萌芽文明

邑崎 識

第1話 N高2年B組の変人3人組と恵

 N高等学校は公立では県2番目の進学校である。2年進級時に選抜試験が行われ成績順にA組、B組と順に振り分けられる。B組になった曽田巧、榊翔、金神健斗は窓際の列の前から1番目、2番目、3番目の席になった。新しいクラスになって徐々にグループ形成が始まる。スポーツが得意な運動少年グループが最初に出来て、女子モテを自任しているイケメン組、そこに相対する美少女組、真面目女子組、地味組、無所属、その他もろもろ。エリート組が生まれなかったのは、成績上位者はみなA組に吸い上げられてしまったからだ。

 巧は1年のときにつるんでいたオタク仲間が皆C組に行ってしまって居場所ができないでいた。自分的には地味組に近いと思いつつも、元々社交的でもないしC組に行った元の仲間と付き合えれば良かった。

 榊翔はかなりのイケメンでイケメン組から何度も加入のオファーがあったにも関わらす彼等とつるむことはしなかった。サッカー部ではファンクラブができるほど人気だったらしいが病気でしばらく学校を休んでおり2年になっての復帰だった。無口でとっつきにくいと思われているが、席が前の巧や後ろの健斗とは気さくに話していた。

 翔の後ろの席の健斗は入学試験で断トツのトップで新入生代表挨拶を行った超秀才である。しかしマイペースで学校の授業は殆ど聞いていなくて難しそうな本を読んでいたりノートに何かを熱心に書き込んだりしている。噂では中学では県内トップの高校に余裕で入れる成績だったが、自宅から一番近いという理由でN高を選んだらしかった。通学にかかる時間がもったいないというのが理由である。クラス編成試験もフランスの哲学者の本を読むのに夢中になっていたとかで幾つかの試験を欠席してしまいB組になったらしい。あまり公認されていないが「きゅうべん」というあだ名が付いていた。「究極ガリ勉」の略である。B組にはエリート組がないため健斗も浮いた存在だった。

 巧、翔、健斗は席が近いというだけの理由ではあるが、徐々に仲良くなり、変人3人組と呼ばれるようになっていた。

 翔の隣の席に伊奈恵がいた。恵は運動神経が抜群でさっぱりした性格のため女子の人望はあったが、ファッションや音楽の話題には殆ど食い付かず、極端に付き合いが悪いため無所属帰宅組になっていた。恵は1年の時に翔に一目惚れし、密かにチャンスを伺っていた。隣の席になり有頂天だった。とはいえ自信もなくアプローチの仕方も判らなかった。すでに何人かの美少女が翔に告白して撃沈しているという噂があった。3年生のお色気女子からのアプローチでも落ちなかったらしい。恵は「将を射んとするものは先ず馬を射よ」という古い格言に従って、3人組全体にアプローチすることにした。3人が話していると何となく話に加わり、距離を縮めていった。恵は思い切って提案した。

「放課後お茶しない?」

勉強で忙しい健斗はともかく、翔も巧も授業が終わるとさっさと帰ってしまう。皆から何かしら理由をつけて断られるのを覚悟していた。しかし、意外にも3人ともあっさりOKした。健斗に至っては妙に乗り気に見えた。場所や時間は恵が設定した。

 4人でのお茶は案外いい感じで時間が流れた。3人とも話してみるとなかなかいいやつだった。ともすればオタクの話題になるがひょうきんなところがあって場を和ませる巧、話が難しくなるが物知りの健斗。ずれた二人の話を恵と翔がうまくリードして高校生らしい他愛のない話に戻す。恵にとって男子3人に囲まれる紅一点のシチュエーションも悪い気はしない。

 その後、恵が段取りして時々4人でお茶しに行くようになった。恵としては皆から誘って欲しいし、翔と二人っきりになるシチュエーションもそろそろ作りたいが一向にその気配はなかった。みんな気の利かない男子の見本みたいで楽しい企画なんて考えもしないんだから。

 ある時、翔が突然エルサレムに行きたいと言い出した。あまり自分の話をしない翔が強い意志表明をするのは珍しかった。意外にも巧がすぐに同調した。

「行こう行こう。もうすぐ夏休みだし。旅費は僕が出すよ。実は株で大儲けしちゃったんだ」

「えー意外。でも私は行けないな。男子といきなり海外旅行なんて。健斗は?」

「行こう。エルサレムは歴史的場所がたくさんある。翔は何を見たいの?」

「それが良く分からないんだ。呼ばれてるっていうか、行ってこいって言われてるっていうか」

「何なのそれ。翔は山が好きでよく山に行ってるって言ってたけど、それと関係があるの?」

「多分あると思う。山って言っても実は祠みたいな所まで通うのが習慣みたいになってるだけなんだ」

「それって何だかやばい話じゃないの。何かに憑りつかれているとか」

「長い間入院していて体力を回復しようと思って適当な方角に向かって歩き出して山に入って行ったら祠があったんだ。何だか僕を待ってたみたいな気がした」

「やっぱりやばい話じゃないの。お祓いでもしなきゃ」

「そんな悪霊とかじゃないと思う。もっと神様とか、そんなもの。瞑想していたらおじいさんが現れて『エルサレム、交わりの地』って呟いたんだ」

「それだけが理由なの?」

「まあ、そうなんだけど」

そしてその日を境に、3人の間ではエルサレム行きの計画が、当たり前のように進行していった。

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