Vtuberに中の人なんていない

里予木一

Vtuberに中の人なんていない

 バーチャルユーチューバーと切っても切り離せないものは、『中の人』の存在だろう。


 黎明期はその存在を表には出さなかったが、今や当たり前に別の形での活動経歴――つまり、『前世』が見つかるものだし、普段の活動の中で生身の肉体を見せているケースも珍しくはない。


 視聴者の多くも、『前世』『中の人』を検索し、知ったうえで見ている。


 だが私個人の考えとしては『中の人』の存在をあまり知りたくはなかった。


 ――いや、より正確には、『中の人』なんていない。という気持ちなのかもしれない。


 小さい子が、着ぐるみに抱くような純粋な、それでいて幼稚な想い。


 馬鹿げた気持ちだ。――彼ら、彼女らが、生きた『人間』であることは、少し考えたらわかることなのに。


 この画面の中に映る彼らの姿こそが、本質なのだと。


 虚構バーチャルではなく、現実リアルなんだと。


 そう、信じたいのだ。


◆◇◆◇◆◇


「――楽しかったな」


 一日の終わり、推しているVtuberの配信を見終え、一息をつく。


 良く見るその女性Vtuberは、朗らかで、話し上手で、かわいらしい。


 別に恋愛感情を抱いているわけではない。


 でも、どんな交友関係があるんだろう、休みの日は何をしているのだろう。


 ――恋人は、いるのだろうか。


 ふとした時に、そんなことを思い、次の瞬間、それを恥じた。


 それは完全に『中の人』を意識した見方だったからだ。


 そんな複雑な想いを抱えながら、日々彼女の配信を見ていた。視聴者への配慮をしているのか、恋愛に絡むような話題は一切出さないように努めているようだった。


 そんな様子も相まって、彼女の人気は少しずつ上がり、段々と視聴者も増えていた。――そんなある日、事件が起きた。


 彼女が自作の料理写真を動画上に掲載した際、調理器具の反射で、顔が映ってしまったのだ。


 一瞬ではあったのだが、一部の視聴者によって画像が補正され、拡散された。


 そこに映る女性は、客観的に見ても美しかった。――当然、Vtuberとしての姿とは似ても似つかないが。


 顔が拡散され、『中の人』の容姿に興味を持った人々が彼女の配信につどった。


 そんな状況の中、配信の画面に現れた彼女はこう言った。


「初見さん、たくさん来てくれてありがとう。でも、私に、中の人なんていないよ。君たちが見たのはただのだよ。ゲームで作ったキャラクターと同じ。私とは別の存在」


 ――そんなの詭弁だ。


 ――そんなのいいから、もう一度顔を見せてほしい。


 ――あれだけかわいければ絶対恋人いるだろ。


 コメント欄はそんな言葉で埋め尽くされた。でも彼女は全く意に介さず、普段通りの配信をやり切った。時折、合間に『中の人なんていない』と繰り返しながら。


 最初は中の人を期待する声が多かった視聴者も、回数を重ねるごとに、彼女はそういうスタンスで活動していくのか、と徐々に受け入れていった。


 ――私自身も、複雑な想いを抱えつつ、のめりこむように彼女を応援していった。


◆◇◆◇◆◇


 そんな日々を過ごす中、ふと立ち寄ったとある公園で。なんとなく、見覚えがある一人の女性を見かけた。


 漏れ聞こえた声に聞き覚えがあって、目で追いかけた。


 落としたハンカチを拾った時の、感謝の声で確信に変わった。


「――あの……いつも、応援してます」


 口に出すべきではないとわかっていたのに、漏れてしまった。そのまま振り向いて離れようとしたとき。


「ありがとう。これなのに、よくわかりましたね」


 想定外の、返事が来た。


「……いや、あの、声が」


「あぁ、そうか。声は同じですもんね。ボイスの切り替えは結局やらなかったから」


 ……こんな状況でも、Vtuberとしてのロールプレイは徹底するのかと、思わず感心して。帰ってきた返事に高揚して。つい、良くない質問をしてしまった。


「……アバター、素敵ですね」


 我ながら、気持ちが悪いな、と自己嫌悪に襲われそうになる。いきなり容姿を知らない人に褒められても、嬉しくはないだろう。


「ありがとうございます。可愛いですよね。気に入ってるんです。さすがにキャラメイクをするのは難しいので、一番好みのやつを選んだんですよ」


 ――回答内容が驚くほどだ。これもロールプレイだろうか? 配信でもないのに、ここまでする必要はあるのだろうか? しっかりと設定を考えているタイプなのかもしれないが……。


 まるで、配信で新衣装を褒められた、Vtuberみたいなリアクションだ。言葉に引っかかりを感じ、つい問い返した。


、ですか?」


「ええ。私のこの世界におけるアバターですからね。……あ、もしかして信じてませんでしたね。私の、配信での言葉」


「え……?」


「言ったじゃないですか。私にとってのリアルはVtuberとしての姿で、この姿はアバターに過ぎないって。――このアバターには元々別の人格がいて、それが失われたので私が代わりに使ってるんです」


 ……さすがに、設定にしても、凝り過ぎじゃないか? 少し、寒気がした。


「失われた……って?」


「さぁ。病気なのか、事故なのか、それとも……何らかの事件なのか。詳細は分かりません。ただ私は、、って、言われただけですから」


 女性は笑っている。その様子に不自然さはない。表情管理は完璧だ。まるで自分の肉体のようだ。


「……じゃあ、本当に」


「そういってるじゃないですか。私は本当のVtuberで。中の人なんて、いないんですよ。いるのは、だけです」


 ――この人は、嘘を言っていない。少なくとも、彼女自身はそう信じている。


「……なんで、私にそんな話をしてくれるんですか?」


「ゲームの中で、一般のプレイヤーさんに出会った時、無視はしませんよね? チャットで会話くらい、します。それと同じですよ」


 彼女にとってこの現実リアルは、私たちにとっての虚構ゲームと同じ。ということか。


 目の前で微笑む女性の姿に、一瞬、ノイズが走ったように錯覚した。


◆◇◆◇◆◇


 ――それから、どんな話をしてどう別れたかは、覚えていない。


 真実は分からない。


 そう思い込んでいるだけの人なのかもしれない。


 本当に、別の肉体に、人格だけが入っているのかもしれない。


 あるいは――人格と、肉体を、別に生み出す技術が生まれているのかもしれない。


 ただ、今日も朗らかに配信をしている彼女は、嘘なんかついていなかったということだけは、わかった。


 推しのVtuberに『中の人』なんていない。少なくとも、私と彼女にとって、それが真実である。

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