2章「Umbrae Memoria」
図書館の薄暗い書架の間を、僕、桜井遥(さくらいはるか)は彷徨っていた。いつからここにいるのか、もう覚えていない。ただ、この場所が心地よく、本を読むのが好きだったことだけは覚えている。窓の外には、桜の花が満開だった。若葉が眩い季節。ああ、あの頃に戻りたい。そう思ったのも束の間、胸に突き刺さるような痛みが蘇ってくる。
僕は、この学校の生徒だった。ごく普通の高校一年生だった。でも、ある日、クラスで孤立してしまった。些細なことから始まった悪口や無視は、日に日にエスカレートしていった。「あいつとは話すな」「あいつのそばに寄るな」そんな声が、教室中に響き渡るたびに、僕の心臓は針で刺されるような痛みを感じた。最初は、何が悪かったのか分からなかった。でも、だんだんと、自分が仲間はずれにされていることに気づいた。
体育の授業では、わざとボールを当てられ、仲間たちからの悪意のある言葉が、まるで雨のように降り注いだ。給食の時間には、一人ぼっちで弁当を食べ、冷めたご飯粒を口に運んだ。休み時間には、誰も僕のところに来なかった。教室の一角で、まるで透明人間のように存在していた。家に帰ってからも、安らげる場所などなかった。両親は忙しくて、僕のことを気にかけてくれる余裕はなかった。毎日が苦痛で、学校に行くのが怖かった。それでも、社会から完全に切り離されることを恐れて、彼は学校に通い続けた。
そんなある日、図書室に逃げ込んだ。誰もいない静かな空間で、本の世界に没頭することが、僕にとって唯一の救いだった。古びた革装丁の本の匂い、ページをめくる音、活字を追う時の集中力。それらは、現実から目を背けさせてくれる、唯一の現実逃避だった。でも、それも長くは続かなかった。
ある日、図書室で一人泣いているところを、クラスメイトに見つかってしまった。「おい、なんでここにいるんだ?」彼らは僕を取り囲み、さらに悪態をつき始めた。「なんで泣いてるんだよ」「気持ち悪い」僕は、何も言い返せなかった。ただ、うつむいて、彼らの言葉を聞いていた。心臓がバクバクと鳴り、呼吸が苦しかった。まるで、自分自身が透明人間ではなく、教室の中に置かれた一点の黒い影のように感じられた。
その日、僕は図書室で首を吊った。意識が遠のいていく中、色々なことが頭に浮かんだ。楽しかったはずの幼少の頃、初めて友達と遊んだ日のこと、大好きな本の「Another」を読んでいた時のこと。そして、何より、なぜこんなことになったのか。なぜ、私はこんなにも孤独だったのか。永遠の眠りにつく直前、僕はただ一つのことを強く願った。「普通の生徒としてこの図書館で本を読みたかったな。」
それから、僕はこの図書館に幽霊として残った。毎日、同じように本を読み、窓の外の景色を眺めている。誰かと話したい。誰かに理解されたい。そんな思いが、僕の心を満たしていた。
ある日、一人の少女が、いつも僕が座っている席の隣に座った。「あの、すみませーん!」その声に、僕は顔を上げた。少女は、私に話しかけてきた。「あの…、いつもこの席で本読んでる人ですよね? すごい集中してて、すごいなって思って…」少女の澄んだ瞳を見つめながら、僕は思った。もしかしたら、彼女は私を理解してくれるかもしれない。
少女は名を菫野彩花と言うそうだ。菫野は、僕のことをミステリー小説好きだと知ると、目を輝かせて質問をしてきた。彼女の純粋な心に触れ、僕も昔のように本の話を熱く語ることができた。
ある日、勇気を振り絞って彼女に自分のことを打ち明けた。「僕は幽霊なんだ」と。彼女は驚いた表情を見せたが、すぐに受け入れてくれた。彼女は、僕のことをもっと知りたいと言ってくれた。
彼女は、僕のことを調べるために図書館の古い新聞記事を読み始めた。その間、僕は彼女の後ろで静かに見守っていた。新聞記事の中に、僕の名前を見つけられない彼女の焦燥感が伝わってきた。
ある日、彼女は、古い新聞記事の中から「いじめ」という言葉を見つけた。そして、その記事に出てくる男子生徒が、僕の雰囲気と重なっていることに気づいた。
彼女は、司書の方に話を聞き、さらに深く調べてくれた。そして、ついに、僕がこの図書館で命を絶ったことを知った。
いじめられていた時の感覚がフラッシュバックして僕は叫んでしまったが彼女がそばにいてくれたおかげですぐに正気を取り戻すことができた。
彼女は、僕のことを抱きしめ、涙を流した。その温かい抱擁に、僕は長い間抱えていた心の重荷をようやく下ろすことができた。
彼女とは僕の過去を一通り話し終えてから別れた。
僕はその日のうちに図書館から姿を消した。
いつか、再び生まれ変わることができるのなら、今度はもっと幸せに生きたい。
そう強く願っていた。
Nexus Anima 椿谷零 @tubakiyarei155
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