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怖い。怖い。逃げなきゃ。逃げなくちゃ。少しでも早くあの男から離れなないと。

恐怖と不安が僕の心を支配する。うるさいくらいに心臓が鳴る。呼吸の仕方を忘れてしまったかのように息が乱れる。

あの男から距離を取った。もう大丈夫かな・・・。


「待てえええええええええええ」

少し緩みかけた僕の緊張の糸が遠くから聞こえてくる男の声でまた一層とピンと張るのを感じた。再び訪れる恐怖。僕は焦ってしまったのだ。焦りすぎてしまったのだ。それは足元も見えないほどに。足元の地面が少しぬかるんでいることにすら気づかないほどに。そしてぬかるんだ地面は無慈悲にも僕の足を滑らせ僕の身体を地面へとたたきつけた。


僕は必死だった。必死に起き上がった。しかし僕の目の前に現れた光景はあまりにも絶望的だった。眼前には先ほどのやや不潔ともとれる格好の、僕に本当の恐怖というものを教えたあの男が立っていた。

「はぁはぁ、逃げるなんてひどいじゃないか。ただおじさんは君とおしゃべりをしたかっただけなんだよ?そんなにおじさんとおしゃべりしたくなかったのかい?」

不快な声がまた僕に話しかける。

「い、いやだ。怖い。怖いよ。僕に近づかないでよ!」

僕は震えた声で男に言った。

「怖い?この俺が怖いだって?君は何を言っているんだい?怖いことも痛いことも何もしないと言っているだろう?いいから早くおじさんのとこに来いって言ってるんだよ!」

男が僕に向かって手を伸ばしてきた。つかまれたらきっと僕じゃ逃げることはできない。つかまれたらいけない。そう思ったときに僕はとっさに目を閉じ固くなった身体を前に押し出して男に向かって全力でぶつかった。もうどうにでもなれ。そんな気分だった。

「うおぉ!」

暗闇の中で男の怯んだ声が聞こえた。そしてそれが僕がこの男の聞いた最後の声となったのだ。どうにでもなれ。そんな風に思っていたけど本当にどうにかなってしまった時には人はどうなってしまうのだろうか。


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