25話:告白の波紋とイベント参加準備


 ――風が巻き起こす砂塵が視界を遮る。


 俺は剣を握りしめ、地面に刻まれた古代の紋章を踏み越えた。

 背後の仲間たちが不安げに叫ぶが、振り返る余裕はない。


 目指すはボスの居城。ただ、それしか考えられない……!


「――って、ゲームに没入してる場合かよ!」


 自室でひとりツッコミ。


VTuber「ナール」としての配信が終わった後

 俺はまた現実世界に引き戻される。


 頭を抱える理由はゲームじゃない。

 レイナ先輩の告白と、茅ヶ崎さん(CAS)との関係


 それに迫りくるイベントの準備――すべてが俺の思考を圧迫するのだ。


(どうすりゃいい……レイナ先輩のこと、嫌いじゃない。

 むしろ先輩が俺に想いを寄せてくれるなんて光栄だ。

 でも、茅ヶ崎さんのことだって大事で……)


 うなされるようにベッドへ崩れ落ちる。


 こんな時こそ仲間に相談すべきだが、あまりにもプライベートすぎて

 どう話を切り出すか悩む。


「イベントは全力でやりたい。

 そう決めたけど……今の俺、どこか浮足立ってるよな」



◇◇◇



翌朝――教室


 俺がぼんやりしていると、茅ヶ崎さんが心配そうに声をかけてくる。


「鳴海くん、なんだか顔色悪いよ? 大丈夫?」


「え、ああ……ちょっと寝不足で。夜にやること多くてさ」


 正直、レイナ先輩の告白をどうしようか思い詰めて眠れないなんて言えない。


 茅ヶ崎さんは微笑んで

「無理しないでね。イベントだって体が資本だし」と優しく返してくれる。


 その気遣いが余計に胸を締め付ける。


(茅ヶ崎さんも不安定だったのに、最近はちょっと落ち着いた感じかな。

 両親説得も成功して、やる気出してるし……

 俺だけが変にウジウジしてるわけにはいかない)


 そう思って頷いた瞬間、スマホに通知。

 レイナ先輩からだ。


 チラッと内容を確認すると

「今日の放課後、イベント準備の打ち合わせしたいから、一緒に帰ろう?」

 という誘い。


 茅ヶ崎さんもそれを見たのか、横目でスマホ画面をチラと見て

 微妙な笑みを浮かべる。


「レイナ先輩から……お誘い?」


「うん。ちょっと準備の話……」


「そっか。行ってらっしゃい。私は生徒会あるし……」


 茅ヶ崎さんは苦しそうに笑って去っていく。


「行ってらっしゃい」と何度も頭の中でリピートする。


(このままじゃ、まるで俺が茅ヶ崎さんを捨てて先輩を選んでるみたいだ……

 そんなつもりないのに……)



◇◇◇



放課後――校舎裏


「ごめんなさい、お待たせしました?」


 俺が遅れて駆けつけると


 レイナ先輩は「いや、ちょうど来たところ」と微笑む。


「じゃあ行こっか。駅前のカフェでイベントの資料見せたいんだ。

 コスプレの写真とか、配信イメージの草案とか」


「わかりました……よろしくお願いします」


 ぎこちないまま、先輩と二人きりで歩く。


 途中で「そういえば、答えは出た?」

 と先輩がさらりと聞いてきて、心臓が跳ねる。


「え、あの告白の件ですか……?

 まだ、すみません、ちゃんと答え出せてなくて」


「いいよ。焦らないから。でも、私は受験前の今が勝負だと思ってるの。

 あんまりグズグズしてるなら、私がどんどん押しちゃうかも?」


 先輩の言う「押す」とは、つまり猛アタック継続宣言。


 俺は苦笑しか返せない。


 うしろめたさが募る。


 茅ヶ崎さんはどう思っているだろうか。


 ああ、もう頭がぐちゃぐちゃだ。



◇◇◇



駅前のカフェ


 レイナ先輩が持参したタブレットで

 コスプレの写真やイベントの進行表を見せてくれる。


「どう? こういう衣装で、ナールくんのアバターとコラボして演出するの。

 会場では私が実際にこの格好でステージに立って……

 あ、そこにCASちゃんも呼べたら良いなあ。難しいかな?」


「いや、茅ヶ崎さんも出る気はあるんだけど、日程や家庭の事情で……。

 まあ何とか調整してみます」


「そっか。私も協力するよ。勉強と配信の両立、大変だしね。

 何か相談があればいつでも言って。恋愛相談でもね?」


 とウインクされ、ドキリ。


「先輩……マジで強いっすね」


 店員が持ってきた飲み物を受け取り、先輩はストローをくわえる。


 「強いって? まあ、好きなことには全力だよ。鳴海くんもそうでしょう?」


「そうですね。VTuberは俺の夢とまでは言わないけど

 本気になっちゃってます」


「なら私も本気でぶつかるよ。恋も配信も全部」


「……そ、そうっすか」


 このままじゃ完全に先輩のペース。


 茅ヶ崎さんへの想いをどう言葉にするかも分からず、会話を進めるしかない。


 やがてコラボイベントの具体的内容がまとまり


 「残りの細かいところはラーインでやりとりしよう」


 となったところで打ち合わせは終了。


 俺は先輩を駅で見送り、「じゃあまた」と別れて帰路に就く。


「……はあ。これで参加表明は完了だな。

 でも、茅ヶ崎さんにはちゃんと報告しないと」


 そう思った瞬間、スマホが震える。


 茅ヶ崎さんからのメッセージだ。


 『今日、遅くなりそう。生徒会の仕事が詰まってて……

 あと、家族との話し合いでバタバタするから、明日はごめんね』


 どうやら親との再交渉をしているらしい。


 俺も似た境遇だから気持ちはよくわかる。


(お互いに大変だな。でも、一緒に頑張ろうって言ったじゃないか。

こんなところで折れたくないぞ)


 決心を固めてスマホを握りしめる。


 まず大事なのはイベントの成功と、茅ヶ崎さんとの絆を守ること。


 俺は歩き出す。遠く空にはもう星が瞬き始めている。


「もう少しだ……もう少しで全部乗り越えて、“再び一つに”なれるはず――」


 そう自分に言い聞かせて、夜風に背中を押されるように家へ急いだ。


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