第24話 文化祭準備
文化祭は夏休みが明けて二週間後に開催される。
そのため夏休みの間にも、できるだけ作業を進める必要がある。
夏祭りのあった次の日から、どうせ暇だったし、僕は学校に行ってクラスの出し物の準備を手伝った。
クラスの出し物はお化け屋敷と脱出ゲームで票が割れていたが、結局はお化け屋敷に決まった。
隔年開催により、僕たちにとっては最初で最後の文化祭。とにかく凝ったものを作ろうとクラスメイトたちは熱くなっていた。
手芸部や美術部のメンバーは特に張り切っていて、当日にする予定のお化けメイクや発泡スチロール製の血濡れたナイフを見せてもらったが、これが想像以上にリアルで驚いた。
また演出にも限りなく力を入れようと、来場者の腰を抜かさせるために皆があの手この手を尽くそうとしている。
そして、そんなやる気に満ち満ちたクラスメイトを
その上、文化祭実行委員も担い文化祭全体のプログラムも組み立てたりと、それはもう忙しない日々を過ごしているらしい。
「喰らえ必殺ストレス解消パンチ」
「必殺なのに虫も殺せそうにないな」
梓桜は右手で握り拳を作り、僕の腹部へと当ててきた。
梓桜のストレスが少しでも減るのなら別に全力で何発こようと構わなかったが、与えられたのは気遣いだけがこめられた貧弱パンチだった。
「久しぶりにカラオケでも行くか?」
「え、いや、みんな頑張ってる中、私だけ好きに歌うなんて」
「行きたいかどうかを聞いてるんだよ」
「……行き、たいです」
夏休みだというのに梓桜は部活か文化祭の準備かで、ほぼ毎日学校へ来ている。
僕としてはしっかり休暇を取って欲しかったが、休めと言ったところでどうせ聞く耳を持たないだろう。
二人で久しぶりにカラオケに行くことにした。
梓桜は前回と同じようなヘヴィメタル系の曲を、前回と同じようにシャウトしながら歌っていた。
おかしなことに、前に聞いたときよりも『あれ、結構いい曲なんじゃないか?』という感想を抱いた。
それは曲への印象が変わったのではなく、梓桜への気持ちが変化したからな気がする。
そう意識してしまうと、なんか、恥っずいな。
梓桜は歌い終えると、頭を抱えて嘆いた。
「今頃みんな、準備してるのかな。してるよね? うぅ、罪悪感が……本当にごめん」
これはだいぶ、重症だな。
「今の梓桜は休んだ方がいいよ。リフレッシュして、それからまた頑張ればいいだろ」
慰めにはならないと分かっていたけど、この時間、僕は梓桜に気持ちよく歌ってもらうことに集中させようとした。
しかし梓桜は
「そうなんだけど、それだけじゃなくて、なんていうかさ」
握っていたマイクをゴトッとテーブルに置いた。
「みんな全力なんだ。だから文化祭を通してみんな本音で意見をぶつけ合ったり、お互いの新しい一面とかに気付いたりしてる。そういう風に、みんなが自分を
それは相変わらず、梓桜らしい悩みだった。
溜め息まじりに梓桜が続けて言う。
「やっぱり、自分を見せるようにしたら楽になれるのかな」
「どんな梓桜でも、みんな好きでいてくれるよ」
「……え、もしかして口説いてる?」
「口説いてねぇよ」
「……ごめん、冗談だよ。そんな本気で怖い顔しないでよ」
申し訳なさそうな顔を浮かべさせたことに、申し訳ないなと思った。
だけど、梓桜を口説こうなんて気、僕には微塵もない。
少なくとも、今はまだない。
僕が梓桜に求めていることは、夏祭りの日に梓桜が言ってくれたことをそっくりそのまま返したものだ。
梓桜に生きていてほしいし、幸せでいてほしい。
あとそういえば、夏祭りの後に僕は初めてA.S.にメッセージを送った。
まずは話をしようと思った。
さすがに《あなたに生きてほしい》といきなり送るのは、言葉が薄っぺらすぎる気がしたからだ。
できる限り上から目線に感じられない丁寧な文体で、抱えている悩みを可能なら相談させてほしいという旨の内容を送った。
そして、そのメッセージを送信してからA.S.からの連絡はパタリと止んでしまった。
急に連絡が来て不信に思われたのかもしれないし、踏み込まれそうになったのが嫌だったのかもしれない。
せっかくここがA.S.の捌け口になっていたのに、その場所を取り上げてしまい、かなり後悔した。
もう二度とA.S.からの連絡は来ないのかもしれない、そう思っていた。
《たった今、いつものお気に入りの場所にいます》
そのメッセージが送られたのは文化祭本番3日前のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます