changing colors
@yujiyok
第1話
髪は黒。着る服はモノトーン。
色のついたものは煩わしいと思っていた。
色の組み合わせだの相性だの、配置やらバランスやら、補色とか差し色とか。
とにかく面倒くさい。
キラキラした洋服を着る女子。派手な色で元気さをアピールする女子。今年の流行りの色を熱心に話す女子。そういった女の子たちを私は一歩引いて見ていた。
どうせテレビや雑誌、ネットで入手した受け売りの情報に違いない。この女の子たちはただ踊らされているだけなのだ。誰かが勝手に決めた流行とやらに。
私には関係のない世界。ずっとそう思ってきた。
小さい頃から地味なものを好み、自分で着る服を自由に選べるようになってからは、身に付けるものは黒、グレー、白。
お洒落には興味なかったが、少なくともおかしくは見られないような格好はしてきた。
変なこだわりがある変な女には見られていたと思う。ただ色選びが面倒なだけだったのだが。
逆にお洒落でかっこいいと言ってくれる女の子もいた。でも半分はバカにしていたと思う。白黒女と陰で呼ばれていたのも知っている。
そんな私は、私とは無縁だと思っていた恋に落ちた。
同じバイト先の1コ上の先輩だ。大学は別だが、シフトがかぶっていれば週3で会える。
ちょっとお洒落な居酒屋で、制服が上下黒のシャツとパンツに黒のサロンという所が気に入った。ただ、名札に手書きで自分の下の名前、もしくは呼ばれたいあだ名を大きく書かなければいけないのが嫌だった。
みんなはカラフルに花とか星とか付け加えて、みっちーだのあいりんだの平仮名でバカみたいに描いては目立つ所に付けていた。
私は恥ずかしくてとてもそれはできないので、黒のペンで小さく書いて客の目にとまりにくい所に付けた。
初日、大まかな流れなどの説明を受けて、休憩室でメニューを覚えようとしたら、その人がいた。
私が挨拶をすると
「あ、初めまして。大島です」その人は自分の名札を見せながら言った。
紫色で「こーへー」と大きく書いてあった。
「公平不公平の公平」
「公平さん」
「名札は?あ、これ、さえ?どう書くの?」
「彩りに恵みです」
「へぇ、これ色付けた方がいいよ」
公平さんが名札から紙を抜き、ペンで色を付け始めた。
「あっ…」目立ちたくないのに…。公平さんはそこにある全色を使ってグラデーションを作り、私が書いた「さえ」という字を色づけていった。
「お客さんにさ、たまに名前で呼ばれることがあって、結構嬉しいよ。仲良くなれるしちょっと失敗してもクレームにならない。これ結構大事。とりあえず笑っておけば何とかなる。さえちゃん、にっ」
公平さんが満面の笑みを私に向けた。
「ぷっ」
私は思わず笑ってしまった。大げさな笑顔があまりにも可笑しくて。
「あはは。それだよ、そんな笑顔が、いい!」
公平さんが今度は優しい笑顔で言った。
久しぶりに笑った気がした。
「はい」
公平さんが色づいた私の名札を手渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
公平さんはまた優しい笑顔だった。
私の人生に華やかな光がさした気がした。色のない私に。
「さえちゃん、私服もシックなんだね」
バイトの終わりが一緒になった時、そう言われた。
「あ、すみません」意味もなく謝ってしまった。
「もっと明るい色の方が似合うよ、可愛いんだし」
上手く返すことができなかった。男の人にそんなこと言われたの初めてだし。
でも私、色のついた服持ってない…。
「すみません」私はまた意味もなく謝ってしまった。
帰ってから鏡の前に立った。
色を付けるとしたらどこを何色にすればいいのだろう。
わからない。
黒いジーパンに濃いグレーのシャツ。せめてシャツの色を変えてみようか。何色がいいのだろう。
自分に似合う色もわからない。最初は暗めの色でいいかな。
両手をえりに添えてイメージしてみた。
例えば濃い緑。森のような深い緑。鏡の中のシャツが濃い緑色に変わる。
そう。こんな感じの。これなら抵抗なく着られるかな。ん?
私は目をこすって再び鏡を見る。そして着ているシャツを見る。シャツが緑色に変わっている。
目がおかしくなったのだろうか。こんな色のシャツ持っていない。
あわててシャツを脱ぎしっかり見る。ボタンもタグも色が変わっただけで元のグレーのシャツと一緒だ。
混乱した。色が変わった。イメージしたから?
濃い緑のシャツを両手で前に出してみる。
もう少し明るい緑。若葉のような、緑…。
その色をイメージするとシャツは徐々に明るくなり、芽吹いた葉に太陽の光が当たったような緑色になった。
変わった。色が変わった。
そのシャツを体に当て、鏡を見てみる。似合っているかどうかはわからないが、気分は良かった。
悪くない。いいじゃん、色。
ならばジーパンは何色がいいかな。このまま黒も悪くないけど、こっちを深緑にしよう。
シャツを着てから鏡を見てイメージした。しかし色は変わらなかった。
あれ?だめか。これは1回だけの奇跡か。
改めて鏡を見る。これで全然いいけど。横から見たり後ろを見たり。
正面を向いてジーパンに手を当てる。違う色、買ってみようかな。深緑。このシャツに合いそうな。
鏡を見るとジーパンの色が変わっていた。深緑に。
ひょっとして。
私は手を離し、ブルーのシャツをイメージした。
何も変わらない。
シャツに手を当ててイメージする。
シャツは深い青色に変わった。快晴の奥の空のような。
そうか。手で触れていればいいんだ。
私は何かに取り憑かれたように、シャツとジーパンの色を変え続けた。明るい色、暗い色、想像できる限り変えてみた。
白いジーパンに明るいオレンジのシャツ、で一旦落ち着いた。
白だって結構いい色じゃん。
クローゼットには白黒グレーが並んでいるので色々試してみた。デザインや柄は変えられないがパーツの色は変えられる。ストライプやドットもそれぞれ変えられる。
これはかなりお得だ。全部違う服として着られる。
私は、次に公平さんに会うときに何色を着ていこうか考えることに夢中になった。
今まで全く興味のなかった、モデルが最新ファッションを紹介するコーナーをテレビで見たり、ネットで流行を探ってみたり。
あまりにも色を見すぎて目が疲れ、頭が痛くなってきた。
少し休もう。
キッチンでコーヒーメーカーをセットした。
椅子に座り、少しずつ落ちてくる黒い液体を眺める。
コーヒーの香りが気持ちを落ち着かせる。
コーヒー好きだなぁと思ってふと考える。黒いから。好き。落ち着くから。好き。この色は変えられるのだろうか。
いつも使っているマグカップを出した。白地に、歩く黒猫がぐるりと何匹も描かれている。
触れながら考える。この猫たちが色とりどりになったら…。赤、オレンジ、黄色、黄緑、緑、青、紫…
猫は次々と色を変えていく。白地を水色にしてみたら。なんだか猫たちが楽しそうに見えた。
色が加わると世界が変わる。静かに優雅に歩いていた猫が、嬉しそうに跳び跳ねているみたいだ。
コーヒーが出来上がった。カラフルなカップに注ぎ込む。黒い液体。指を入れるには熱すぎる。
私は冷めるまで待ってから人差し指を入れてみる。コーヒーがまるでミルクのようになったら…。
ブラックコーヒーは次第にカフェラテのようになり、やがて真っ白になった。
うわ…。変わった…。
白い液体をおそるおそる口に含んでみる。コーヒーだ。味は変わらない。
少し怖くなった。普通じゃなさすぎる。
コーヒーとカップを元の色に戻した。改めて冷めたコーヒーを飲む。やっぱりこっちの方が落ち着く。
次に私はネイルを試したが、だめだった。髪もだめ。自分だからだめなのか、生き物だからだめなのか。
でも他の生き物で試す気がしない。とても悪いことをしてる気になりそう。
物なら構わないだろう。
私はモノトーンであふれた部屋の中の物を次々と色物にしていった。
時計、シーツ、カーテン…パステルカラーにしたら部屋中が明るくなった。
そして、気分まで明るくなった。なぜ今まで私は白黒ばかりだけだったのだろう。
ふと幼い頃の記憶がよみがえる。
「さえちゃん、なにそれ」
大好きだった男の子が聞いてくる。
「おばさんにもらったの。外国のおみやげ」
髪に付けた鮮やかな色の大きなリボン。
「変なのーハデだねー」
「え?」変?
ショックだった。注目されて、むしろ褒めてもらおうと思ってたのに。
私はリボンをはずし、くしゃくしゃにして握りしめた。
「さえちゃん、どうしたの?」
仲のいい女の子がやって来た。
「リボン取っちゃったの?かわいいのに」
うそ。これはハデだ。女の子たちはみんな何を見てもかわいいと言う。そんなの信じられるものか。
私は黙ってポケットにしまった。
それ以来、私はなるべく地味な色を選ぶようになった。
明るい色は派手だ。華やかなものも私には似合わない。
それはそれで別に良かった。
女の子たちと一緒にいると、かわいらしい服を着るまわりの子は地味な私が引き立て役になり、それだけで満足する。
地味な私といると自分がかわいく見える。小さい頃から女の子なんてそんなもんだ。
そんな子たちを心ではバカにしていた。着るもので評価されて何が嬉しいんだろう。人と比べることでしか自分の価値を見いだせない、人を利用しないと自分を出せないなんて。
みんなバカみたい。着飾る人もそれだけで人を見る人も。
私に色なんていらない。華やかに飾り立てなくっても私は私だ。
思春期をそうやって過ごし、どうせ私は、と卑屈になっていたため、恋だってろくにしてこなかった。
でもわかっている。私はただ単純で偏屈なだけだ。
二十歳をこえてときめきを感じ、ころっと人を好きになり、こうやって浮かれている。
本当はいつだってまわりの女の子をうらやんでいたのだ。気後れして尻込みして諦めて、私は私のキャラを守り抜こうとしていただけ。
冷めた目で見ながらも、私はキラキラした人に憧れていたのだ。
熱いコーヒーを入れてカップを持つ。
華やかになった部屋を見回す。
あぁ、こんなにも明るくて楽しげな空間があったのだ。
心のモヤモヤ、鬱屈とした何かが晴れていく。
色には力がある。
着るものだって色次第で表情も心持ちも変えられる。
私は今まで白とグレーと黒のおりに、自分を閉じ込めていたのだ。
ミントブルーの壁。ライムグリーンのカーテン。ミモザイエローのテーブル…
今まで閉じ込めていた、色に対するあらゆる思いがパチンとはじけ、私は不思議な力を手に入れた。
色は光がなければ生まれない。
光の波長や反射、錯乱が色を変えるのなら、私はその何かを変えることを物に対してしているのだろうか。それとも、これは光を認識する私の色覚を変えているのだろうか。
それでも私は構わない。私の作った色の中で私は生きるのだ。
もともと他人からどう見られようと関係ない身だ。
両手で包んだカップを見る。黒猫が白地を歩いている。
良く見ると、透明な部屋の中でポツンと音のない世界を静かに歩いているみたいだ。
でも猫は気にしない。気ままにトコトコ自分の世界を歩いているのだ。外の世界なんて関係ないと言っているように。
いや、本当はそしらぬ顔をしてるけど、このモノクロの世界に閉じ込められているだけかもしれない。
今までの私のように。
ならば私が色をあげよう。この子たちに。さあ、抜け出そう、色のある世界に。
私は黒猫を1匹1匹色付けていった。それぞれポップなパステルカラーに。
カップの白地はこのまま。いや、少しだけクリーム色を入れよう。
やっぱり猫たちは楽しげだ。ようこそ色の世界へ。
私はこれから、色を味方につけて生きていこう。
「さえちゃん、仕事慣れた?」
休憩中に公平さんが聞いてきた。
「あ、はい。だいぶ」
「良かった。笑顔も増えたし。髪、染めたんだね」
美容院に行って、少しだけ茶色にしてみたのだ。
「あ、はい」変じゃないかな…?
「いいね、似合ってる」
「あ、ありがとうございます」私は顔が少し赤くなるのを感じた。
「何かわからないことあったら、なんでも聞いてね」
公平さんはそう言うと雑誌に目を落とした。
「はい」
私はグラスに入れたウーロン茶をひと口飲んで時計を見る。
何となく落ち着かない。話しかけた方がいいかなー。でも邪魔したくないし。
グラスを両手でかこみ考える。急に色変えたら驚くだろうなー。
透明なグラスがいきなりピンクになったり。
そう思った瞬間、グラスはピンク色になった。
「あっ!」
私はあわてて元に戻した。
「ん?どうした?」
公平さんが驚いて私を見る。それからグラスを見る。ヤバい、見られた?
「あ、いや何でもないです、へへ」
「何飲んでんの?」
「あ、ウーロンです」
両手をグラスから離した。
「そっか、一瞬グレフルに見えた」
公平さんは雑誌に目を落とす。
ふう、あぶない。下手にイメージすると色が変わってしまう。なるべく余計な事は考えないようにしなきゃ。
でもやはり他の人にも色の変化は見えるのだ。
そうだ、普段は手袋をしていた方が良いかもしれない。
直接触れさえしなければいいのだから。
「そろそろ行かなきゃ。じゃ、さえちゃんお先に。ゆっくり休んでね」
「はい。ありがとうございます」
休憩はずらして取るので先に入っていた公平さんが先に出た。
「ふぅ」
少し緊張する。2人きりで部屋にいると。さっき変な女って思われたかな…。
仕事中は手袋できないから気を付けなきゃ。
それにしても、なんだか世の中がキラキラして見える。今まで気にもしなかったけど、たくさんの色で溢れてるし。全ては恋のなせる技なのかな。
私はまたウーロン茶を飲む。
とにかく楽しもう。カラフルな毎日を。微笑みながらグラスを見る。
光を反射する透明なグラスは、世の中の全てを色を含んでいるように見えた。
changing colors @yujiyok
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます