1話:完璧生徒会長と、地味な俺
朝の通学路。俺はいつものように人混みの波に紛れて歩いていた。
都心から少し外れたこの街は住宅が多く、学生もいっぱい。電車を降りてからも、同じ制服を着た生徒の列がずらりと並ぶ。
「はぁ……眠いなぁ」
昨日は配信を長引かせてしまい、気づけば24時を大きく過ぎていた。
でもリスナーが楽しんでくれてると思うと、つい延長したくなるんだよな。
今日は仮眠時間が足りなくて、授業中に寝落ちしそうな予感しかしない。
「おっ、優! おはよう!」
背後から軽いノリの声がかかり、俺は反射的に肩をすくめる。
クラスメイトの青柳 翔太(あおやぎ しょうた)だ。
俺の幼なじみであり、ムードメーカー。
もう少し静かに話しかけてほしい。
「あ、翔太か。おはよ……って、うわ、元気すぎないか?」
「そりゃそうだろ! 今日から文化祭の準備が本格スタートじゃん? 」
「なんかワクワクしね?」
「はぁ……そうかもね」
実は文芸部に所属している俺は、出し物の原稿づくりを担当する予定だ。
ただ、あんまり大勢の前で発表したりするのは得意じゃない。
いつも裏方でコツコツ作業するだけ。
「それにしてもさ、最近めちゃくちゃ面白いVTuber見つけたんだよ! 」
「名前がナールっていう――」
「えっ!?」
思わず変な声を上げる。俺はあわてて咳払いをして取り繕った。
翔太はそんな俺の様子に気づかず、テンション高く話し続ける。
「ゲームの腕はまあまあなんだけど、喋りが絶妙に面白いんだよね。」
「コメント読むのうまいし、声も悪くない。見てて飽きないっていうか――」
「へ、へえ……そりゃすごいじゃん。今度、リンクとか送ってよ」
言いつつも、心の中は冷や汗だ。
まさか身近に自分の配信を見てるやつがいるなんて。
今のところバレてないみたいだけど、この調子で広まったらどうなるんだろう。
「よーし、今日はテンション高めでいくぞ! 」
「優、お前もなんか文化祭でやってみろよ。例えば読み聞かせとか? 」
「声優みたいな感じで!」
「……勘弁してくれ。俺は舞台の下でいいんだよ」
やっぱり、舞台の上で注目を浴びるなんて性に合わない。
ネットならまだアバター越しだし、顔を隠していられるからできることなんだ。
そうこうしてるうちに、聖洋学園の校門に到着。
時間ギリギリだったせいか、すれ違う先生たちが「早く教室へ入れ」と急かしてくる。
「じゃあまた昼休みになー!」
翔太は走り去っていった。相変わらず落ち着きのないやつだ。
俺はあくびを噛み殺しつつ、教室へ向かう。
始業チャイムがなる直前に教室に滑り込み、自分の席に腰を下ろした。
◇◇◇
一限目のホームルームが終わりかけた頃、担任の先生がある告知をした。
「えー、文化祭まであと二週間。 」
「実行委員が中心になって準備を進めていますが、生徒会から追加で協力のお願いがあります」
生徒会長の茅ヶ崎 香澄(ちがさき かすみ)がするすると前に出てきて、一礼。
抜群のスタイルにクールな表情。まさに「完璧」という言葉が似合う女子だ。
「皆さん、おはようございます。生徒会長の茅ヶ崎です。」
「文化祭のステージ企画について、クラス対抗イベントを増やすことになりました」
教室がざわめく。
香澄は動じることなく、淡々と要旨を説明していく。
その姿はまるで完璧なアナウンサーみたいだ。
正直、同い年とは思えないくらい大人びた雰囲気を持っている。
「ステージ内容のアイデアを広く募ります。後ほど配布されるアンケート用紙に、やりたい出し物や協力できることを書いてください。」
「なるべく多くの方の意見が欲しいので、よろしくお願いします」
そう言って微笑んだ瞬間、クラスの男子何人かが「はぁ……」とため息交じりに頬を染めた。
わかる。
あの美貌、立ち居振る舞い――どこを切り取っても欠点が見つからない。
いわゆる高嶺の花ってやつだ。
「茅ヶ崎さん、何でも自分でこなしちゃうからな……」
「あれじゃ全く隙がないって感じ」
クラスメイトの呟きを耳にしながら、
俺は心の中で「本当にすごい人だな」と眺めていた。
自分とは正反対。
俺が舞台の下で地味に生きているとすれば、彼女は常にスポットライトを浴びる側だ。
――まあ、接点なんてないけどな。
そんなことを考えていた時、教壇から視線を感じた。
茅ヶ崎さんと目が合った……気がする。
一瞬、ドキッとしたが、まさか俺みたいな地味男子を見てるはずが――
「……」
あれ? でも、確かに視線がこっちを向いている。
茅ヶ崎さんの口元が、ほんの少しだけ動いたように見えた。何か言いたげ……?
「では、以上となります。ご協力、よろしくお願いします」
そう言って、彼女は微笑んだ。
そして、そのままスタスタと職員室へ向かって教室を出て行く。
なんだろう。妙な胸騒ぎがする。
教卓の上にはアンケート用紙が積み重ねられている。
俺が無意識にその紙を見つめていると、担任が「鳴海、配ってくれ」と言い渡した。
「はい……」
仕方なく席を立つ。これも地味な俺の宿命か。
ただ、心のどこかで“生徒会長が俺を見たのは気のせいじゃない”と思ってしまう自分がいた。
(そんなわけないか……)
そう自嘲しつつ、俺はクラスメイトにアンケートを配りはじめた。
――このときの俺は、まだ何も知らない。
“地味な俺”と“完璧な彼女”が、一つの秘密を共有する未来を。
そして、それがとんでもなく刺激的で甘酸っぱい青春の始まりになることを……。
不思議な高揚感と一抹の不安を抱えながら、俺はアンケート用紙を眺め続けるのだった。
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