白粉(ひゃくぶん)

淳雨崑

第1話

 第1話。

 いつもより寝坊してしまい、朝食を食べる時間がなかった。とりあえず出社してから会社の近くにあるキンパ屋(海苔巻き屋)で朝食を買うつもりだった。南大門市場にある会賢(フェヒョン)駅近くにオフィスがある。朝の時間にもかかわらず、キンパ屋には朝食を抜いて出勤した会社員たちがキンパを買うためにすでに並んでた。2人の従業員が忙しそうにキンパを巻いていた。以前はキンパを包丁で1切れずつ切っていたが、いつの間にかキンパを切る機械が登場した。

 大きさはデスクトップ本体くらいの大きさで、機械の底に海苔を入れると、上にどんどん海苔が上がってきて、自動的に食べやすい大きさに切って出てくる。自動でキンパが切られるためか、行列はすぐに解消された。朝食を抜いて出勤した同僚もいそうなので、キンパを3~4個買った。20階建ての大きなビルの2階にオフィスがある。オフィスに入り、机に座ってカバンを置き、携帯電話をカバンから取り出した。メッセージが1通届いていた。ガールフレンドからのメッセージだった。

 今日は実家の母に会いに行くとのこと。何の用事で実家に行くのかと尋ねると、母親の保険関係で保険会社の社員と一緒に会うという。ガールフレンドの故郷は慶尚北道(キョンサンプクド)の聞慶(ムンキョン)である。

 パソコンの電源を入れ、Outlookで夜間に受信したメールを確認していた。仕事関連のメールとスパムメールを区別するのも仕事だった。どこから自分のメールアドレスを知ったのか、あるスパムメールはアフリカのある国の元大統領の息子から、政治弾圧で口座のお金を引き出すことができないので、あなたの国で口座の引き出しを手伝ってくれないかという、とんでもない内容だった。イ・ソクユンは貿易会社に勤めている。正確にはフォワーディング会社である。

 初対面の人にはフォワーディング会社というとよくわからないので、貿易会社だと言っている。輸出入する会社の物流輸送を代行、手配する仕事をしている会社だ。ソクユンはキャリア5年目の係長だ。ガールフレンドの名前はチョ・エソン。

 エソンと付き合って1年半になり、両家の両親を招いて正式な婚約はしなかったが、親しい友人を招いて婚約式を行い、婚約指輪も交換した。最近デートをするたびに新婚旅行はどこに行くかについて話をしていたが、お互いの意見が合わずまだ解決できていない。ソクユンは暖かい海があるタイやベトナムがいいと言い、エソンはヨーロッパの文化遺跡を見たいからイタリアやフランスに行きたいと言った。

 エソンは普段Netflixで欧米のドラマを楽しんでいた。アメリカはヨーロッパほど文化遺跡がなく、また危険かもしれないのでヨーロッパに行きたいと言った。ヨーロッパ旅行関連のブログもよく見ていた。ポータルサイトで'ヨーロッパ旅行'と検索するだけでも、旅行エッセイ形式で写真と一緒に詳しい説明があるブログ資料がたくさんあった。

 エソンとは違ってソクユンは熱帯の海やヤシの木、そしてプールがあるプールヴィラの写真をよく見る。昔は特価で安くなったパッケージ旅行があったため、大学生の時に友人と3泊4日でタイに行ったことがあった。

 東南アジアの料理によく使われるコリアンダーの香りにも全く抵抗感がなく独特の香りがむしろ好きなので、食べ物はもちろん暖かい気候もとても好きだった。韓流ブームの影響でバンコク市内を歩いていると、10代の学生が集まってK-POPを流しながら踊っている姿を見たり、またショッピングモールに行くとソクユンと友人が韓国人であることに気づき、そこの従業員が「こんにちは」と笑顔で挨拶してくれる姿を見ると気分が良くなった。良い思い出がたくさんあるため、新婚旅行はタイでなくても、ベトナムやインドネシアなど、東南アジアにまた行きたいと思っていた。

 ヨーロッパはアメリカほど危険ではないが、ニュースで時々爆弾テロがヨーロッパ全土で起きているのを見て、そちらには行きたくなかった。どうにか治安の不安を理由にエソンを説得しようとしていた。

 2ヶ月前、水原(スウォン)に住んでいるソクユンの両親がソウルで友人の息子の結婚式があるというので、結婚式が終わって水原に帰る前にエソンを両親に紹介した。エソンは父親がおらず、母親は最近ソウルに来たこともなく、ソクユンと一緒にエソンの故郷である聞慶に一緒に行ってお義母さんに挨拶をしようという話も出なかった。

 ソクユンは婚約しているのだから挨拶をすべきだと言っても、エソンはその時期を先延ばしにしていた。

 ソウルの新村(シンチョン)にパスタが美味しい店を見つけたので、近いうちに一緒に食べに行こうとエソンと話していた。週末はお互いに予定がない限りいつも会っていた。ソクユンは金曜日の昼休みにエソンにメッセージを送った。

「この前話した新村にあるパスタ屋に今日行こうか?」

 メッセージが読まれることはなかった。1時間経っても返信がなかった。忙しいのだろうと思った。

「忙しいのか?仕事終わってから新村駅3番出口で会おう。仕事が終わったらそこへ来て。」

 退勤時間が迫っているのに、未だにメッセージを読んでいない。電話をかけてみた。着信音が鳴り続くだけだった。さらに3、4回電話したが、やはり出ない。もしかして俺に何か不満でもあったのだろうか。たまに喧嘩をしたり、ソクユンに腹を立てた時は連絡を取らないこともあった。

 しかし、最近大きな喧嘩をした記憶はなかった。 ではソクユンも知らないうちにエソンを怒らせたことはないかと考えてみた。しかし特に思い当たる節がなかった。仕方なく家に戻った。翌日の土曜日にも電話をしてみたが、やはり電話に出なかったのでもう一度メッセージを送ってみた。

「何かあった? 連絡が取れないから心配している。このメッセージを見たら電話して。」と送った。

 何時間か経ってから再度確認するが、全くメッセージを読んでいない。今まで付き合ってきて、これほどまでに連絡が来なかったことはなかった。もう1日待ってみてそれでも連絡がなければ家に行こうと思った。日曜日になったがやはり何の連絡もなかった。何かあったんだと感じた。

 単なる自分への不満だとは思えなかった。エソンの家は仏光洞(ブルガンドン)にあった。朝イチで仏光洞に向かった。 駅のすぐ近くに仏光小学校があり、仏光小学校を過ぎて200mほど道路を挟んで歩くとワンルームマンションがあり、その3階にあった。暗証番号は知っていたが、もし暗証番号を押してドアを開けたら知らない男とベッドで寝ているんじゃないかとありもしない想像をしながら歩いていた。

 エソンの家の近くでも何度もデートをしていたので、周辺の地理はよく知っていた。家が駅から近いのですぐにマンションの前に到着した。1階の正面玄関の暗証番号を押して階段を上った。302号室の前に立ち、大きく息を吸い込んだ。

 時刻は朝の10時半だった。家にいるならこの時間は起きているはずだ。暗証番号を押す前に、ドアに耳を近づけて家の中から何か音がするか聞いてみた。何の音も聞こえないようだった。今度は右耳を手でふさぎ、左耳の神経を集中させた。やはり何も聞こえなかった。

 緊張していた。

 暗証番号は携帯電話のメモ帳に保存しておいた。携帯電話のメモ帳を開いて暗証番号を確認した。暗証番号を押してドアロックの蓋を閉めると、ドアロックがカチカチとロックが外れる音がした。ドアを静かに開けて部屋に入った。


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