第三話 消せぬ情熱

「特製大盛りハンバーグ、お待たせしました! こちら、フワフワパンケーキになります!」

 翌日のお昼時。私、カリナは、マドラさんの飲食店で忙しく働いていました。


 次から次へとやってくるお客様の案内に始まり、ご注文の聞き取り。

 料理の配膳に、食事を終えられた方々の会計と、テーブルのお片付け。


 目が回りそうではありますが、不思議とこのお仕事は楽しいのです。

 お腹を空かせてやって来た人たちが、マドラさんの美味しい料理を食べ、幸せそうな表情でお仕事に戻っていく姿を見送るのが好きなのかもしれません。


 それでもやはり、胸の底に潜むもやもやが消えていきません。

 この人数だけでは満足できない。やっぱり、世界中の人々を笑顔にしてこそ——


「そこのお嬢さん。注文、いいかしら?」

「あ、はい! ご注文をお聞きし——」

 呆けていた意識を戻し、声が聞こえてきたテーブルに視線を向けます。


 そこにはなんと、イサラさんの姿がありました。


「い、イサラさん!? どうしてここに……」

「ん~? そんなの、ご飯を食べに来たに決まってるでしょう? 可愛い看板娘さん」

 頬杖を突き、私に目配せをする彼女を見て、どきりとしました。


 食事をしに来たと言うのは嘘ではないのでしょう。

 ですが、言葉の奥底に何かしらの思惑があるように感じます。


「トマトとナスのスパゲッティに、海鮮サラダ。デザートにチーズケーキを」

「かしこまりました! 他にご注文は——」

「沈思の丘、夕刻七時に」

 そう言ってから、イサラさんは傍らに置かれたカバンに手を入れ、何かの仕事を始めてしまいました。


 指定された時刻であれば、お仕事は終わっています。

 ですがなぜ、いまになって私を呼び出そうとしているのでしょう。


 お話があるのでしたら、昨日の時点でもできたはずなのに。


「ほら、ボーっとしてちゃダメよ。情報も、できあがった料理も速度が命。一番美味しい時にいただいてもらわなければ、もったいないわよ?」

「あ、はい! 失礼します!」

 マドラさんに注文を伝え、できあがっていた料理を各種テーブルへと運んでいきます。


 業務を繰り返しているうちに時間は過ぎ、あっという間に夕暮れとなってしまいました。


「ありがとうございました! またのご来店、お待ちしております!」

 最後のお客様を見送り、皆で店内のお掃除と食器類の洗い物を始めます。


 片付けが終わった後、私はマドラさんに出かけてくることを伝え、荷物を手に夜の街に繰り出しました。


「時間、ギリギリになっちゃった。イサラさんはもういるだろうし、急がなきゃ」

 目的地である沈思の丘は、木々が多く植わる物静かな土地。


 少し薄暗くも物思いにふけるには最適な場所であり、書き連ねる文字に悩んだ時や、気分が落ち込んだ時には良く訪れたものです。


 曲がりくねった街路を走り、草に覆われた地面をかけ登っていきます。

 木々が増え、街灯が減っていくたびに視界は暗く染まっていきました。


「ふぅ……。はぁ……。あ、イサラさん……」

 息が切れ始めたころ、ベンチに座って夜空を見上げるイサラさんの姿を発見しました。


 どこか物憂げな彼女を見て、なんとなく近寄ることが躊躇われる気がします。

 前日に小説家の道を断られたため、私の心に怯えが植えられていたというのもあるでしょう。


「そんなところで立ち止まってないで、こちらに来なさいな」

 私の到着に気付いていたのか、イサラさんはこちらに顔を向け、手招きをしてくれました。


 先ほどと打って変わっての温かな笑みと優しげな声に、自然と足は彼女の元へ。

 不安は解けませんでしたが、お話をしたいという思いは心に浮かび上がりました。


「ごめんね、呼び出したりして。急がせちゃったみたいね?」

「いえ、大丈夫です。こちらこそ、遅くなってしまいすみません」

 イサラさんは黙って首を横に振り、私が共に座れるように荷物をどかしてくれました。


 彼女の真横に座り、共に星空を見上げます。

 しばらく無言の時間が続きましたが、次第にこらえられなくなり、とうとう口が動き出してしまいました。


「あの……。ご用事って、何ですか?」

「あら? 意外とせっかちさんなのね? 編集者の返事を待つのも、作者の努め。話をしにくいと思ったのなら、まずは雑談でもして、気持ちを落ち着けるべきよ?」

 こちらの想いや感情は、全て見抜かれているようです。


 彼女の大人な対応に、頬をかきながら苦笑してしまいました。


「カリナちゃんが小説家を志した理由、聞かせてくれない?」

「そういえば、話していませんでしたっけ……。幼いころ、お父様と一緒に本を読んだことがあるんですけど——」

 薄暗い書斎の中。日々のお仕事で忙しいのに、お父様は幼い私を膝に乗せ、本を開いてくれました。


 それらの物語が美しいこと、魅力的なこと。

 私も、こんな物語を書いてみたいと何度も口に出しました。


「ある日、お父様は私に文字の書き方を教えてくれたんです。物語を書きたいのなら、一緒に覚えようと」

「なるほど。カリナちゃんの能力は、お父様との日々によって鍛えられたものなのね」

 胸の奥がもやもやし続けているのは、小説家の道が閉ざされたことで、お父様との日々が水泡に帰してしまったからなのでしょう。


 夢を抱いた経緯を口に出したせいか、もやもやした感覚が強まり、悔しさへと変わっていきます。

 こんな形で終わらせたくない。売れなくても構わないから、出版だけでもしたい。


 自分が納得できる形にならない限り、この想いは止められそうにもありません。


「小説家になるのは、いまじゃないとダメなの? 大人になってからじゃ嫌なの?」

 この想いを察したのか、イサラさんは私より早く口を開きました。


 確かに、知識や金銭を蓄え、落ち着いてから小説を書く方が良いのかもしれません。

 ですが私には、それ以外の道を進むことなど一度として想像しませんでした。


 読み書き以外にも様々なお勉強はしてきましたが、それらを当てにお仕事ができるとは思えなかったのです。


「明日、もう一度出版社に来なさい。これが、今夜あなたを呼び出した用件。あなたに別の道を教えてあげるわ」

「別の……道……?」

 イサラさんは立ち上がり、街へと続く道に進んで行きます。


 そして、去り際にこんな言葉を残していきました。


「真っすぐ進むだけが人生じゃない。回り道をすることも知りなさい」

 私には意味を理解できず、立ち尽くすことしかできませんでした。

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