贖罪
@kazashi
第1話 遺書
遺書
20XX年Y月Z日
最初に言っておくが、私には自殺願望はない。
生きていることはどこまでも苦しいことだし、何度も生きるということを諦めそうになるが、それでも私は自殺したいとは思わない。
あの日彼女が死に、私が生き残ったということが、もし神様の意志なのだとしても、あるいは単なる偶然なのだとしても、どちらにせよ、結局私は生きていかなければいけないのだろうと思っている。
この世界に私が産み落とされたことに、あるいは私が彼女を失ったことになにかの意味があるのなら、それを知りたい。神様がいるのなら、なにかの意図を持って、私を生かしているのだろう。
苦しみや悲しみの果てに手に入れたかすかな希望が、私はまだここにいていいのだと教えてくれる。
そう、誰だって、幸せになる権利がある。それを求める権利がある。そして、それを願うことは、決して悪いことじゃない。責められるべきことでも、恥ずかしいと思うべきことでもない。幸せになるために、私達は生まれてきたのかもしれない。愛し愛されるために、私達は生かされているのかもしれない。
なら遺書なんて書かなくていいと思うかもしれないが、遺書を書いているのは、いつか自殺するかもしれないと、こころのどこかで思っているからではない。いつ死んでしまってもおかしくないこの世の中で、ひとは死んだあとには一言も言葉をかけられないから、遺書という形で私は自分の言いたいことを書いている。
そう、幸せになるのは権利であり、幸せは誰にでも開かれている扉だ。
誰も悪くない悲しみだって、ここにちゃんとある。私は悪くないし、彼女も悪くないし、誰ひとり責めることはできない。ただ、それをわかっていることにより、私が背負っている荷物が軽くなるわけではない。私はまだここにいて、彼女はもうここにはいない。その事実は、誰かがなにかをしたところで変わる訳では無いのだから。
私は不器用だから、自己欺瞞に酔いしれることも、自分を洗脳することもできなかった。ただ自分を傷つけることとわかっていても、私はそこに手を入れ続けた。自傷行為というのは、決してカッターで手首を切ったり、市販薬を何十錠も飲んだりすることだけではない。そういったことは怖くてできなかった。あの日ボロボロになって、あの日死んでしまった彼女に申し訳ない気がしたから。自分を愛してあげられなくなった私は、ひたすら私が悪いのだと思うことしかできなかった。
私が死ねばよかった。私のいのちを彼女にあげられたらよかった。
叶うわけもない取引を、毎日神様に頼んでいた。その呪縛から私は自由になったつもりでいたが、結局のところその罪悪感は私の影となり、私の瞼の裏に焼き付いた。
私は綺麗に生きられなかった。ただ、せめて綺麗であろうとしたことは、私が一番良く知っている。
私は、私を愛そうと思う。自分を愛し、自分を幸せにすることで、この荷物はすこしずつ軽くなっていった。私の中にある彼女への贖罪の気持ちを、自分への愛という形でどうにか消化できないだろうか。
自分を愛せないひとは、ひとを愛することができないのだから。自分を助けられないひとは、ひとを助けられないのだから。
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