第21話 卒業と合コン_2

「ね、ねぇ、もういいんじゃないかな」

「いえ、もう少し待ちます。あゆみさんは十八時と言いました。まだ一時間早いです」

 

 私……いや、私達は一件のカフェを見張っていた。ガラスの向こう側にはあゆみさんと女性二人が話しているのが見える。隣にいるかさねさんは、深く帽子をかぶりながら私の服の裾をつかんでいた。

 今日のあゆみさんはどこか浮ついていて、話していても考え事をしている時間が多かった。よくぼーっとしていることはあるけど、今日のは明らかに何かを気にしているようで、それは私になにかを隠しているようにも見えた。

 

「なによりあのあゆみさんが、スカート着てきたんですよ! 何かあるに違いありません」

「ス、スカートくらい着ると思うけど」

 

 あゆみさんに家まで送ってもらった後、私はすぐにかさねさんに電話をした。

 かさね先輩は少し忙しそうだったけど、おねーちゃんも家にいないし、頼れる人はかさねさんしかいない。一人だと動きづらいし、ちょっと無理にお願いしてついてきてもらうことにした。私は家で変装用の帽子とサングラス、あとタブレットpcをとってきて、かさねさんと合流後、すぐに電車へ飛び乗る。

 そうして辿り着いたのは、私達がランチをした町から1つ隣の駅だった。

 

「で、でもどうやって先輩、見つけたの?」

「あゆみさんの鞄の底に、私のスマートフォンを忍び込ませてあります。私のスマートフォンにはGPSがついていますので、タブレットを通して居場所が確認できるんです」

「……あれ、それ大丈夫なやつ?」

「私がたまたま間違って、あゆみさんの鞄に入れてしまっただけです。あくまで偶然です、いいですね?」

「わ、わかった」

 

 カフェの中を気にするけど、今のところ特に変化はなさそうだ。

 

「話している内容が気になりますね……かさねさん、お店に入ることは可能ですか?」

「え、えっ、私が?」

「かさねさんならもしあゆみさんに見つかっても偶然で済みます。私はそれでは済みませんので」

「それはちょっと……」

「かさねさん、お願いです。わたし、本当に気になっていて」

 

 憂いをおびた上目遣いでかさねさんを見上げ、じっとその瞳を見つめる。

 

「……行ってきます」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 

 かさねさんは私みたいな外見に弱いみたいで、なかなか目を合わせて話してくれない。だけど今日だけは、申し訳ないと思いながらもそれを利用させてもらった。

 かさねさんは挙動不審な様子でカフェの中に入っていく。チェーンのカフェだから、出入りするだけならそんなに気にされないと思うけど……。ガラスの向こうにいるあゆみさんは相変わらず私の知らない女性二人と楽しそうに話している。

 しばらくして出てきたかさねさんの手には、テイクアウトした飲み物が2つあった。

 

「は、入るだけなの、なんか申し訳なくて」

「その気持ちはわかります。いくらでした?」

「わ、私が奢る」

「そんなのダメです。払いますから、今日だって私が付き合ってもらってるんですし」

「と、とりあえずこれ飲んで。先輩がなにをするのか分かったから」

 

 押し付けるように渡されたカップはほんのり温かくて甘い匂いがした。でもかさねさんの言葉のほうが先に聞きたかった。いったいあゆみさんは何を私に隠して――

 

「合コンだって」

「……なんですって?」

「ご、合コン。3対3でやるみたい」

 

 予想外の答えに頭がフリーズする。

 合コンってあの……いや、もしかしたら違う意味かもしれないし、合コンの意味を調べないと……あ、今私のスマートフォンあゆみさんが持ってるんだった。代わりに手にあったタブレットで入力してみる。

『合コンとは広い意味がありますが、一般的に男女合同コンパの略称として使われます。主に出会いを求める男性と女性がお酒の席を囲うことが多く……』

 

「……は、はは、はぁ」

 

 思わず変な笑いが口から洩れた。

 ……そうだったんだ、知らなかった。私、ぜんぜんあゆみさんのことわかってなかったんだ。あゆみさんは私に優しくしてくれるから、私が勝手に思い上がっていただけ。あゆみさんはやっぱり男の人がよかったんだ。

 

「帰ります、かさねさんも付き合ってくれてありがとうございました」

 

 一歩踏み出したら、目の前の電柱にぶつかった。痛ったい……。

 

「ま、待って。香奈ちゃん」

「……なんでしょう」

「もう少し、付けてみよう」

「それになんの意味が? あゆみさんは男性との出会いを求めているんですよね」

 

 自分で言っておいて、その言葉になにも矛盾がないことに傷つく。女性だったら男性のパートナーを求めるのは普通だ。

 それでも、かさねさんは私のコートの袖を離さない。

 

「え、えっと、うーんと、そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないし」

「よくわからないです……」

「……と、とにかく、行こ! ちゃんと確かめてからでも、遅くないから」

 

 ちょうどカフェからあゆみさん達が出てくるところで、そのまま近くの居酒屋へと入っていった。

 私は自分で歩く気力もなくなってしまって、かさねさんに引きずられるまま入店する。ドアの先はがやがやとただ煩くて、その明るさが恨めしい。

 

「……あっ! こ、こここ、ここがいいです」

 

 かさねさんが店員の案内を無視して空いている席に座る。特に予約席とかではなかったみたいで、店員さんは変な顔をしながらメニューを置いていった。

 

「かさねさん、私……」

「し、静かに」

 

 ただ煩いだけの店内の中、いつも聞いていた声がすぐ後ろの席から聞こえてきた。


「普段はなにして遊んでるの?」

「えっと、家にいることが多いかなぁ」


 それはあゆみさんの声だった。耳を澄ませば聞こえてくる声は、座席を挟んだ背中側にあゆみさんがいることが分かった。

 その声に私の胸の音が急に早くなる。こんなの聞いちゃダメなのに、ただ盗み聞きしてるのと同じだ。そのはずなのに、私はその場から動くことができない。

 だんだんと盛り上がっていく後ろの席で、私はうつむいて座ることしかできなかった。それでも私の耳は自然にあゆみさんの話し声をしっかりと拾っていく。

 集中して聞いているうちに、いつのまにかテーブルの上にいくつかの料理が運ばれていた。

 

「な、なにか頼まないと変だから。た、食べていいよ」

「……ありがとうございます」

 

 特にお腹は空いてなかったけど、少しだけ口に入れる。味なんてわからなくて、作ってくれた人にも申し訳なくなった。

 あゆみさんは楽しそうに男の人と会話していた。他の二人の女性と比べたら大人しくはあるけど、それでも時折笑ってるし、相手の話も聞いて質問をしている。

 その声を聴くたびに、私の気持ちはどんどん沈んでいった。

 

「ちょっと化粧直しにいくねー!」

 

 しばらくして、少し酔っているような声と一緒に何人かが通り過ぎる。その中にはあゆみさんの声もあって、それはだんだんと通り過ぎていく。


「かさねさん、もう十分です。やっぱり帰りましょう……」

「いやー、なかなか顔いいじゃん。来てよかったわー」

 

 私の声をかき消すように聞こえてきたのは、そんな男性の声だった。

 

「碧ちゃんなんて明らかに隆二狙ってんじゃん。誘えばホテル行けんじゃね?」

「一吾だっていい感じだろ、まっ、今日はヨユーそうだな」


 ……汚い会話、あゆみさん達がいなくなった途端こうだ。

 こんな人たちと話してるなんて、あゆみさんは知ってるんだろうか。もしかして騙されたりして? 沈んだ心が、そのまま急速に冷えていくようなそんな感じがした。


「三太はどう? あゆみちゃん……って聞くまでもないか」

「あー、顔も微妙だしやっぱあの背なぁ。男より背高い彼女なんてなくね?」


「は?」

「……」


 私の口から出たのは、どす黒い感情が音になったものだった。その男の声には、さすがにかさねさんも少しむっとした顔をしている。

 ……なにもわかってない。あゆみさんは顔もその背の高さも、誰よりもカッコいいんだけど?

 

「でもさー碧ちゃんも紅葉ちゃんも完全に方向定まってるし」

「そうなると三太の選択肢ないでしょ」

「そーなんだよなー。胸さえあればまだよかったんだけど」


 ガタリ、と腰を浮かせかけたところをかさねさんに止められる。

「ちょ、ちょっと香奈ちゃん。気持ちはわかるけど落ち着いて。先輩にばれちゃう」

 あゆみさんは確かにあんまり胸ないけど、それが身体のラインを綺麗に見せてるんですけど? 胸がないことをひそかに気にしてるのが可愛いんだけど?


「でも仕方ないからあゆみちゃん行くわー。胸以外はスタイルよさそうだし、たまには一吾と隆二に花を持たせましょ。今回は余り物ってことで」


 その言葉を聞いた時、かさねさんの手を振り切って、身体は動き出していた。

 暖簾を捲って通路に立つと、ちょうどあゆみさん達が化粧直しから戻ってくるところだった。

 

「……香奈? 何してるの、こんなとこで!」


 その声を無視して、男たちがいた席の暖簾を引く。会話をぴたりと止めた男三人がこちらに注目していた。その視線はすぐに私を値定めるようになって、それがまた不愉快だった。

 すーっと息を吸い込む。

 

「あなたたちは知らないでしょうが、あゆみさんが一番可愛いくてカッコいいんですけど! それが全然理解できない人たちにはあゆみさんなんて勿体なさすぎます! あなたたちの視線になんて触れさせたくもないので、あゆみさんは私が貰っていきます!」

 

 真っ赤な感情を爆発させる。他にもいろいろ言いたいことが溢れて、でもどれだけ考えてもふさわしい言葉は出てこなくて。こんなところあゆみさんに見られたくないという気持ちもあって、アクセルとブレーキをどっちも全開にしたままの叫びは、自分でも何を言っているかわからなかった。

 そのままあゆみさんの手を掴んで、出口へ向かって歩き出す。あゆみさんが何かを言っていたけど、私の足は止まることがなかった。

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