11話:確信と動揺
翌朝。教室に入ると、なぜか茅ヶ崎さんが教卓の前で先生と話している。
普段は生徒会室に行っていることが多いのに、今日はどうしたんだろうと思いつつ見守っていると、彼女は先生に一礼して席へ戻る。
俺は思わず視線を合わせようとするが、茅ヶ崎さんは気まずそうに目を逸らした。
(そりゃそうか……昨日あんなことがあったばっかだし)
クラスメイトが雑談する中、茅ヶ崎さんもいつもの“クール生徒会長”の仮面を被っているようだ。
まるで何事もなかったかのように振る舞っているが、その瞳には明らかに戸惑いが色濃く残っている。
「おい優、なんか昨日から香澄ちゃんの機嫌悪くね?
お前、なんかやらかした?」
翔太がひそひそ話を投げかけてきた。俺は慌てて否定する。
「いや、別に何も……たぶん、文化祭の準備で忙しいんだろ」
「ふーん、まああれだけ責任ある立場だしな。仕方ないか」
翔太があっさり納得して話題を切り上げる。
助かった。
しかし、俺の心は落ち着かない。茅ヶ崎さんの秘密を知ってしまった以上、どう接したらいいのかわからない。
(しかも、俺も配信者なんだよな……。いっそ正直に言うべきか?)
思考が堂々巡りするままホームルームが始まり、当たり前のように時間が過ぎていく。
授業中もまったく頭に入らない。ノートを取る手が勝手に止まり、ぼんやり窓の外を眺めてしまう。
(茅ヶ崎さんは今どんな気持ちなんだろう……)
――すると、休み時間。スマホにメッセージが来た。
差出人は茅ヶ崎香澄。
内容は「今日の放課後、少しだけ話せる?」というもの。
やはり彼女もあの件を放置できないらしい。
「いいよ」と返信すると、茅ヶ崎さんから「部室棟の空き教室で待ってる」と返事が来る。
……ちょっとドキドキする。
顔を合わせたらお互い気まずいだろうが、このままじゃ何も進まない。
◇◇◇
放課後。部室棟の空き教室
ドアを開けると、茅ヶ崎さんが窓際でじっと外を眺めていた。
いつもは堂々としている彼女だけど、今はまるで小さく見える。
「……ごめんね、こんなところに呼び出して」
「いや、俺もちゃんと話したかったから助かる」
教室の中央まで行くと、茅ヶ崎さんはゆっくり振り向いた。
その表情はどこか戸惑いと不安が入り混じっている。
「昨日の資料室のこと……誰にも言ってないよね?」
「言うわけないだろ。大丈夫、安心して」
「そっか……よかった」
茅ヶ崎さんはほっと息をつく。
それだけでも少し救われたようだが、表情は硬いままだ。
「……私、本当はまだ隠し通すつもりだった。生徒会長とVTuberなんて、どっちも中途半端に見られたら嫌だから」
「中途半端って……そんなわけないだろ……」
(あれだけ人気あるんだぞ、CASは)
うっかり本音が出そうになるが、必死で言葉をのみ込む。
そう――俺は配信者「ナール」として、CASの活動をそこそこチェックしてる。
ファンであることがバレたら、ややこしくなるかもしれない。
「でも、学校には黙っていなきゃいけないし、親にも内緒で……いつバレるかヒヤヒヤしてた。だから昨日、鳴海くんに知られちゃって……ショックというか……」
茅ヶ崎さんがうつむいて拳を握りしめる。
確かに、信頼できるかどうかもわからない相手に秘密を知られたら怖いだろう。
(でも、俺なら絶対にバラさない。何せ俺も同じ立場だから……)
「……安心してくれ。俺は茅ヶ崎さんの秘密を漏らさないよ。
逆に言うと、俺は味方だと思ってほしい」
「味方、ね……。
……ありがと。鳴海くんがそう言ってくれるなら少し心強いかも」
茅ヶ崎さんが少しだけ笑みを浮かべる。けれど、その瞳にはまだどこか疑念が残っているのが見える。
「……私、生徒会長の自分も、VTuberのCASとしての自分も、両方本当の私。
けど、どちらの顔も偽りっぽく見えてしまうときがある。
いつまで続けられるのかなって……不安になってた」
「なるほど……」
「でも、文化祭の企画で配信をやろうとしてるのも、そういう“自分を隠さずにいたい”気持ちがあるから。もし成功したら、“ネットで好きなことをやる自由”を少しは認めてもらえるかと思って……」
切々と語る茅ヶ崎さんの姿を見て、俺は胸がギュッと締め付けられる。
まるで自分の思いを代弁しているようにも感じたからだ。
俺も“ナール”として、ネットでしか出せない自分がある。
――ここで言うか? 自分もVTuberであると。
一瞬、脳裏をかすめる。しかし、言いそびれる。
茅ヶ崎さんがどれほど孤独と重圧を抱えているかを思うと、余計にためらわれた。
「……茅ヶ崎さんは、すごいと思うよ。ネットで何百万人もの人を楽しませて、学校でも成績トップで生徒会長だなんて。俺には絶対できない」
「そんなことない……私、全然すごくなんかないよ。毎日ビクビクして、無理して笑って……」
「……無理する必要ないよ。少なくとも、俺はちゃんとわかってるから」
そう言って、彼女の肩にそっと手を置く。
茅ヶ崎さんは少し目を見開いて、戸惑ったように視線を落とす。
「鳴海くん、ありがと。……これからも、変わらずに接してほしい。
今までどおり……普通のクラスメイト、仲間として」
「ああ、もちろん」
そう頷いた瞬間、教室の戸がガラリと開いた。
「え……!? か、香澄ちゃん……と、鳴海……?」
そこに立っていたのは、たまたま部活の用事で来たらしい青柳 翔太。
俺たちが微妙な距離感で向かい合っているのを見て、まるで何か重大な秘密を目撃したかのように固まっている。
「な、なんだ? お前ら、こんなところで……まあいいや。香澄ちゃん、文化祭のアナウンス書類を先生が探してるって。急いだほうがいいぞ」
「え、あ……うん、わかった。行くね、鳴海くん」
「うん」
茅ヶ崎さんはバタバタと駆け去り
翔太は「まさかイチャイチャしてたんじゃねえだろうな?」と軽口を叩く。
俺は肩をすくめて「違うよ」と返すが、内心は穏やかじゃない。
俺だけが知る、茅ヶ崎さんの秘密。
そして、俺自身も未だに隠している“ナール”の正体。
この二つの秘密は、もう大きく絡まり合ってしまっている。
――いつかは解けるのか。解かなきゃいけないのか。
頭の中で不安が膨らみ続ける。
「まあ、焦らなくてもいい。俺は茅ヶ崎さんを裏切るつもりはないし、企画がうまくいくように全力を尽くすだけだ」
ポツリとそう呟き、俺は教室を後にする。
心の奥底では、すでに決意が芽生えていた。
この秘密を守りつつ、文化祭を成功させる――
それが、俺にできる最大限の“活躍”だと信じて。
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