第3話 パソコンケース
大学三年の春、パソコンを買ってもらった。レポート課題がかなり多くなってきており、自宅だけでなく移動時間や大学内で課題をやりたいからだ。周りの人はすでにパソコンやiPadを持っている人が多く、おしゃれなステッカーを貼っていたり可愛いケースに入れていたりして羨ましかったものだから、パソコンを購入してからZOZOTOWNでめぼしいパソコンケースを調べていた。
パソコンケースが届くまで時間がかかるというものだから、パソコンを手渡された時に使われていたケースをしばらく使った。届いてからは新しいケースを使い、うきうきと大学に持っていたのが懐かしい。これで私も、おしゃれな大学生の仲間入りだと。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
ただ、新しいケースを使い始めてしばらくしてふと思ったのである。あの最初のケースは一体なんだったのだろう、と。特典でついてきたのだろうか、それとも、、と嫌な予感がよぎった。嫌な予感と言っても、私にとっての、であるが。
私は、最初のパソコンケースは父親が選んだものではないのだろうか、と思ったのだ。元から家にあったのを用いたにしては外側の柔らかいグレーと、中のパキッとしたピンクの色味を父親が使うとは思えない。他にパソコンを使う人間など家にはいないのだから、他の家族のものと言うわけでも無さそうだ。知り合いに頼んで安くパソコンを買えたというのだから、セットでついてきたわけでは無さそうだ。
もしかして自分は、父親が自分のために選んでくれたパソコンケースを不意にしてしまったのではないかと思った。その瞬間、じんわりと悲しいような申し訳ないような、何とも言えない思いが湧き上がってきて、心が痛んだ。わざわざ選んでくれたものだと知っていたら、新しいケースを欲しいなどと言わなかったのに。
その考えに至ってから、新しいケースを見るたびに複雑な思いになった。あの最初のケースは、家では見かけない。今更、あれはどこにあるのなんて聞かなかった。父親に真偽を尋ねたこともない。本当のことを知れば、私のこの罪悪感がもっと強いものになると思うから。
就職してからは家でパソコンを使う機会がなくなった。パソコンはあの新しいケースに包まれて棚に置かれている。たまにAmazonプライムビデオをみたり、写真を移したりするくらいにしか使わない。しかし部屋でふと視界に入る新しいケースを見るたびに、いまだにじんわりとした心の痛みに襲われる。あの時、ねだらなくても大して使わなかったとか思ってみたりして。一生グレーとピンクのケースは使えないなと思って。
あれから何年も経っているのに、いまだにあの時の気持ちのまま止まっている。
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