電撃路上ライブ ~AMENOUZUME~
喧騒から一転、街に不穏な空気が流れ始める中、
バルドルが、
「さて、おっぱじめるとするか!」
と得物を手に立ち上がる。その言葉に、カワノは柔らかな表情の中に凛とした光を、瞳に宿し、落ち着いた声音で応じた。
「
ふたりは、
「「はぁ~い!」」
よい子のお返事、悪い笑み。そんな下知に従うほどお利口さんではいられない。
酒場の外に溢れ出した
バルドル隊と
「ちったぁ~戦い方、考えろ
敵陣に斬り込むふたりに苦言を放ち、大楯神器の元の形状、すなわち
カワノは一見すると可憐な佇まいだが、その
「ヤチホコ、右翼の補強をお願い! イワノ、カヅチは左の突破を阻止して!」
凛とした指示が飛び交い、
激しい死闘の末、彼らは侵攻してきた
撃滅されたはずの
「…言ったでしょう? 私の予言は絶対なの」
彼女の瞳には、一瞬宿った希望の光は消え失せ、再び深い、深い諦観の色が滲んでいた。抗うことのできない未来を知る者の、どうしようもない悲しみがそこにある。
カワノは戦場全体を俯瞰する目を向けたまま、その柔らかな口元をキュッと引き結ぶ。普段の能天気な様子は微塵もなく、凛とした横顔には厳しい緊張感が走る。しかし、その瞳の奥には、諦めとは異なる、この絶望的な状況をどうにかして乗り越えようとする強い意志の光が宿っていた。
「カヅチ、
カワノは下知。カヅチは、
「い、言ってる場合かよ?」
肩で息を調えながら苦言。
「早くしないと
カワノは不穏。ニコリとした笑みに手にした機器のボタンをポチり。
「不穏ッ? え、ちょぉっ?」
察したカヅチは、慌てて
「神さま舐めんなよ?」
あまりの出来事にパンドラは、
「そ、そんな
大混乱。そう
「物理法則まで封じられたわけじゃない」
カワノの一言に、みんなは
「科学も舐めんなよ?」
物理法則や、それを利用した科学までは封じられていないことの証明だった。カワノは不敵に
「てか殺す気? あんなん着けられてたの俺?」
「あそこで躊躇してたら、私たちは
カワノは冷静に言い放つ。そこに悪気はない、あくまで最善の策をとっただけ、という態度だ。しかし、カヅチにとってはたまったものではない。
「あんまりだぁぁ! ちょっと!
カヅチは救援を求めるかのように、呆然としているバルドルに訴えかける。バルドルは、カワノの予想外の行動と、その結果にまだ思考が追いついていない様子だ。
「…おいおい、冗談だろ? てか、
バルドル冷たな声音に、カヅチの訴えを棄却する。
「うっわ。
カヅチは
「続けんなら吹き飛ばす。それとも対話もできないのかしら?」
カワノは、
「あんたたちは、なにが望み? こいつの
そう言って、カワノはパンドラのスカートを大胆に
「ちょ、ちょぉぉ?」
「
スカートを掴んで隠そうとするパンドラにカワノは無双。一方で警告射撃の意味を理解した三人、
『一度だけ、
「じゃあ、もういいじゃねえか? おまえら俺らに負けたじゃん」
「なんなら、もう一戦すっか?」
イワノも威嚇。
「つまり感動が欲しい、と?」
カワノは嘆息。チラリとヤチホコに目を向けると、
――興味ゼロか?
その視線はスカート攻防戦に向いていない。逆に少し心配だ。ここでも気分は
「
ようやくパンドラのスカートから手を放してカワノが問うと、
「
バルドルが思い出したように呟いた。
「予言を逆手に取った――てか予言してないじゃん
カワノがウンザリと嘆息すると、
「だってぇ~、みんな信じてくんないんだよ? ウソつき呼ばわりすんだよ? 酷くない?」
パンドラは開き直る。思わずに苛立ち、またスカートを
「ちょぉぉッ? あんた
パンドラからの思わぬ嫌疑を、
「違いますっ!」
強い言葉でカワノは否定。
「いいから
カワノはキレ気味に要求。パンドラはこれまでにない辱しめに涙目だ。
「木馬の中に誰かがいる。ヒラヒラ衣装のアイドルが。その
荒唐無稽な予言に、カワノの
「……」
あまりの痛みに、パンドラは声なき悲鳴。
「舐めてる? ねえ?」
誰もカワノを諌めない。諌められるわけがない。恐いもの。そこに、
「みぃんなぁ~シバ子の歌をきぃ~てぇ~?」
「い、いい…」
木馬型のワゴン車の上には、ヒラヒラの衣装の着たシバが。その衣装はヤチホコの琴線に響いたようだ。やがてメロディ、シバはベタつく声音で熱唱、演舞を披露する。
そして、驚くべき光景が、その場に居合わせた全員の目に飛び込んだ。
無限に蘇り、街に死の影を落としていたはずの亡霊たちだ。つい先ほど、カワノの科学爆弾に吹き飛ばされ、恐怖に涙目になっていた彼らだったが、シバ子の歌声が彼らの耳に届くと、そのゆらめく姿に変化が見え始めた。まるで糸で操られるかのように、おぼつかない、ぎこちない動きで揺れ始める。
生前の苦しみや憎悪を纏ったおぞましい姿のまま、彼らはシバ子のリズムに合わせて踊り始めたのだ。手足を不規則に動かす者、頭をカクカクと揺らす者、ただその場でユラユラと漂いながら、まるで残響のような歌声を上げる者もいる。彼らが求めていた「興奮」や「感動」は、破滅や悲劇によるものだったはずだが、目の前にあるのはあまりにシュールで、あまりに場違いな
死闘の跡が残るアスファルトの上で、
街角の電撃路上ライブは、最高潮に達していた。シバ子が汗を光らせながら、とびきりの笑顔で叫ぶ。
「みぃんなぁ~、ありがとねぇ~! それじゃあ、最後の曲、いくよぉ~! 最高に盛り上がっていこー!」
亡霊たちのぎこちない踊りも、ヤチホコの豪快なステップも、この最後の曲に合わせて、どこか必死さを帯びてくる。街に満ちていた滅亡の予感は、今はシバ子の歌声にかき消されている。
そして、曲のクライマックス。シバ子がマイクを観客側に向ける。最も熱がこもり、一体感が求められる、あのコール&レスポンスの瞬間だ。
「いくよぉ! みんなぁ~!」
シバ子のキュートな煽りに、まずヤチホコが条件反射のように叫ぶ。
「「「おぉぉぉーっ!」」」
バラバラだった亡霊たちの動きが、不思議と一つの方向へ向かい始める。彼らは、何を理解したわけでもないだろう。ただ、
そして、シバ子が満面の笑みで、最後の言葉を投げかける。
「はい、せぇ~のッ!」
その瞬間、ヤチホコが、魂の底から絞り出すように叫んだ。
「「「はいはい! セーのっ!」」」
亡霊たちの幽玄な声、ヤチホコの力強い声、そして──その場の空気に飲まれるように、呆然としていたカワノ、バルドル、カヅチ、イワノ、キン、ギン、そしてパンドラまでが、小さく、あるいは戸惑いながらも、声を合わせた。絶望的な状況も、理屈も、神としての威厳も関係ない。
ただ、その場の
不揃いながらも、確かに響いた一斉の
――はいセーの!
それは、バラバラだった魂が、ほんの一瞬だけ繋がった音だった。
その声が街に響き渡った直後、信じられない光景が起こった。
彼らは、無限復活という名の苦しみから解放されていく。求めていた興奮や感動は、破滅ではなく、この最期に訪れた、奇妙で温かい一体感だったのかもしれない。
ゆらめきながら、光の粒となって宙に消えていく亡霊たち。その姿は次第に薄れ、やがて完全に街から消え去った。
静寂が訪れる。ただ、シバ子の最後の歌声だけが、余韻のように響いている。
残された神々とパンドラ、そしてトロイアの人々は、呆然と立ち尽くしていた。無限に蘇るはずだった敵が、まさかアイドルソングの「はいセーの」で成仏するなど、誰が想像できただろうか。
ヤチホコだけが、やり切った清々しい顔で、肩で息をしていた。
街から亡霊は消えた。トロイアの滅亡は避けられたのか? パンドラの予言はどうなったのか? それはまだ分からない。だが、確かなことは一つ。
この街の運命は、「はいセーの」という、あまりに唐突で、あまりにふざけた、そして、あまりに真剣な叫びによって、予測不能な方向へと転がっていったのだ。
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