第7話:水元さんの願い

 海の仕事は一ヵ月の契約だったが、それを過ぎても彼女は家に帰らず、契約を更新して仕事を続けた。空さんは定期的に様子を見に行って俺に報告をしてくれた。一緒に行くかと誘ってくれたが、その報告だけで充分だった。

 海が家に帰らなくなって数ヶ月が経ったある日のこと。学校から帰ると、一人の女の子が彼女の家の庭に入っていくのが見えた。中学の同級生の水元さんだった。インターフォンを押そうとする彼女に声をかけて、海は今留守だと伝えた。


「居ない? また鈴木くんの家で寝泊まりしてるの?」


「いや、俺の家にも居ない」


「どこに居るの?」


「えっと……何か伝えたいことがあるなら代わりに伝えようか?」


「海と直接話がしたい。鈴木くんには話したくないことも色々あるから。海の居場所知ってるなら教えてよ」


「……教えていいか彼女に聞いてみるよ」


 俺がそう言うと、彼女は苛立ちのこもったため息を吐いた。


「心外だなぁ。私があの子に危害を加えるように見える? 私があの子に恩があるの、知ってるでしょ?」


「知ってる。けど……ごめん。彼女の許可なく教えることは俺には出来ない」


「……過保護だなぁ。まぁでもそうよね。鈴木くんならそう言うと思った。良いよ。分かった。海に確認取ってきて。海が良いよって言ったらちゃんと教えてよ?」


「う、うん。流石にそこまで過保護にはならないよ。電話してくるから待ってて」


「うん。……ありがと」


 水元さんは海と仲が良かった。海に危害を加えるために探している訳ではないことは信じていた。だけど嫌な予感がした。彼女を海に会わせてはいけない。そんな気がした。会わせたくないと海には正直に伝えた。嫌な予感がするからと。海はそれでも彼女の話を聞きたいと言った。聞かない方が良くないことになる気がすると。止める理由はなかった。


「ありがとう鈴木くん。ついでにもう一つ、鈴木くんにお願いして良いかな」


 電話を終えると、彼女は俺に言った。「これからも海と友達で居てあげてね」と。言われなくてもそのつもりだと答えると彼女は念押しするように続けた。


「ずっと。ずっとだよ。死ぬまでずーっと。あの子を独りぼっちにしないであげて」


「独りぼっちにって……水元さん、君は「じゃあ、頼んだからね。よろしくー」


 俺の話は最後まで聞かず、軽い感じでそう言って彼女は去っていった。独りぼっちにしないであげて。まるで自分はいなくなるかのような言い方に動悸がおさまらなかった。だけど踏み込めなかった。踏み込んだところで、俺には何も出来ないと分かっていたから。話を聞かない方が良くないことになる気がすると言っていたのは、何かを察していたからなのかもしれない。もしそうならきっと彼女は水元さんを止めないだろう。本当に会わせて良かったのだろうか。悶々としているうちに水元さんの後ろ姿はどんどん遠ざかっていく。俺はその背中を追いかけることが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る