第4話 鹿も食わない話

【お断り】「鹿、寿命、杖」の三題噺です。


(以下、本文)


昔むかし、おシャカさまが、はじめての説法(仏教の教えを説くこと。説教)を行われたのはインド北方のサールナート、別名「鹿野苑/ろくやおん」と申します。


この時の説法相手は人間だったとお経には書いてありますが、この鹿野苑、野生の鹿にご縁のある場所で、実は三頭のオス鹿がモグモグ草を食べながら、おシャカさまの説法を立ち聞きしていたのです。


おシャカさま御一行様が立ち去った後、鹿Aが地面から顔を上げて言いました。

鹿A「やれやれ、長い話だったねえ。どうだい、今日の坊さんのステージは?」

鹿野苑はお坊さんの修行地だったので、鹿たちも小難しい話には免疫があった。まんざら「鹿の耳に念仏」と言う訳でもなかったのです。


鹿B「まあ、いいんでないかい? 『人間の欲は底なしだ』みたいなこと言ってたけど、オレたち、ゲップが出たら食べるのやめるもん。」

鹿C「オレは説法どころじゃなかったよ。心配ごとがあってさあ。」

鹿A「なんだ、それ?」

鹿C「この間、サカッたメスが孕んじまったんだよ。あのハーレム野郎から、やっとの思いで引きはがして来たメスがだぜ。カリカリしてて、呼んでも返事もよこさないしさあ。」

鹿A「まあ、とうぶん近づかないことだな。ヘタすりゃ大ケガするぜ。あんたのカミサン、女子プロレスだったのだろ?」

鹿の世界にもプロレスがあるんですかね? なんかアヤシげな話になってまいりましたな。


鹿B「いやいや、今こそオトコ見せろよ。妊娠初期のメス鹿が狙われやすいのは知ってるだろ? ジャッカルからも、虎からも、そして他のオス鹿からもさあ。」

鹿A「そうだな。なにしろ食うにも困る『強制断食』の乾季があと少しと来てる。毎度のことだが、乾季のナワバリ争いは心底キツいよ。Cさんよ、あんた、オレたち三人戦隊のキャプテンなんだろ? シャンとしてくれなきゃ困るよ。」

鹿って集団戦するんですかね? オオカミじゃあるまいし。


鹿C「ごめん。つい弱気になっちまってなあ。強気で押さなきゃならんよなあ。」

鹿A「おっ、やっといつものCさんらしくなってきたね。」

鹿B「そうだよ、Cさん。強気で押せ、だよ。恐れるな、だよ。オレたち鹿の人生、いや、鹿生なんて、草食って寝て、たまにバトって寿命が尽きちまうんだよ。それのどこが悪い? 他の鹿のために自分の命を張る馬鹿がどこにいる?」

鹿A「いや、いたじゃないか。」

今度は三頭、草も食べずに、シュンとしてしまいました。


鹿C「あいつ、いいやつだったよなあ。」

鹿B「よせよ。あいつは坊さんの説法を聞きすぎたんだ。『遊び半分の狩りはやめてくれ』と、人間の王様とボス交渉しに行くだなんてなあ。オレたち、そんなこと望んでたか?」

このボス交渉で、確かに王様の鹿狩りはストップしたけど、交渉しに行ったボス鹿は帰って来れなかったのです。


鹿A「別にオオカミに食われようが、人間に取って食われようが、死ぬのは、おんなじだしなあ。鹿の大量死だって、乾季が長引けば普通に起こることだし。」

鹿C「あいつの角、残ってるんだろ?」

鹿A「ああ、細工して磨きあげて、人間の王様の杖の柄(つか)になったと聞いてる。『鹿が伝えてくれた仏法を忘れないために』だとさ。」

鹿C「なんだい? その仏法って。」

鹿A「命に感謝して、ありがたく鹿の肉を食べなさい。」

鹿B・鹿C「なんだ、そりぁ!」

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