金の鎧と銀の剣 ~私の全てを貴女に、貴女の全てを私に~

翡翠ユウ

プロローグ

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「嘘でしょ…… こんなのどうやって倒せばいいのよ……」


 彼女は目の前に立ちはだかる宿敵に絶望した。

 周囲には同じく動揺し、その顔に恐怖と命の危機を宿した仲間達がいた。


 歴史上類を見ない圧倒的な力を誇る魔王、サタン。

 全ての攻撃に耐え、跳ね返し、加えて何倍にも威力を増した反撃を繰り出しては彼女達を窮地に陥れた。


 いかなる攻撃も効かない。もはや手ごたえすら感じられないほどに。

 そんな災厄を象った存在がまさに今、彼女達全員を真の絶望の深淵へ突き落すために歩を進めた。


「―っ……」


 六人の彼女達は一様にたじろいだ。だが逃げることは出来なかった。なぜならそんな隙すらも見当たらなかったのだ。

 逃げるために動けばその隙に殺される。だからといってこのまま立ち向かってもやはり殺される可能性の方が明らかに高かった。


「どうした? もう終わりか? その程度で我を討伐しに来たのではないだろうな?」


 サタンは悠然と静かに言った。

 現にかなりの攻撃を受けているのにも関わらず、その体表には目立った傷が残っていなかった。あったとしても掠り傷程度のものだった。


 サタンが彼女達にさらに近づいた。

 その時、その背後にある火山が噴火した。崩れた魔王城の城壁の先に見える溶岩は、まるでこれから彼女達が流すであろう血潮のような残酷的な紅色を宿していた。


 もう駄目だ。どう足掻いても勝ち目なんて無い。

 誰もがそう思った時、ただ一人全員の前に勇敢に立ちはだかった者がいた。


「ミカエラ……?」

「みんな。私達は王国や世界中の人の未来を背負っているのよ。こんなところで怯えていたんじゃ駄目よ。私達はサタンを倒して必ずみんなで帰る。そう約束したじゃない。それを破ったんじゃ勇者じゃないわ!」

「でも、私達には魔力がもうほとんど無いのよ? それでどうやって立ち向かうの?」

「私達には無くても、まだ最後の方法が残っているじゃない」


 振り向いた勇者ミカエラは仲間達に向けて左手を掲げた。

 その薬指には美しく煌めく指輪があった。


「みんなにもあるでしょ? 私が最初にあげた指輪。私達は有事に備えて毎日これに魔力を蓄えてきたじゃない? 私達がみんなでここまで来るのにどれくらいの月日が経ったと思う? そんなのもう分からないわよね。それくらい私達はいつも一緒に過ごしてきたの。今までの思い出から何から何までみんなの指輪に込められているのよ。それを今この場で全て解き放つの。もちろん六人全員分のね」

「そんなことをしたら私達だってただじゃ済まないわ。絶対とんでもない威力になる。それこそ、この周囲一帯が消えるかもしれないわ。魔王の消滅と同時に私達も死ぬ可能性があるのよ?」

「でも、これ以外にもう方法が無い。いつも私の隣にいてくれたあなたなら分かるでしょ? 大丈夫、指輪の力を解放しても私達は死なないわ。私が必ずみんなを守ってみせるから」

「そんなの無茶よ…… いくらあなたが最強の勇者でも六人全員が解放した魔力の反動を受け止めきれるはずがない。それこそ神の御業以外にあり得ないわ」

「何もしなければみんなで死ぬだけ。みんなの指に最後の希望があるなら、未来を作るためにやってみない? ううん、勇者としてやるのよ。それでみんなで一緒に帰るの。私は、私達はそんな奇跡を起こすことが出来るのよ」


 全員に目を向けるミカエラの瞳にはもう迷いはなかった。

 普段みんなに向けるような優しくて美しい、そんな瞳ではなく私達は世界を安寧に導く勇者なのだと言っていた。


「私はみんなを愛している。まだみんなと生きたいの。生きてこれから先もずっと幸せに過ごしたい。だからここで死ぬわけにはいかないの。誰一人殺させるわけにもいかないの。だから私を信じて? 最後の一撃に全てを懸けよう」


 ミカエラだって実は怖いはず。

 勇敢に言っていても怖いに違いない。それでも勇者として諦めずに全員で勝ちにいこうとしている。そしてみんなで生きようとしている。


 ミカエラを見ている彼女達はそれらを察し、受け止め、そして


「分かった。私はミカエラを信じる」

「あたしも。いつだってあたし達は奇跡を起こしてきたんだ。今回も絶対に起こせるよ」

「わたくしもです。全ては神、いえ、ミカエラとわたくし達の想いの先にありますわ」

「わたしも。やれる事は全部やろう。勝つために」

「アタイもだ。大丈夫、絶対に出来る」


 全員が覚悟を決めた。それから近付き続けているサタンにその視線を向けるとその足が止まった。


「目が変わった。死を覚悟したのか?」

「違うよ。サタン、お前を倒してみんなで一緒に帰るって決めたのよ」

「ほう。ならやってみるといい。足掻くといい。君達の死の未来は絶対に変わることはない」


 サタンはその場所に悠然と無防備で立っていた。

 彼女達の覚悟を試しているかのように、そしてその覚悟を真っ向からねじ伏せようとしているかのように。


「いいよ。なら受け止めてみてよ。これが私達の最後の切り札だから」


 直後、全員の指輪が眩い光を発した。そして地面を揺らすほどの魔力の共鳴がこの地を襲った。

 そのまま地面が割れ、天上の虚空にたちこめていた暗雲はその光によって一気に霧散した。まもなくしてはるか天空から荘厳な雰囲気を纏った七人の天使が降臨した。


「みんな! 今ここに全てを解き放つのよ!」


 ミカエラは今一度全員の顔を順に見た。

 仲間達の顔にはもう絶望は無く、希望に満ち溢れていた。そして最後に隣にいる彼女に目を向けると、彼女は優しく微笑んだのだった。


「サタン! 覚悟はいいわね!? これが私達の全て」


 まもなくして最大限に凝縮された六人分の魔力が天使達に集まると、全てを照らす光がこの世界に満ち始め、さらに無限大の力へと昇華していった。

 そこで指輪の発光が止んだ。全員分の魔力の充填が完了したのだ。


 全てを蓄えた七人の天使達を頂点にして面が成されていき、それは巨大な鏡面となった。そしてサタンがそこに映し出されると照準が確定した。


「覚悟はいいわね? これが私達の全て。さぁ、この世界から消え去りなさい! サタン!」


 ミカエラが全ての願いを込めて叫んだ。

 直後、天使達の輝きが鏡面に作用し、轟音と猛烈な光を纏った一撃がついに放たれた。それは鼓膜を支配し、大気を震わせ、さらには空間をも歪める神の一撃だった。


 無論、そんなものを間近にしている六人は当然立っていることなんて出来なかった。だがその視線は一直線に突き進んでいく最後の一撃のもとに集まっていた。


 最強を倒すための最強。

 全ての想いを乗せた一撃がついに標的をとらえた。それから少しの時間も待たずに耳を劈くような音と瓦礫が六人に一気に押し寄せた。

 だが六人は自分達の安否よりも最後の一撃の行く末を見守っていた。それこそ前が何も見えなくても、その先へ祈るような視線を向けていた。


 どうか倒れていてくれ。これで終わってくれ。


 そんな切なる願いが次第に晴れていくこの地に満ちていた。

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