好きな人

雲丹山ミル

第1話 湖畔の老夫婦

綺麗な湖のほとりに、一組の老夫婦が住んでいた

産んだ子供たちは大人になり、パートナーを見つけ、それぞれの幸せを持つようになった

老夫婦は、「それならば」とお気に入りの湖のほとりに移り住んだ

老夫婦の楽しみは、近くのキャンプ場に遊びに来た人達と話すことだった

自分たちの歩んできた道、知らない人の夢や相談、色々な話をした

キャンプ場にまた一人、客が遊びに来た

若い男のようだ

「あら?また誰か遊びに来らっしゃったねぇ」

「それは本当か?母さん」

「ええ」とおばあさんは返す

男は湖のほとりにある家に気づいたのか、老夫婦の元にやって来た

「あれ、人が住んでるのか?」

「えぇ、そうよぉ」

愛嬌のあるしわくちゃな笑顔で返事をする

「おばあちゃん、可愛らしいですね」

「あらあら、そうかしら?」

もっと笑顔になる

「おれの嫁だ、口説かんでくれんか」

おじいさんは嫉妬したのか、そう言った

「あはは、すみません」

「いいよ」「大丈夫」と、みんなで笑いあった

「ところで、お二人はここに住んで不自由してないんですか?」

不意な質問と思われたが、老夫婦は「いつものことね」と顔に出ていた

「別に不自由はないさ。この年だし、なにか思い切って好きなことをしたいと思ってここに来たんだ」

「そうね、私もお父さんが好きだから着いてきたし、なにも後悔してないわ」

幸せそうな老夫婦を見て、男は思わず笑顔になる

「そうなんですね。俺も、もっと思い切ってればよかったのかな…」

返事をして、男は下を向いた

「どうしたの?何か悩み事?私たちで良ければ聞くわ」

「いいんですか?」

「別に構わねえさ。ここにいる楽しみは、キャンプに来た奴らと話すことだからな」

「それなら」と、男は身の上を話し始めた


男は良いところの出らしく、許嫁がいたそうだ

しかし、幼少の頃から好きだった子と結婚したいと、親に講義をした

幼少の頃もその時も、両想いだった二人は両親を説得しようとした

それでも両親は認めず、許嫁との結婚を押し進めたと言う

それに愛想が尽きたのかなんなのか、両想いだった子は離れていった

別れ際に「もっと一緒にいたかった」と言い残して

その後結婚相手とは長続きせず、離婚してしまったのだとか


「仕事はまだ続けているんですが、なんだかまだ、両想いだった彼女のことが気になっていて…」

「それで、ここで気持ちを晴らそうって思ったんか」

「はい…」

老夫婦に話すうちにすっきりしたのか、話し始めた時よりも明るい表情になっていた

「さっき、「思い切ってればよかった」って言ったのは、吹っ切れない彼女のことなんです」

「あの時連れ出せばよかった」と、「悔やんでも悔やみきれない」と、男は少し悲しそうな笑顔で言った

「今からでも遅くはないわ」

柔らかいしわくちゃな笑顔で、おばあさんは言う

「でも、もうだいぶ前ですし…」

「いや、遅くねえよ。おれらもここに来たのは6年前だしな」

「いいえ、7年前ですよ」

「そうだっけか?」と笑いながら確認をし合う二人

「それなら、俺はまだまだ間に合いそうですね」

笑顔を取り戻した男は、何かを決意したかのように言った

「俺、このキャンプが終わったら、両親と彼女にもう一度話してみます。そしたら、また一緒にいられる気がして…」

「そうよ!頑張ってね!」

「おれも応援しとるからな!」

「ありがとうございます!」と男は言って、キャンプ場へ戻って行った

また、老夫婦だけの時間が流れ始める

「私達も、またなにかに挑戦したいですね」

「バカ言え、おれらじゃ体力不足だ」

「あら、さっき「遅くない」って賛同した人は誰だったかしら」

2人の他愛ない、ほがらかな時間と会話が流れる

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