06.自宅(3)

 ***


 自宅に戻って来た。

 時間などほとんど経っていないというのに、随分久しぶりに感じると寧子は目を細める。

 鍵は掛かったままなので、ガチャガチャと鍵を捻って玄関のドアを開けた。


「ここが私の家です。どうぞ、上がっていってください」

「どうも。……ああ、いい家だ。良いご身分だな、1区の住人は。広さも申し分ない」

「そうでしょう? ああ、気に入っていたのに。この家……」


 エリアスの絶妙に棘のある言葉をスルーしつつ、室内を見回す。

 今日を境に一時は帰れないのだと思い出してしまい、小さく溜息を吐く。

 ご近所さんが心配するだろうと思うと罪悪感まで湧いてくる始末だ。まさか、セラフ本社で生活しているとは露にも思わないだろうし。


 エリアスは遠慮も何もなく寧子の後に続いて自宅へ侵入してきた。こういう豪胆さは見習っていきたい。


「それで? お前が持ち帰ると騒いでいた例の鉢植えとやらはどこにあるんだ? あまり長居はしたくないから、早く持ってきてくれ」

「はいはい。あ、でも、一応お水だけあげてもいいですか?」

「勝手にしろ。だが、持ち帰る時に不便じゃないか?」

「私が不便なだけなら問題ないので」


 窓際に置いたままの鉢植えに歩み寄る。鉢をくれたお姉さんは毎日水をやるように言っていた。心なしか、水分が足りずしなしなしているように見えるが――そんなに早く水をやっていない弊害が現れるものなのだろうか。

 全く落ち着く様子のないエリアスは所在なさげにリビングの端に突っ立っている。勝手にソファに座ったりはせず、あくまで寛ぐ気はないのだと無言で念を押しているかのようだ。

 黙っているのも気まずいので、寧子はそれとなく保護者へ声を掛ける。


「これが、私が持って帰ると言っていた鉢植えです。綺麗でしょ?」

「何だこの花は。いや、まだ蕾だが、これが咲いたところをまるでイメージできない。というか、何だこのガラス蓋みたいなものは」


 白い花弁ならがらも酷く透明度が高く、折り重なる下の花弁が最早見えてしまっている。加えて光を受けて淡く七色の光を撒き散らす様は心が癒されるかのようだ。まだ花が咲いていないから何とも言えないけれど、ネットで調べても似たような植物は見つけられなかった。

 ガラスの蓋を取り除こうとすると、再びエリアスが言葉を紡ぐ。怪訝そうで、若干の警戒心が混じった声音だ。


「この花と鉢植えだけが家の中で浮き過ぎだろ。というか、人から貰った鉢植えだ、つってたよな?」

「はい、貰いました。あ、土がカピカピ……水分が必要な花なんですね」


 蓋をそうっと外す。何か衝撃を加えてしまえばこんな花、簡単にバラバラになってしまうのではないかという恐ろしさがあったからだ。

 ――瞬間。

 寧子の背後からけたたましいアラートのような音が鳴り響いた。酷く不安を煽るような音に驚き硬直する。

 エリアスが舌打ちしたような音と重なって、そのエリアス本人が突っ立っているあたりから人工音声が警告文のようなものを読み上げた。


『クリスタル・ダストの安全基準値を大幅に超えています。速やかにその場から離れるか、作業続行の旨をデバイスに入力してください。繰り返します――』


 ぶちっ、と半ば強制的に音声が中断される。

 ようやく寧子はエリアスの方を振り返った。彼はロングコートというか、常に長袖の衣類を着用していたので気付かなかったが、時計型のデバイスを装着しているようだ。小さな画面を指先でタップし、溜息を吐く。


「寧子、その蓋を今すぐに閉じろ。原因は恐らくそれだろう」

「ご、ごめんなさい……」


 速やかに蓋をする。アラートの内容的に、水をあげるなどと言っていい状況ではない。


「あ、あの、今のは?」

「……セラフが管理する異能力者で現場に出る人間には専用のデバイスが持たされている」


 言いながら、エリアスは腕を緩く指さした。


「俺達、異能者は体内に蓄積されたクリスタル・ダストの調整が必要だからだ。まあ、原理はアーディ先生にでも聞いてくれ。で、いくら廃晶病を乗り越えたとはいえセラフが定める空気中の結晶濃度が高ければ不調を来すから、こうして危険な場所に踏み入った場合にアラートが鳴るようになっている」

「ええ!? だ、大丈夫でした?」

「俺自身がすぐにどうこうなるような値でもなかったが……。いや、お前は人の事を心配している場合か? 毎日水をやっていたんだろ、その植物に」

「確かに……!」

「この一瞬、一度程度ならば問題は無いが、毎日アラートが自動で鳴る程のクリスタル・ダストを浴びていれば、お前の方が危険そうだ。一般人なら恐らく1ヵ月程で廃晶病を発症するだろうな。体調は?」


 この物臭な男が人の体調を気にする程なので、相当まずい事態なのだと頭の片隅で理解する。


「体調は悪くないというか、至って普通ですね」

「今まで一度でも鉢に直接触れて、体調を崩していないのか?」

「はい、私は至って健康です」

「……まあ、そもそもこの間、先生が検査したばかりだからいいか。俺がお前の体調について確認したところで、どうしようもできないしな。やはり、先天的に異能者である人間と、俺達では違うという事か……? 隣に住んでいた女からのもらい物……隣の家の前住人については調べる必要がありそうだ」

「あの、エリアスさん。この鉢はどうします?」


 心底気味の悪いものを見るような目で鉢植えを一瞥したエリアスは頭を振った。


「ここに置いておくわけにもいかないな。回収して、アーディ先生にでも任せろ。興味津々だろうさ」

「分かりました。最初に言っていた通り、取り合えず持ち帰りますね」

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