第2話 隣が騒がしいんだが


 次の日。

 三限目、数学の授業で「この問題を解いてみろ」と当てられた愛坂さんは、難しい方程式をものともせず答えてみせた。


 数学の担任が時々出してくる難解で意地悪な問題が簡単に解かれたことでクラスメイト達は歓喜した。

 数学の担任は悔しそうな顔をしている。


 やはり頭がいい人なんだ愛坂さんは。

 顔だけではなく運動ができて勉強もできる人当たりがいい性格で、一言で表すのなら《完璧美少女》だ。


「……あっ」


 愛坂さんの机にあった消しゴムが、彼女の膝に当たったことで床に落ちた。


 俺の机のすぐ斜め前に落ちた消しゴムを拾ってあげようとしたのだが一瞬だけ躊躇ってしまう。


 自分のようなぼっち陰キャが拾ったことで迷惑がられないか、気持ち悪がられないかという不安があったからだ。


(いや、考えすぎだ……拾ってあげないと)


 嫌な方向に妄想してしまうのは俺のダメなところだ。


 俺が冴えない奴で、愛坂さんが完璧美少女という決して交わらない存在同士だろうと、一応クラスメイトだ。


 助け合うのは当然のことである。

 そんなことを考えながら拾おうとしたら、前の方から誰かの手が伸びて、先に消しゴムが拾われてしまう。


「愛坂ちゃん、落としたよ〜」


 ツインテールの明るい女子がニカッと笑いながら、消しゴムを愛坂の机に置いた。


「わっ、ありがとねー。気付いていたんだけど、拾うのが遅れちゃって……ごめんねっ」

「いいの、いいの〜。私たち友達じゃん?」

「うん、そうだね!」


 ツインテールの子に手を合わせて謝る愛坂さんが、あまりにも天使すぎて思わず見惚れてしまったが、すぐに顔をそらした。


(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! てか俺みたいな陰キャが愛坂さんの私物に触れることすら烏滸がましいのに! 俺のバカバカ!)


 真顔で黒板の方を見つめていたが、恥ずかしさのあまり足が震えて涙が出そうになった。


 しかし、そんな俺の肩を誰かが優しくトントンと叩いた。

 一番後ろの席の窓際に座っている俺の肩を叩ける人物と言えば一人しかいない。


 恐る恐る、右の席のほうに顔を向ける。


「ねっ、君」


 そこには頬杖をついてニッコリとこちらに笑いかけている愛坂さんがいた。


 頬がぷにっと潰れていて、その姿があまりにも可愛くて悶絶しそうだった。


 堪えながら「ど、どうかした?」と聞き返すと。


「君も拾おうとしてくれたんだよね?」


 自分の机に置いてある、先ほど落とした消しゴムに指差しながら彼女は尋ねてきた。


 まともに人と話してこなかった俺は口で答えることができず、代わりに小さく頷く。


「ありがとう。有平くんは優しいんだね」


 愛坂さんの言葉に、俺は大きく目を見開く。

 今まで満たされてこなかった心が、一瞬だけ動かされたような気がした。


 やはり彼女と仲良くなりたい。

 そう思ったのにやはり一歩踏み込めず、俺は顔をそらしてしまう。




「やめときなよ愛坂ちゃん。ぼっちと仲良くなっても損するだけだよ」


 愛坂さんの右隣席にいる一軍女子が、小声で彼女に忠告をした。

 こちらに聞こえてないと思っているのだろうか。


「どうして?」

「根暗でオタクとかダサいからじゃん。あんな暗いやつは放っておいて、私たちだけど仲良くしよ?」

「……ふーん」


 一軍女子の言葉に、愛坂さんは「そうだね」と肯定したり「ダメだよそんなの」と否定したりはせずに、よく分からない表情を浮かべながら黒板に視線を戻すのだった。






 家に帰った俺はベッドで横になり、木質の天井を見上げて教室で起きたことを思い返す。

 恥ずかしい、やはり辞めておこう。


 愛坂さんは可愛いけど、彼女の登場のせいで悪い意味でクラスメイトに俺の存在が知られているような気がする。


 夕飯に食べる肉じゃがを作りながら次の日の学校でどう立ち回ろうかと悩む。


 するとガチャリ、と隣の部屋に住んでいる住人が帰宅してきた音が聞こえる。

 こないだ隣に子持ちの女性が引っ越してきたばかりなんだよな。


 いつも6時くらいに誰かが帰ってくるんだよな。

 母なのかお子さんなのか、どっちかは分からないけど気にしても仕方ないか。


 1時間後。

 皿洗いをしていると、隣からドォン!ガラガラ! と何かがぶつかり散らばる大きな音が聞こえた。

 びっくりして持っていた皿を落としてしまう。


「え、大丈夫かな……?」


 かなり派手な音だったので心配になり、台所から出て玄関でサンダルを履く。

 隣に住んでいる女性は子持ちと言っていたので、子供が怪我でもしていたら大変だ。






 隣のドアの前に立って、ドキドキとしながらノックをする。

 そして慣れない声を振り絞って、大きめの声を出す。


「あのー、隣の者です。先ほど大きな音が聞こえたのですが、大丈夫でしょうか……?」


 学校では絶対にしない行動なのだが、不思議なことに学校の外ならそこまで緊張しない体質なのだ。

 少し緊張するだけで、教室の陰キャムーブはしないのである。


 ちょっとの間待っていると、ドアの向こう側からガチャガチャと騒がしい音が聞こえ、バタバタと玄関に近づいてくる。


 そして、ガチャリと鍵が開けられて、中にいた住人と目が合う。


「あっ、お騒がせしてすみません。何でもないので大丈夫……」

「あ、あ、あ」


 そこにいたのは同い年の女の子。

 しかも知らない顔ではなく、よく知っている顔だった。


「あ、あ……」

「あの、大丈夫ですか?」


 そこにいたのはクラスメイトの完璧美少女転校生の天使、愛坂知奈だった。





————


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