彼女の理由
淡海
第1話
実のところ、これを「小説」としていいのかわからない。
だけど、当事者の一方からしか話を聞いてない私には、どこまで事実かわからないようなものを「ノンフィクション」とは言えないし。
――じゃあ黙って、墓場まで持っていく?
ほんの数日前までは、そうするつもりでいたんだよ。
そうしてくれと、彼女が頼んだわけじゃない。
ひょっとしたら、いや、おそらく彼女は私以外にも、同じ話をしていただろう。
それでも私は、これまで彼女の話を誰かにしたことはなかった。
正直、私は彼女と特別親しかったわけでもなんでもない。
たいして親しいわけでもない知人の、そのまた顔見知り程度の関係だったのだ。
きっかけは、ごくありふれた合コンの、二次会のカラオケの帰り道。
車で送りましょうか、と、彼女が私に尋ねた。
一次会の居酒屋でも二次会のカラオケ屋でも、まだ一度も話した直接話したことがない、彼女。
唐突に声をかけられて初めて、私はまじまじと彼女の全身を見た。
小柄で童顔、色が黒く化粧っ気はないのに長く伸ばした髪とコンサバ系OLみたいなファッションがちぐはぐな印象だった。
私は一瞬、戸惑って――ついさっき、カラオケ屋の廊下で携帯番号を交換した――ひとつ下の男の方を見た。
彼は苦笑いとも言えないなんとも微妙な顔をして、それじゃあ、と小さく手を振った。
私は軽く酔いのまわった頭で、少しもったいないことしたなと思いつつ、とはいえタクシー代が浮くのはラッキーとばかりに彼女と並んで駐車場に向かって歩き出した。
邪魔しちゃったかしら、と、独り言みたいに小さな声で彼女。
ああそういえば彼女は同級生だったなと思い出し、
「なに、武田くんのこと?ひょっとして、やきもち?」
軽い気持ちで尋ねると
「違います。私、彼氏いるので」
今度はやけに、はっきりした声だった。
「汚いですけど、どうぞ」
そう言って助手席のドアを開けられた車は、彼女の容姿ともファッションともこれまた不釣り合いな、真っ赤なシャコタン。
昭和のヤンキーかよ・・・と思ったけど、さすがに口には出さなかった。
こんな小さな足にあうハイヒール、どこで見つけたんだろうとどうでもいいことを考えながら私が乗り込むや否や、彼女はにっこり微笑んで、思い切りアクセルを踏んだ。
やんちゃなツレの車にはこれまでも乗ったことがあるけど、正直、ここまで極端なカスタム車は乗り心地が悪いなんてもんじゃない。
振動が直接、足の裏に、腹に、頭に響く。
「それが気持ちいいんじゃないですか~!」
軽く引いちゃうくらいに高揚した様子で、彼女は言った。
こんな小さい体のどこから、爆音のHipHopに負けない大声が出るのか。
彼女の車は微かに、煙草のにおいがした。
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