鶴沢鶴の恋愛証明問題 Q.E.D.
一文字一(いちもんじはじめ)
沈黙図書館における言語遊戯
「先輩は、嘘って、つきますか?」
唐突に、鶴沢鶴はそう訊ねた。
訊ねてきた、と言うべきか。いや、問い詰めてきた、と表現した方が、より正確かもしれない。
ページを繰る手を止め、顔を上げる。
視線の先には、鶴沢鶴。
名字も名前も鶴、という、まるで回文みたいな名前の少女。
彼女は、窓の外を眺めながら、その、まるで計算され尽くしたかのような無造作さで、爆弾発言を投下した。
夕焼けが、図書室を、まるで舞台装置のように、わざとらしくオレンジ色に染め上げている。
「嘘、ねぇ……。また随分と、直球、というか、剛速球、というか、魔球みたいな質問だな」
僕は、曖昧に笑って答える。
笑うしかない。嘘なんて、つかない方がいいに決まっている。
そんなことは、幼稚園児でも知っている常識だ。だが、しかし、but、しかしながら。世の中には、嘘も方便、という言葉もあるわけで。
「直球、ですか?……でも、わたし、結構、本気で、真剣に、切実に、気になるんです」
鶴は、僕の方を向き直り、まるで獲物を狙う猫のような、真剣な眼差しで訴えかける。
その瞳は、夕焼けの色を反射して、キラキラと、いや、ギラギラと、表現した方が適切かもしれないくらいに、輝いている。
「気になる、ねぇ……。例えば、具体的に、詳細に、克明に、どういうことだよ」
僕は促すように、言葉を重ねて問い返す。
嘘、か。
……ついていい嘘と、悪い嘘がある、とは言うけれど、そんなの、詭弁だ。詭弁以外の何物でもない。
「例えば……『好き』って嘘、とか。そういう甘くて、苦くて、切なくて、残酷な嘘、とか」
鶴は少し声のトーンを落として、言う。まるで秘密を打ち明けるみたいに。
「『好き』って嘘……ね」
僕は繰り返す。
……確かにそれは、一番ついちゃいけない嘘、かもしれない。いや、絶対にいけない。そんな嘘をつく奴は、地獄に落ちて、閻魔様に舌を抜かれるべきだ。
「先輩は、『好き』って嘘を、ついたこと、ありますか? 過去に、現在に、未来永劫に、一度でも?」
鶴は探るような、いや、試すような、いや、見透かすような視線を、僕に向ける。
「さあな。覚えてない。記憶にございません。そんな昔のこと、いちいち覚えてるほど、僕の記憶力は高性能じゃないんでね」
僕は、正直に答える。
……覚えていない、というのは、嘘ではない。……ただ、何も言っていないだけだ。沈黙は金、雄弁は銀、ってね。
「覚えてない、ですか。ふーん……」
鶴は、少し不満そうに唇を尖らせる。その仕草が妙に小悪魔的で、ドキリとする。
「わたしは、嘘は嫌いです。大嫌いです。生理的に無理です。この世で一番嫌いなものはゴキブリ、二番目が嘘、ってくらい嫌いです」
鶴は、きっぱりと言う。
「特に、『好き』って嘘は、絶対に、何があっても、天地がひっくり返っても、許せない。許すまじ。許すべからず」
鶴の言葉は、どこか切実な、悲痛な、怨嗟のような響きを帯びていた。まるで、過去に何かあった、と言わんばかりに。……まあ、知らないけど。
「絶対に、許せない、か」
僕は、繰り返す。……確かに、その通りかもしれない。その気持ちは、痛いほど分かる。
「じゃあ、もし、仮に、例えば、万が一、僕がお前に『好き』って言ったら……それは、嘘だと思うか? 真実だと思うか? それとも、どちらでもない、と思うか?」
僕は、試すような、挑発するような、誘うような口調で問いかける。……心臓が、バクバクと、まるでロックンロールのビートを刻んでいるみたいに、音を立てているのが、自分でも分かる。
「どうでしょうね。さっぱり、皆目、見当もつきません」
鶴は、簡単には答えない。まるで、僕の心を弄ぶみたいに。
「でも、先輩のことだから……そうですねぇ……」
鶴は、言葉を続ける。まるで、推理小説の名探偵みたいに。
「もし、先輩が嘘をつくなら、もっと上手につくと思います。もっと巧妙に、もっと華麗に、もっと完璧に。そして、わたしを騙し通すでしょうね」
鶴の言葉に、僕は、思わず苦笑する。
「上手につく、ねぇ。それは、褒め言葉なのか、嫌味なのか、皮肉なのか、それとも、ただの事実陳述なのか、どれなんだ?」
僕は、繰り返す。
……褒められているのか、けなされているのか、よく分からない。いや、たぶん、けなされているんだろう。
「でも、先輩」
鶴は、真剣な眼差しで僕を見つめる。まるで、僕の心の奥底まで見通すみたいに。
「もし、先輩が、わたしに『好き』って言ってくれるなら……それが、嘘でも、本当でも、偽物でも、本物でも、真実でも、虚構でも……嬉しいです」
そう言って鶴は、小さく、儚げに、それでいて悪戯っぽく、微笑んだ。
その笑顔は、どこか壊れそうで、危うくて、そして、どうしようもなく、愛おしかった。
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新作です。よろしくお願いします。
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