あいつはそう行ったんだ

蟹山カラス

どこまでも

 ゆるして。そう書き残してあいつは消えた。

 似たようなこと言い残して消えた別人の話を知ってるが、それはフィクション。真実じゃない。

 あいつの言っていること、つまりは『何を許してほしいのか』。

 数年前、あいつは精神の病にかかって暴れまわった。その間の所業を許してほしいとのことらしい。

 毎日毎晩夢を見る、とあいつは言った。

 自分が傷つけた人々から責められる夢。

 もう縁も切れたんだし気にすることないだろって俺が言うと、「それでも僕は気にしてしまうんだ。罪悪感なんだ。大きな大きな罪悪感なんだ」

 と、返す。

「たくさんの人々が僕と縁を切ったんだ。僕の悪行のせいで」

「……」

「たくさんの人々が僕を恨んだんだ。僕の所業のせいで」

「……」

「ねえ、僕はもう耐えられない。僕のことを誰も知らない人しかいないところに僕はゆくよ」

「俺を置いて?」

「どうしても仕方ないことはあるんだ。最後まで付き合ってくれた君を置いていくのは心残りだけど……君はこんなことになった僕でもまだ付き合ってくれた。きっと来世もいいことあるよ」

「お前……もしかして」

「さあ。どうだろうね?」

 ……あいつが蒸発したのはXX日のこと。身内のいないあいつが唯一残していた連絡先がここだった。

 俺を現世との最後の窓口にしたんだな。

 雑務が増えたこと、正直俺は恨んでしまう。あいつは自分勝手なやつだった。

 それでも友人が消えて寂しくならない人間じゃあ、俺はなかったから。

 どうしてやればよかったのだろう。そんなことを考えても何もならなくて。あまりにも何もならないものだから、

 ……あいつは異世界に行ったんだ。

 そう思うことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あいつはそう行ったんだ 蟹山カラス @Wkumo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ