄ってくる。
いつもより笑顔が増していて、制服姿もどこか華やかに映る。
「先輩、合格おめでとうございます! 本当に良かったですね」
「ありがとう!推薦で大学がほぼ決まったから家でも文句言われなくなったよ。
“残りの高校生活は好きにしていい”って。
だから、これからもコスプレやコラボ、どんどん活動していこうと思うんだ!」
はじけるような笑顔がまぶしい。
思わずこっちまで微笑んでしまう。
先輩の幸せそうな表情を見てるだけで
なんというか“報われてほしい”と心から思えてくる。
「よかったっすね。これで本格的に活動しやすくなりますね。
俺も裏アカ同盟の一員として、一緒に頑張れたら……」
「ふふ、ありがと。鳴海くんと一緒なら心強いよ。
私、まだまだ伸びしろあると思うし……それに、鳴海くんとも……」
先輩が途中で口ごもる。
けれど、お互いに何となく伝わるものがある。
先輩が俺を好いてくれてるのは
翔太や三浦さん、それに茅ヶ崎さんも含め皆知っている。
だけど、先輩自身もそれを隠すつもりはないらしい。
「そうだ、また後で打ち合わせしようよ。イベント企画の件、進めたいし。
香澄ちゃんも誘いたいけど、最近忙しそうだね」
「そうなんですよ……学校行事や生徒会、家の事情もあるみたいで……。
俺も連絡してみます」
先輩はすこし申し訳なさそうに目を伏せ
「そっか。私も何か手伝えることあったら言って」と言い残し
さっそうと去っていった。
思わずその背中を見送りながら、胸が熱くなるのを感じる。
(ああ、やっぱり……先輩がこうして堂々と活動続けられるの、素直に嬉しいな)
茅ヶ崎さんへの思いも確かにあるけれど
レイナ先輩が見せる眩しさに惹かれているのは否定できない。
この気持ちは一体どうしたらいいのか――答えはまだ出ないが
とにかく笑顔で「おめでとう」と言えたことが救いだった。
◇◇◇
放課後――裏アカ同盟の打ち合わせ
「へえ、先輩合格したんだ。そりゃめでたいな!」
青柳 翔太が声を上げる。
三浦さんも「良かったねー。これでレイナ先輩も親に縛られずにいられるんだ」
と頷く。
「うん、これでコラボも本格化できそう。茅ヶ崎さん、どうする?
最近忙しいみたいだけど、一緒にできる範囲でやってみない?」
俺が声をかけると、茅ヶ崎さんは少し間を置いて答える。
「うん……もちろん参加したい。でも、本当に最近スケジュールが限界で。
せっかく先輩も自由になったなら、私がいなくても進めていいよ?」
「いやいや、香澄ちゃんがいたほうが盛り上がる? 裏アカ同盟だし」
翔太がフォローするが、茅ヶ崎さんは苦笑して
「ありがとう。でも鳴海くんはレイナ先輩と組む時間が増えたよね……」
とポツリ。
「え、それはまあ……先輩もやる気だし、茅ヶ崎さんの都合も合わなかったし。
別に意図してそっちを優先してるわけじゃ……」
「分かってる。気にしてないよ。ただ、私ももう少し余裕あれば……
って思ってるだけ」
そう言う茅ヶ崎さんの顔には、うっすら影が見える。
おめでたい話のはずなのに、空気がよどむ感じがして、俺は違和感を覚える。
このままイベントの話を続けるのも微妙だ。
結局、その日は大まかな確認だけで解散となった。
◇◇◇
夜、自宅のリビング
「またイベントに出るんだって? お前、勉強はどうなってるんだ?」
父がすこし嫌味っぽく口を開く。
母も「ほどほどにしなさい」と口を挟み
再説得を求められる空気になってしまった。
「いや、ちゃんと両立します。前回も大丈夫だったし
今回も仲間たちと時間をうまく使って……」
「仲間……またあのVTuber活動か。
まあ、前に許可したからいいが、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫です! 成績だって落としてないし何ならイベントにも有意義な理由があるんです。地域PRとか、実績にもなるし……」
両親はまだ渋い表情だが、前回ほど強く否定はしない。
「まあ、せいぜい体調崩すなよ」と言って引き下がる。
これは一歩前進かもしれない。
けれど、いつも心配の目が突き刺さるのは重い。
「くそ……でも、やると決めたからには成功させるしかないよな」
◇◇◇
翌朝――昇降口で翔太と合流
「親の説得、どう? 俺のほうは割とスムーズだぜ。
『勉強さえちゃんとやればいい』とか言って」
「こっちはまあ、どうにか折れてくれそう。
けどいつ釘を刺されるか分からなくてヒヤヒヤだよ」
「はは、がんばれ。……あ、そうだ、香澄ちゃんは生徒会で忙しそうだったぞ。さっきチラッと見たらかなり焦った顔してた」
「茅ヶ崎さん、やっぱ無理してるのかな……」
俺は心に重いものを抱えたまま、次の教室へ向かう。
いろんなことが一気に進み始めて、“幸せ”を感じられる部分もあるのに
どうしてこんなにもモヤモヤするんだろう。
レイナ先輩の合格という朗報がある一方で
茅ヶ崎さんとの行き違いがじわじわと拡大していくような嫌な予感――。
イベントは待ってくれない。
このままじゃ本番までに何かが爆発しかねない、と頭が警鐘を鳴らす。
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