おいしいハーブティー
白瀬蘭
第1話 カーディガン
カーディガンを着ている看護師を見たことがあるだろうか。きっと一度は見かけたことがあると思う。病院や診療所では年がら年中エアコンが効いているものだが、それでも半袖のユニフォームを着ていると、ぶるっと寒気がすることがある。
私の働いていた病院は、設立されてからもう30年だか40年だか経っている古めかしい病院だった。10年前に増築されたという新しい棟だけが少しばかり今時な明るさを持った見た目になっている。とは言っても病院の方針なのか年中空調が十分整えられているとは言い難い。私は就職して半年で鼻炎を患った。患ったという言い方は大袈裟かもしれないが、もうすぐアラサーに差し掛かるという年齢だった私にとって、急に今まで縁のなかった風邪でもない時の鼻詰まりだの鼻水だの鼻がむずむずするだのといった不快な現象が起きたのだから仕方ないと思って欲しい。
何にせよ、とにかく夏場は暑く冬場は寒い。街中から少し山に登った場所にあることからか、冬は病院の近くだけ路面が凍結するなんてこともあった。そんな中、古めかしい病棟で働いていた私は年中半袖ユニフォームで働いていた。周囲の先輩看護師は殆ど全員カーディガンを着ていた。カーディガンでは寒さが凌げないと夜はこっそり革ジャンを着ている猛者までいた。何故私だけ年中半袖ユニフォームで寒い思いをしていたのかというと、別に先輩にいびられたからでもなくカーディガンを買うお金がなかったからでもなく、ただ単に自分が見栄を張ってしまったからであった。
配属された病棟は、年齢層が高く私が1番若手であった。私を省けば、40歳前後から上は60歳過ぎまでのベテラン勢の集まりだったのである。当然、1番の若手としてとても気を遣う。師長だけ薄いピンクのカーディガンを着ていたことからカーディガンを着るとしたら黒か紺あたりを攻めるのがいいだろうと推測してみたり、あの先輩はユニクロの黒のカーディガンだから被らない方がいいだろうと考えてみたり。今思えば何をそんなに気にしているんだと思うが。
先輩達はとても気さくな人達で、「白瀬さんは若いからこれからよ!」「やっぱ若いからよく食べるのねえ」なんてことあるごとに朗らかに話しかけてくれた。そんな中に「若いから寒くないのね!いいわね、冬でも鳥肌も立たせないで半袖で一生懸命働いてるのをみるとこっちまで温かくなれちゃうわね!」なーんてものもあった。そうだ、まさにこの言葉である。
私は元来見栄っ張りである。人よりも少しばかり勉強ができた学生時代から来ているのだと思う。低く評価されたくない、人よりも下に見られたくない、期待を裏切りたくない、できる自分でいたいという思いが他者よりもかなり強い人間なのだと思う。その割に人とのコミュニケーションに苦手意識があり、相手との会話についていかなきゃ・新しい話題を挙げなきゃ・この会話を盛り上げなきゃ・話を続けなきゃという思いから、つい小さな嘘をついてしまったり見栄を張って自分をよく見せようとしたり、パニックになって失言したりしてしまう。
難病患者と話していた際、お守りをたくさん病室に飾っていたところを見て「この神社私も行ったことあります。縁結びのお守りを買いました。全然縁は結ばれてないですけどね、婚活しなきゃなあってそろそろ考えてるんです。見る目ないから神頼みしてるんですけどね」と大いに失言した。治らない病を持つ患者の前でお守りの効果がなかっただなんて話す必要はなかっただろう、何してるんだと当時の自分の頭を殴ってやりたい。中々会話が弾まず、新しい話題をと焦った結果である。この発言を思い出してとにかく今でも穴を掘って入りたくなる。
というわけで、私はこの通り見栄っ張りで卑屈な人間である。そのため、先ほどの先輩の発言は切り捨てれないものだったのである。これからカーディガンを買おうかと思っていたのに。当時の私は若いことに誇りを持っていた。そのようなことを言われたからには何が何でも年中半袖で過ごさねばと、今更羽織ものなんてできないという自分への謎の追い込みもあった。
寒かった。非常に寒い冬だった。もうがちがちぶるぶるである。この拙い文章を読んでくださった方には是非、冬はしっかり防寒することを勧めたい。
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