13.1区での事件(3)

 堪らず少女が寧子を放した。

 と、その寧子を大柄な男がこちらへ向かって突き飛ばす。


「……!」


 これでは寧子に弾が当たる。

 一瞬の躊躇いのうちに男は少女を小脇に抱えた。瞬間、少女の移動能力が発動。その場から忽然と消えてしまう。


「逃げられたか。まあいい、犯罪者の逮捕はセラフの仕事じゃない。それで? 怪我は?」

「だい、大丈夫です……ありがとうございます」

「俺の仕事を増やさないでくれよ」


 腰が抜けているのか、座り込む寧子はガチガチと奥歯を鳴らしながら一応は大丈夫という返答を寄越した。どう見ても大丈夫ではないが、大丈夫であってくれた方が手間が減るので敢えてツッコミはしなかった。

 コツコツ、とわざとらしい足音を鳴らしながらここまでの案内人が顔を覗かせる。後ろにはルーシャも引き連れているようだ。

 そんな様子を見た寧子が目を丸くする。


「えっ、あれ? フリアお姉さん?」

「寧子ちゃん、久しぶりね」


 ――知り合いか……?

 アーディも話を理解した上でこの女を送り込んできたようだし、先程から自分だけが話題について行けていない錯覚を覚えている。

 勿論、エリアスと同じく置いてけぼりのルーシャがおずおずと言葉を発した。


「あのー……一先ず、地上へ出ませんか? ここ、狭いですし。ジャレッド先輩が捜してしまいます」

「それもそうだ」


 ***


 騒動終息後。1時間程が経過しただろうか。

 諸々の事情聴取を受けた寧子はぐったりと溜息を吐いた。まさか、新たな犯罪の情報をこの口から話す事になるとは全くの予想外だ。

 そんな一般人の心労を宥めすかし、話を最後まで続ける誘導をしてくれたルーシャもお疲れ気味である。


「寧子ちゃん、疲れているだろうに色々と教えてくれてありがとうございました。誘拐犯――いえ、アンセム構成員には逃げられてしまいましたが、彼等は何をしでかすか分かりません。下手に突かず、むしろよかったかもしれませんね」

「いえ、うっかり攫われてしまった挙句捜して貰ったみたいで、すみませんでした……」

「ともあれ、無事でよかったです」


 事情聴取は終了かしら? 訊ねながらふらっと姿を現したのはフリアだ。

 彼女はかつて隣に住んでいた異能力者であり、引っ越しする際に例の鉢植えを寧子へ渡した人物でもある。

 優しいお姉さんで大好きだったが、鉢植えの件で若干の警戒を隠し切れない。

 それを理解してか、相変わらずミステリアスな笑みを浮かべた彼女は投げ掛ける前にその疑問に答えた。


「私がいない間、鉢を預かってくれてありがとう。花の秘密に辿り着いてしまったようね」

「あの、これ何で私に持たせたんですか?」

「貴方も、或いは私も花の香の影響を受けないもの。私達にとってはお守りなのよ。エリアスさんにとっては毒の花かもしれないけれど。だから、悪意があって渡した訳ではないことだけは分かってね」

「私達……?」

「その鉢植えは一度、セラフへ持ち帰る約束になっているの。私も一時はセラフに滞在するから……よろしくね? そう、昔1区にいた頃のようにね」


 この人の遠回しな発言は全く理解できないのが常だが――どうやらセラフ本社には一緒に向かうらしい。その後の事はよく分からないけれど。


 ***


「クソ! クソクソ! あー、痛い! あの野郎、いつか絶対に殺してやる!」


 1区から撤退したロラは、壁に向かってそう吠えた。

 廃墟の壁は脆いせいか、少女の怒号を受けて微かに振動しているようにも見える。


「大怪我をしているはずですが、元気ですね」

「よっしー……」

「それと……私の名前は吉宗です。一応、訂正しておきますが」


 よっしー――否、吉宗はそう言うと小さく溜息を吐いた。

 薄汚れたマットレスに横たわるロラの足を、仲間の異能者が四苦八苦しながら治療をしている。怪我を癒す異能者など、そこそこ転がっているものだ。


「あのクソ野郎、顔を覚えたからな……!!」

「口が悪いですよ。だから早く撤退をと言ったのに」

「寧子ちゃん欲しかったのに! 名前がカワイイじゃん! うー! 諦めきれない!」

「今回は見逃して正解でしたよ。あのまま彼女に付き纏えば、どんな不幸に見舞われたか分かりません」

「そうなの?」

「はい。彼女の異能力、大変危険です。もっと彼女とは交流を深めるべきでしょうね。無理に連れていけば、アンセムに災いをもたらします。一時はセラフに押し付けておきましょう」

「危険がどうのと言う割には、仲間に引き入れたいんだ? よっしー」


 はい、と吉宗がうっそりと微笑む。

 あまり見ない光景にロラは息を呑んだ。


「彼女は――或いは、我々アンセムの神になれるかもしれません。早速、リーダーに報告しましょう。きっと貴方の願い通り、彼女を仲間に引き入れる良い案を考えてくださいますよ」


 やり方はいくらでもありますから、そう言った吉宗が存外本気である事に気付いて、ロラはげっそりとした溜息を吐いた。


「ま、その寧子ちゃんは今の所私達の事をテロリストか何かだと思っているけどね!」

「彼女が本当にアンセムを微塵も必要としないのであれば、恐らく我々の計画はことごとく失敗し、彼女に接触すらできなかったでしょう。ですがこうして巡り合えた――付け入る隙はあるという事です」

「……そういえば、結局何だったの? 寧子ちゃんの異能」

「それは――」


 吉宗の説明は時折酷く長くなる。

 負傷して動けないので、仕方なくロラはその冗長な説明に耳を傾けた。

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異能「幸運」らしいのですがトラブルが尽きません ねんねこ @tenro44

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