第30話 真相




 ミネラルウォーターズの演奏が終わると、体育館内は閉会式の準備に移行する。


 まだ会場の熱が冷めやまない中、僕は舞台袖の出口に立っていた。


 あれだけ頑張った梓桜と水野をすぐにでも労いたかった。


 それと、水野に聞きたいこともある。


 天井を見上げながら待っていると、梓桜が先に出てきた。



「梓桜、お疲れ様」


「うん。春人くんも、見守ってくれててありがとう」



 へとへとに疲れてはいるようだけど、その表情は確かに満足気だった。


 今朝見たときよりも顔色が良さそうで、僕は改めて聞いた。



「ちゃんと息抜きにはなったか?」


「バッチリ、ね」



 そう言って梓桜が親指をグッと立てる。



「梓桜が元気になってくれて、何よりだよ」


「うん。もう大丈夫。ありがとう」


「……それと、水野は?」


「まだ中でお友達と喋ってるよ。私は準備あるから先に出てきたの。これから閉会式やって、その後は後夜祭もあるから。まっ、言うほど仕事はないんだけどね」 


「そうか。でも、やっぱり無理はするなよ」


「過保護だなぁ。そんなに心配ならさ、帰り道、私のことおぶって運んでよ」


「いいよ」


「じょ、冗談だって」



 自分から言ってきたのに、照れだした梓桜が一歩後ずさる。


 酔った記憶を覚えていないのかもしれないが、既に一度経験してるからな。

 それが梓桜のためになるなら、僕はいとわず実行するつもりだった。


 梓桜がポケットからスマホを取り出して、時間を確認する。



「じゃあ、閉会式の準備あるから、またあとでね」



 互いに手を振って梓桜を送り出し、僕は変わらずその場で待機する。


 どうしても確認したいことがあり、水野が来るのをそこで待ち続けた。


 しばらくして、水野がギターとベースを演奏していた友人二人と喋りながら出てきた。


 会話中で申し訳なかったが、水野を引き留める。



「あっ、三島先輩、お疲れ様です!」


「お疲れ様はこっちの台詞だけどな。バンド、良かったよ」


「ふふん、満足してもらえたようで何よりです!」



 自慢げに水野は胸を張る。


 ただ、本当に悪いと思っているが、今は時間がない。


 労いの言葉は程々に、脈絡を無視して僕は水野に一つのある質問をぶつけた。



「あの日、どうして屋上にいたんだ?」



 さっきの演奏を見て、気付いた。


 生き生きとドラムを鳴らす水野の顔が、どうしても死にたがっている人間のものには思えなかった。


 もちろん、人の心の中を覗くことはできないから、水野が人には言えない苦しみを抱えている可能性だって普通にあり得る。


 でも、水野は A.S. じゃないと本能でそう感じ取ってしまったのだから仕方がない。


 真相を確かめるべく、そう質問した。


 僕も少しは成長したから、自分勝手に決めつけることはしない。


 判断するのは、話を聞いてからだ。



「そうですね、あの日は」



 水野は僕の質問を不思議そうに感じながらも、誠実に答えてくれた。


 その答えだけで、十分だった。



「ありがとう、水野」



 水野の話を聞き終えて、僕は納得した。


 これまでのことが、すべて一本の線で繋がった。


 そして、頭上から校内放送が鳴る。


 閉会式を行うため、全校生徒へ体育館に集合するよう指示された。


 そんなものは関係ない。


 僕は体育館から抜け出そうとする。



「春人くん、今から閉会式だよ?」



 背中から梓桜の声が届いた。


 それに振り返って、僕は答える。



「ごめん、すぐに戻ってくるから」



 どうしても、梓桜を巻き込む訳にはいかない。


 僕は再び、梓桜に背を向けた。






 校舎内にいた人たちが次々に体育館へ移動する。


 その流れに逆らいながら、草道をかき分けるように僕は進む。


 人々が階段を降りる中、僕だけが階段を上っていく。


 今から、向かうべき場所がある。


 迷わずに、僕は屋上までの道を突っ走った。




 屋上へ向かう中、頭の中で少し整理する。


 やっぱり、A.S. の正体は水野じゃなかった。


 では、なぜあの日、水野は屋上にいたのか。


 それは、僕が誘導されていたからだ。


 裏で、僕と水野が屋上で出会うように仕組んでおき、あげく水野の気持ちを踏みにじる最低な人間が存在していた。


 マジで、やってくれたな、と思う。



 屋上に入るための扉の前にようやく辿り着く。



 思った通り、扉の鍵は空いていた。



 ガシャン



 躊躇うことなく、僕はその扉を開けた。


 

 屋上に、たった一人、突っ立っている奴がいた。



 僕に気が付き、振り返ってから声をかける。




「よぉ、春人」




 駿矢が、いつかと同じ死んだ目をして、僕を見た。



 嫌な予感が、こんなにもピシャリと当たることがあるんだな。



 駿矢は続けて、こう言った。




「俺さ、今からここで死のうと思う」



 

 まるで、ちょっと近くのコンビニに行ってくる、みたいな軽い言い方だった。



 そして、ふと夢の中で百合恵さんに言われた言葉を思い出した。




『救ってあげてほしい、あの子を』




 心の内で、僕は百合恵さんに謝る。



 すみません、百合恵さん。


 多分それは無理そうです。


 救う、なんて大層なこと、僕にはできません。


 だけど、行動は起こしてみようと思います。


 百合恵さんから託されたことなら、僕は……



 いや、違うか。

 託されたから、じゃないな。



 僕が駿矢に『生きてほしい』って単に思っているだけ。



 ただそれだけを理由に僕は今から行動を起こす。




「駿矢。そうはさせないよ」



 

 誰のためでもない。



 百合恵さんのためでもないし、もちろん駿矢のためでもない。



 僕が僕のために、駿矢を死なせたりなんてさせない。















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る