08.自宅(5)
子羊会は先にも述べた通り、先天性の異能者のみで構成されている。
フリアの申し出は一研究者からすれば魅力的な申し出だ。サンプルが2つに増えるのだから。
しかしセラフ職員という視点から見れば、意味不明過ぎて警戒に値する申し出でもある。大っぴらに苦痛が伴うような実験は禁止されているが、裏を返せばやりようはいくらでもある――余程、切羽詰まっていない限り法律の裏をかくみたいな事はしないけれど。
自らモルモットになりにくる、その魂胆が不明で不気味だ。
アーディの考えを見透かしたかのように、フリアは笑みを深めた。
「私の事は気にしないで。大丈夫よ――だって私、寧子ちゃんとこの施設の中では一番仲がいいもの」
「……彼女の異能を理解しているのか?」
「さあ。そんな異能力は持っていないけれど。でも、彼女に好かれて悪い事は何一つない。そうでしょう?」
「成程。まあいいだろう。だが、私の一存で部外者をセラフ内部に入れるのは難しい。魅力的な申し出だが、辞退させてもらう他ないようだ」
「貴方が受け入れるのであれば、仮の職員証を渡してくれると約束しているわ。さっき廊下で会った、偉い人とね」
――上層部の誰だ? 子羊会と何か繋がりがあるな、さては。
金でも握らされているのか、もっと別のものを子羊会に掌握されているのか。或いはただの打算だろうか。
何にせよ、最終決断をこちらに擦り付けて少しばかりの責任逃れをしようという動きもシンプルに苛立ちを煽る。
「――けれど、納得できないものよね。行動で示しましょう。寧子ちゃん、今お家に帰って私のあげた鉢を取りに行っているそうね? あのお花、きっとセラフには置けないわ。だから私が責任を以て回収してくるから」
「寧子が執着しているあの鉢植え、お前が渡したのか。我々が彼女に接触する前から、子羊会とは接触済みだった訳か」
「ええ。私達は神の導きにより、惹かれ合うものなのよ」
「そういうのはいい」
「ところで、もうすぐ寧子ちゃんと一緒に出掛けて行った彼から、アーディさんに連絡があるから。その時に例の鉢は本部まで運んでほしいと伝えてくれる?」
「いいだろう」
――未来予知系の異能力者か。
なかなかに希少な能力だ。それも、自信を持って話している事から精度も相当に高い予知能力である。加えて寧子と同じく先天的に異能を持つ者。
子羊会しかり、廃晶病と無関係の異能力者は特に奇怪な能力を持つ者が多い。
「ああそれと、アーディさん。寧子ちゃんを迎えに行きましょうか? かなり高い確率でトラブルに巻き込まれるわ」
「行かなくていい。お前の異能は先見や予知の類だと理解した。つまり、トラブルにお前自身が巻き込まれれば自身でフォローが出来ないという事だ。加えて、その落ち着きようからトラブルに見舞われようと問題なく帰って来られるのだと察せられる」
「うふふ。それもそうだわ。けれど、今回は私を行かせた方がいいわね。時短になるわ」
「……はぁ。行きたいのなら止めはしない。以上だ」
瞬間、机上に放り出されていたスマートフォンが着信を告げた。エリアスからだった。
***
寧子が荷物を鞄に詰め終えた丁度その時だった。
アーディに鉢植えの件を報告しに行ったエリアスが戻って来た。
「――鉢は持ち帰って良い。で? 出る準備は終わったのか、寧子」
「はい、終わりました」
「荷物はそれだけか? 鉢植えはどうした」
「鉢はこの鞄の中にあります。タオルでぐるぐる巻きにしておきました」
なるべく容器が簡単に割れないよう工夫。そのおかげで、他に持ち出したい幾つかの物を置いて行く事となってしまったが――無いからと言って酷く困るようなものでもないのでいいだろう。
「なら行くぞ。結局、それなりに長居する羽目になったな。鉢植え騒動さえなければ、もっと早く出られたのに」
さっさと家を後にしようとするエリアスの背を慌てて追う。
シールド責任者・ジャレッドと話した後から、どことなく急いでいるように見えるのは気のせいだろうか。
家の外に出て、ドアに鍵をかける。次、ここへ戻って来るのはいつになるのだろうか。遅くないといいなと、そう思う――
本日二度目。
けたたましいアラートが耳朶を打つ。先程よりもより高い音のように感じるが、外に出たからだろうか。
ともあれ鉢植えの容器が破損したのかもしれない、と寧子は鞄を慌てて開けようとした。それをエリアスに止められる。
「待て。そっちじゃない。このアラートは――」
『急激な空気中の結晶濃度の上昇を感知しました。デミ・ゲート出現の可能性があります。近くの職員は退避または現場へ急行してください』
――今なんて?
人工音声は抑揚こそないものの、はっきりとした発音で上記の情報を伝えた。伝えたが、あまりにも急過ぎて理解が追いつかない。
「この、タイミングで……!?」
エリアスでさえ驚愕している間に、状況が目まぐるしく変化する。
ガラスにヒビでも入るような形容し難い音、そして帰り道に続く石畳が一部ぐにゃりと歪むのを見た。
歪みはやがて、遠くに見えるゲートのミニサイズ版を形成する。
誰も何もしていないのに、そのゲートが開け放たれた。向こう側には1区ではない、どこか別の景色が広がっている。
それが何であるかを脳が認識できない。不自然ながら自然で、雄大でありながら小さな箱のような。相反する感想が思考を占拠する感覚に恐怖を覚えた寧子は、ゲートの向こう側からすぐさま視線を逸らした。
「ぼさっとするな、撤退だ。逃げるぞ」
「え、でも……」
「デミ・ゲートの処理は俺の仕事でもあるが、今回は護衛任務だからな。シールドに任せて、ここから撤退だ」
などと言いながらも、やはり現場が気掛かりなのだろう。スマホを操作したエリアスが、一方的に通話相手へ情報を伝える。
「もしもし。セラフのエリアスだ。デミ・ゲートが出現した。こちらは一般人を連れているから、撤退する。場所のピンだけ送るから、対処は任せる」
――シールドに連携だけはして逃げようって事か。
相手方が何と言っているかは分からないが、スマホを耳から話したエリアスが寧子へと向き直った。これで本当に報告は大丈夫だったのかは分からない。
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