お猪口

一の八

第一章:親父の友達


「おじさん、また来てんたんだ」

居間で楽しそうにお酒を飲んでいるおじさんに声を掛ける。


「またとは、失礼な。お前の息子の教育はどうなってるんだ」

「うちはこういうやりかたなんだ。酔っ払いだから仕方ない」

「ったく。しょうがないな」


隣でただただ親父は、笑っていた。



「だって昨日もいたでしょう?」「一昨日だろう?あれ?昨日になるのか。」

日を跨ぐまで飲んでいるのだから一昨日というよりももはやそれは、

昨日になるだろうと心の中でツッコミを入れていた。



親父の友達は、よく家に来ては、遅くまで一緒に酒を酌み交わしている。

その様子に飽き飽きもしながらせっせとつまみの支度をしている母


こんな様子がいつまで続くんだろうな…





そんな事を思い出しながら喪主として今、ここに立っている。


帰り支度をする参拝者に「本日は、本当にありがとうございました。」

と頭を下げた。

親父と母親を同時に失うなんて…


どこかで同情するような声が聞こえた。


そんな言葉を言われても二人は、帰ったこないんだから。

昨日の夜、自分にはもうそう思うしかなかった。

と、考えている心に土足で踏み込んでくるような気持ち悪さを感じてしまった。


一通り参拝者の流れが過ぎると

「少し休んできたら?変わってあげるから。」近くにいた親戚の叔母が声を掛けてくれる

もう少しだけ、喪主としての務めを果たさなければと自分を奮い立たせていた。


「ありがとうございます。でも一応、喪主なので最後までやらしてください。」

「そうなの?休みたい時にはいつでも言ってね。」

ふうっー

少しだけ詰まっていたものを吐き出すように息を吐く。

誰かが近づいてくるのが分かった。

頭をあげると。


「ほら、これ持ってけ」

そう言って、小さなお猪口を差し出したのは、親父の古い友人だった。

「あっ…おじさん。なんですか?これ」

僕は、おじさんから渡された小さなお猪口に目をやる。


「ただの酒飲む器さ。でもな、大事なもんだ」

おじさんはそう言って、お猪口をくるくると指先で回した。長年使い込まれたのか、表面には細かい傷がついている。


「親父さんとよ、よくこれで飲んでたんだよ。お前も、何かあったときに思い出せるようにしとけ」

俺は「ふうん」と気のない返事をして、お猪口を受け取った。

注がれる酒を酌み交わしている親父の姿とその横でせっせとつまみを出しながら楽しそうに笑う母親の顔が浮かんだ。



小さいながらも、ずっしりとした重みを感じた。

こんなにも重かったけ?と僕は、受け取ったお猪口を大事に風呂敷にくるんでポケットの中へとしまった。

すると、向こうから叔母がおじさんに声をかけに近づてきた。


「田所さん、ちょっと手伝ってもらえます?」

「えっ?なんかあった?」




おじさんは、お猪口を渡すとそれ以上の言葉をかける事なく、戻っていった。



僕は、ポケットに入ってるお猪口をもう一度と確かめるようにグッとそこにあるものを握っていた。

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お猪口 一の八 @hanbag

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