第2話 親友の妹_2

「ここかー」


 電車を乗り継いでショッピングモールに到着する。この中に目的地である書店が入っているはず。


「確かこの辺はあんまり来ないね」

「私も初めて来ました」


 まずは入口でモール内の地図を確認する。一階はスーパーが大部分を占めていて、二階三階は専門店のフロアーのようだ。書店も三階にあった。


「では行きましょう!」


 と意気込んで歩き出すが、進む方向はなぜか書店とは逆方向。

 確かに方向音痴とは言っていたけど、そんなに迷いなく進むんだなぁと思いながら、その後の進路を上手く誘導して書店へと向かった。

 書店はかなり大きく、休日ということもあって賑わっているみたいだ。ずらりと並んだ本棚の中を歩いて参考書の棚を探す。

「ありました! ここです!」

 そのコーナーは壁一面に分厚い参考書がそろっていた。けど雑誌とかコミックのコーナーとは違って、参考書のコーナーにはさっぱり人がいない、人気のなさが分かる。

 それでも香奈は楽しそうに棚の参考書を吟味にして、何冊か見比べ始めた。


「そういえば行きたい高校とかあるの?」

「えーと、今のところは誠英でしょうか」

「うわ、この辺で一番頭いいとこじゃん……」

「まだ考え中ですけど、どこにしても学力は必要なので」


 香奈は見ていた参考書を閉じて棚に戻し、もう一冊、もう一冊とどんどん中身を見ていく。参考書なんてどれも一緒じゃない? と思ったけど香奈にとっては違うらしい。

 真剣なその姿は私が良く知っている姉の方、恵奈とは全然違って、本当に恵奈の妹か? とつい疑問が浮かんでしまうくらいだ。恵奈はもっと適当だし、宿題もあんまりやらないし、私と一緒に講義を自主休校してカラオケに行くようなやつだし。

 まぁそんな性格だから私とも友達やってくれてるんだろうけど……。

 こんなにタイプが違うのに、恵奈は香奈とうまくやれているのかな、という余計な考えまで浮かんできた。

 

「香奈、私違うところ見ていい?」

「はい、少し時間かかりますのでご自由にどうぞ。終わったら連絡……連絡先、教えてもらってもいいですか?」

「もちろん」


 ぱぱっとお互いの連絡先を交換して、私はその場を離れた。

 本棚の間をふらふら歩く、本屋自体用事があるときしか来ない。文庫もコミックもほとんど読まない私にとって、書店というのは意外と時間をつぶすのが難しい場所だった。まだ服を見ていた方がずっとマシだけど、香奈からあんまり離れるのはなんとなく気が引ける。

 他のお客さんにちらちらと見られる視線を感じながら、なんとなく人の少ない方へと足を向ける。


「あ、雑貨もあるんだ」


 書店の端には文房具が並んだ区画があった。

 綺麗に並んだマステや、謎の機能がついた定規とかがあって、見るだけでも結構楽しい。

 中学生の時とかは文房具一つ買うのに結構悩んだ記憶があるけど、大学生になってしまうと文房具なんて使えれば良くなってしまう。いつも大学の購買で済ませていた私にとって、謎機能がついている文房具はなんだか新鮮だった。

 ショーケースに並んでいる一万円オーバーのペンを、どんな人が買うんだろうと眺めていると、スマホに着信があった。

 香奈かな? と出ようとしたけどなぜかすぐに切れてしまった。画面に残った番号は先ほど交換したばかりの番号で、ワンコールだけあった着信に、なんとなく嫌な予感がしながら速足で参考書の場所へ戻る。


「ねぇねぇ、いいじゃんちょっとくらい」

「奢るからさ、すぐそこの店だよ」


 戻った先では、金髪で少し服装を崩した高校生らしき二人組が香奈に話しかけていた。


「ああいうのってホントにいるんだな……」


 それは思わず声に出してしまうくらい、見本のようなナンパだった。

 対する香奈は二人をずっといないもののように扱っていて、手元の参考書を読んでいるように見えるけど……表情はなんか死んでるし、参考書のページも進んでいない。

 ただ私がそこに割りこんだとして、相手は調子に乗った高校生。素直に引き下がってくれる可能性は低いように思えた。だから一応香奈の保護者として、私は一つ対策を考えていた。

 本当に必要になるとは思っていなかったけど、用意してきてよかった。と鞄の中からキャップとサングラス、そしてマスクを装備する。


軽い変装と、喉の調子を整えて、私は少しドキドキしながら香奈の元へ向かった。


「ねぇ、なにしてるの?」

「あ?」


 少し低い声で話しかけると、ナンパ共がこちらを見る。二人より頭一つ背の高い私に一瞬ひるみながらも、目線は邪魔するなよと言っていた。香奈は現れた私を見て首を傾げていた。

 それぞれの反応を無視して、身体を香奈との間に割り込む。


「俺の女に手出さないでくれない?」

「きゃ、え、あゆみさ――」


 香奈の手を握って軽く抱き寄せ、驚いて名前を呼ぶ口をそっと手で押さえた。


「邪魔してんじゃ――え、あ? 男……か?」


 そんなナンパ共も私の恰好に男だと……完全には騙されてないか。

 今日の服装はいざとなれば男性にも見える、そんなコーデを狙った。私は髪もショートだしキャップとマスクで隠してしまえばさらに性別がわからなくなる。悲しいことに胸もあんまりないから、男装にはちょうどよかった。

 背の高さもあるし、家で確認したときはなかなかイケるのではないか? と自画自賛したけど……うーん、お相手の反応は微妙!

 

「行くよ」

「あっ、はい」


 作戦が成功だったのか失敗だったのか知りたかったけど、そのナンパ達に、私の性別どっちだと思う? と聞くわけにもいかない。

 ポカンとしているナンパ達を置いといて、香奈の手を引きさっさと私は書店を出た。




「いや、あれは想定外の事態に頭がまとまらなかっただけだと思います」

「やっぱそうかー。男の真似くらいいけると思ったんだけどな」


 ちょっとしたトラブルから香奈を救出した後、書店から少し離れた位置にあるカフェで香奈とお茶をしていた。抹茶ラテを飲む香奈は少し飽きれた様子で言う。


「もしかして、そのための恰好でした?」

「そうそう、いい感じでしょ?」

「……遠目で見ればギリギリ男性に見えなくもない、ってとこでしょうか」

「そのくらいでいいのよ。本気で男装してるわけじゃないんだし」


 ミルクレープを口に運びながら、なんとかなってよかったと思う。まぁ書店内だから最悪店員がなんとかしてくれただろうけど。


「でも助かりました。ありがとうございます。……ちょっとカッコよかったです」

「でしょー?」


褒められたからそんな答えを返すと、なぜだか香奈はムッとしていた。なぜ。


「それにしても人がナンパされてるの久しぶりに見た」

「昔から多いんですよね、ああやって声をかけてくる人」

「そりゃー、ねぇ」


 私の視線に、香奈は頷く。


「私も自分の見た目には自覚があります。モデルのスカウトもよくされますし、小さいころから何度も告白されました。……でもモデルも恋愛も、全然興味なくって、私の好きなことはもっと他にあるんですよね」


 それはきっと、持たざる者からすれば贅沢な悩みだと思う。でもそれを本人が実際に望むかは、また別の問題で。


「気持ちはわかるよ。ほら、私も背が高いじゃん?」


 私の背の高さも昔からで、小中学生の時はずっとコンプレックスで悩んでいた。背の小さくなる方法をネットで調べたりして実践したり、牛乳は絶対に飲まなかったり。

 学校の中では高すぎる身長に怖さを抱く人も少なくなくて、様々なトラブルの末、私は目立たないようにひっそり過ごすことに慣れてしまっていた。目立ってしまうと相手を委縮させてしまうし、怖いという視線は言葉にしなくても私にとって少なくないダメージを与えていたから。


「わかります。私も同じような感じです」

「高身長あるあるかな。でもね、その環境も高校生になってからちょっと改善されたの」


 暗黒時代の中学生活が終わり高校生になると、私はこの身長は、打って変わってバレー部やバスケ部から猛烈な勧誘を受けることになる。

 少しだけ大人になって、価値観や多様性というものが受け入れられるようになると、周りの視線も中学時代から比べると幾分友好的なものに変わった。ただ、目立つことが良くないと植え付けられていた私は、勧誘から逃げ回ることしかできなかったけど。


「断っているうちに勧誘も少なくなって、その後は平和に過ごせるようになったよ。高校生になると男子にも背が高い人がいたし」

「そうですか……部に所属しなかったのはなんでですか? 少なくとも友好的ではあったんですよね」

「香奈と同じで興味がなかった……って一言でいうのは簡単か。私も少しは考えたよ、高校入学時でも私より背が高い女の子あんまりいなくてさ。運動神経も悪くなかったから、きっと練習すればレギュラーくらいとれるんじゃないかって。それに、今まで嫌っていた背の高さを欲しいっていってくれる人がいる」


 うんうん、と香奈は頷いてくれる。


「でもね、何回考えてもやっぱり想像できなかったんだ。朝から練習して、他の人と切磋琢磨して、大会に出て……優勝カップを掲げている私が」

「優勝するの確定なんですか?」

「だから断った。しつこかったなー、先輩」

「それで、高校生の時はなにをしていたんですか? なにか他にやりたいことがあったんですよね」

「うん、帰って寝てた」

「……何をするのでもなく?」

「いや、寝るをしてるでしょうよ」

「やっぱり部活動入った方がよかったんじゃ……」


 呆れ顔の香奈に、寝ることの有用性を解いてやる。香奈は私の話を呆れ半分で聞いていたけど、最終的には笑ってくれた。




 その後、書店へ戻り参考書を購入した。だいたい目星はつけていたようで、香奈は三冊の参考書をバッグに詰め込んだ。(さすがにナンパしてきた男はもういなかった)

 帰りの電車の中、またこうして出かけてもいいですか? と聞かれたのは、恵奈の代わりだと思って一緒に行動していた私にとって、少しだけ意外だった。


「あゆみさんの男装作戦、有効かどうか検証しましょう」


 とのことだったけど、確かにそれで香奈が出歩きやすくなるならいいかなとも思うし、私も今日は単純に楽しかったからOKを返した。


 


 夜、ベッドの上で恵奈と電話で話す。


『風邪ひいてたのは本当だよ。いや、前に私もあゆみの話聞いてたじゃん? 部活のやつ。あの話、香奈と似てるなって前から思っててさ。似た物同士仲良くなれるかなって』

「あんたそんな妹思いだった?」

『いや、家じゃそもそもあんま話さないね。でも香奈が苦労してるのは知ってるから。一回勧誘がしつこくて警備員とか呼んだこともあるし』

「やっぱ大変なんだね、あの容姿だと」

『私からすれば羨ましい限りなんだけど。なんで父親に似ちゃったかなぁって感じ』


 恵奈と香奈は確かにあんまり似ていない。背の高さもすでに恵奈の方が低いし、顔が整ってるのも圧倒的に香奈だ。恵奈は恵奈で違うタイプの美人だとは思うんだけど。


『しかし、ずいぶんと気に入られたね。香奈が素直に楽しかったって言うことないよ?』

「そう? それはよかった。今度三人で出かける?」

『いや、それはいいかな。香奈煩いし』


 きっと恵奈のすることにいちいち注意をするんだろう、そんな光景が簡単に想像できた。恵奈は適当で、香奈は几帳面、姉妹でよくもこう正反対に育ったなぁ。反面教師というやつだろうか。


『それじゃ、また大学で。明後日の講義は出るよ。出席ヤバいし』

「うん、お大事にー」


 電話を切ってベッドに寝転ぶ。ふと床を見ると、今日着た服が脱ぎ捨ててあった。帰ってすぐに私が脱ぎ捨てたもので、それは私の日常の一部だった。けど……


「あゆみさん、着た服くらいちゃんとカゴに入れてください」


 って香奈なら言うんだろうな。そんな想像をしながら、ベッドから起き上がり服を拾い集めた。


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