鬼神の剣、戦国に吼える

@cuiqingqi

第1話:裏切りの夜

戦国の夜、すべてが変わる


戦国時代、京の北にそびえる藤堂城(とうどうじょう)。

その城は、まるで歴戦の勇士が瞑想にふけるかのように、静かに夜の闇へと沈んでいた。


屋敷の庭には、無数の松の枝が月光に照らされ、静かに揺れている。

風が葉を撫でる音だけが、静寂の中に溶けていた。


この夜が、穏やかに終わるはずだった。


だが——


この瞬間、すべてが崩れ去った。


「父上……」


幼い声が、闇に溶け込むように響いた。


藤堂義光(とうどう よしみつ)は縁側に座り、ゆっくりと湯呑を傾ける。

その膝の上では、まだ六歳の息子、**藤堂晴真(とうどう はるまさ)**が、小さな手をぎゅっと握りしめていた。


晴真のまつげが微かに震え、夢の中で何かをつぶやく。

義光は静かにその髪を撫で、瞳の奥にある温かさをひそかに守るように、優しく微笑んだ。


「……心配するな。お前が強くなるまでは、俺がそばにいる。」


彼の声には、父としての決意と、どこか不吉な予感が滲んでいた。


だが、彼はまだ知らなかった。

この言葉が、息子にかける最後の安息の言葉になることを——。


「裏切り者・藤堂義光!討ち取れ!」

轟音と怒声が、藤堂城の静寂を切り裂いた。


屋敷の奥から、甲冑の擦れる音、剣が抜かれる音、そして血の匂いが流れ込んできた。


義光の手が、無意識に刀の柄を握る。


裏切られたか——


彼は、無駄な動揺を見せず、そっと晴真を抱き上げ、室内へと運ぶ。


ドォォォォン!!!


轟音が城門を震わせ、火の手が上がる。


「火を放て!逆賊どもを根絶やしにしろ!」


義光の背後で、晴真が不安げに震える。


「父上……なにが起こったの?」


義光は、深く静かに息を吐いた。


「晴真——目を閉じろ。」


「で、でも——」


「いいから、閉じるんだ。」


その声には、一切の躊躇がなかった。


晴真は怯えながらも、ぎゅっと目を閉じた。


その瞬間——


ギラッ!!


義光の手が、刀に触れる。

その刃は、一度抜かれれば、血を浴びるまで戻らぬ剣——。


「フッ——」


静かに、そして確実に、彼はその鞘を捨てた。


剣鬼、目覚める

ズバァァァァ!!


最初の敵の首が、義光の前で弧を描く。


「なっ——!?」


敵兵の目が見開かれ、何が起きたのか理解する間もなく、次の一撃が走る。


二撃目——

三撃目——


斬撃は、もはや風の如く。


刃の煌めきは、星が流れるよりも速く、敵兵の肉体を紙のように裂いていく。


「ひ、人間か……?こんな……!」


彼の剣は、無駄なく、無慈悲に。

冷たく、鋭く、そして、完璧だった。


「貴様ら——息子の前で、無様な死に方を晒すな。」


その一言が、そこにいた敵兵たちの背筋を凍りつかせた。


「ひ、ひるむな!囲め!!」


数十人の敵兵が、義光を囲む。槍が一斉に突き出された。


しかし——


「……遅い。」


バシュッ!!


風を切る音。


義光の姿が、一瞬にして消える。


「どこへ——」


次の瞬間、義光の刃が横一線に閃いた。


「終わりだ。」


ドシャァァッ!!


敵兵たちの胴が、まるで紙のように裂け、数人が同時に倒れる。


「ひぃぃぃ!!!」


「バ、バケモノだ!!」


義光は、ゆっくりと刀を振り払う。


「晴真、行くぞ。」


「……うん。」


晴真は震える足を動かしながら、父の袖をしっかりと掴んだ。


雷鳴、迫る

だが——その時。


義光の耳が、遠くから響く異音を捉えた。


「……っ!」


馬蹄の音が、地響きを立てながら近づいてくる。


「奴が来る……!」

義光は、静かに目を細めた。


「戦国最強の武将、織田信影(おだ のぶかげ)。」


彼は、ただの敵ではない。


かつての戦友にして、今や敵として立ちはだかる男——

そして、おそらく、この戦国の世で唯一、義光と互角に斬り合える剣士。


月光の下、黒い甲冑の騎士が現れる。


そして——


戦国最強の剣が、交わる時が来た。


(第一話・完)


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