第22話 謝罪
夏休みが始まって二週間くらい経つが、人との会話を一切していない。
そんな中、ようやく話をした相手は百合恵さんだった。
もちろん、夢の中で。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今回は真っ白な部屋の中ではなく明らかに野外だった。
公園、と呼んでいいのかは分からない。
辺り一面が緑で生い茂り、その中にぽつんと一つ置かれたベンチ。
そこに僕と百合恵さんは座っていた。
不思議と、前のような感慨深さはなく、僕の心はひどく凪いでいた。
「頬、まだ痛む? 大丈夫?」
「別に大丈夫です。それに、悪いのは僕ですし」
つくづく都合のいい夢だと思う。
どうやら百合恵さんは、僕のここ最近の状況をある程度把握しているようだ。
「……あまり、自分自身を責めないでね」
「いや、僕が悪いんですよ。
そもそもの話、死んだ人間と生きてる人間が似てる、なんていうのが不謹慎だった。
その上で、駿矢のタブーに触れてしまった。
駿矢の中で絶対に譲れないラインがあって、僕はそれを超えてしまったんだと思う。
溜め息を吐きながら上を見上げて、ベンチの背もたれに体重を預ける。
どうせ夢だしな、と思いながら僕は言った。
「今、僕の学校で自殺をしようとしてる人がいるんですよ」
百合恵さんはこのことも知っているかのように、特に驚くような素振りも見せず耳を傾けてくれる。
「自殺した百合恵さんの気持ちを知ろうとしたら、次は自殺したいって言ってる人を止めることになって」
淡々と、僕は続ける。
「まずはその人を探してるんですけど、そもそも見つけたところで止めれる気がしないんです……。結局、僕は人の気持ちに寄り添えないんですよ」
もし僕が百合恵さんのような人だったら救えるのかもしれない。
それか、救おうとしていること自体が傲慢な考えなのかもしれない。
「百合恵さんは、本当に、なんで死んだんですか?」
どうせ夢だし、言い方に配慮する必要はない。
いっそ、二人に放った言葉も夢に変わってはくれないだろうか。
「…………私は」
そこまでだった。
目の前が、だんだんと淡くぼやけていく。
ああ、今回も聞けずに夢が覚めるのか。
夢にすがりつこうとしている自分が滑稽で、また自分自身に嫌気が差した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
目が覚めて、全部がどうでもよく感じた。
というより、考えても仕方がないと思った。
百合恵さんが死んだ理由も、わかったところで既に死んでいるからどうしようもない。
そしてA.S.が死のうとしていることも、僕なんかが干渉すべきことではない。
生きたいと思うのも、死にたいと思うのも、その人がその人なりに抱いた意思だ。
その二つの感情には優も劣もなく、どちらも尊重されるべきである。初めから、他人がどうこう口に出していい問題ではなかった。
そういう思考になると、勝手に抱えていた責任感や使命感みたいな重りが薄れて、心に少し余裕ができた。
そうしてベッドから起き上がる。
一人部屋なのに、なぜか、人の気配を感じ取った。
部屋に、不審者がいた。
「11時だぞ。夏休み、だいぶ
「不法侵入してる奴に言われてもな」
「スマホのパスワードもそうだけどさ、お前ちゃんと鍵かけろよ」
「いや、普通かけるか? 部屋の鍵」
「窓」
「……悪かったな。まさか2階の窓から侵入する犯罪者がこんな近くにいるとは思わなかった」
どういう訳か、駿矢がいた。
来るならせめて連絡をして欲しかったが、そういう部分を駿矢に期待したところできっと無駄なんだろう。
というか最後に駿矢と会った日、たしか僕、殴られたよな?
もっと気まずくなるものじゃないのか、普通。
相変わらずそういう感性が抜け落ちているらしく、駿矢は平然としていた。
「今日、祭りがあるんだってよ」
「それで?」
「春人も行こうぜ」
「いや行かないよ。彼女と行けばいいだろ」
「その彼女がお前のこと誘えってうるさいんだよ」
「はぁ?」
水野のやつは一体何を考えているんだか。
なんで僕がリア充に加わって3人で祭りに行かなきゃいけないんだよ。
こっちの気も知らないで、呑気でいいよな。
「夕方まで時間あるし、ゲームしようぜ」
駿矢はそう言って、ゲーム機のコントローラーを渡してきた。
「行く、なんて一言も言ってないんだけどな」
そのコントローラーを握り、ゲームには付き合うことにした。
対戦系のゲーム、二人で協力しあうゲーム、色々とジャンルを変えながら僕たちは熱を持たずに無言でプレイし続けた。
そうして次第に、窓から差し込む光がゆっくりと赤みを帯びていく。
午後6時、駿矢が気怠そうに腰を上げた。
「じゃ、そろそろ行こうぜ」
「あんまり行く気ないんだよな」
「ゆずがお前に会いたがってたんだよ。すぐに帰ってもいいから、とりあえず来るだけ来てくれねぇか」
そう言われしまい、結局僕は祭りに行くことにした。
水野とは現地で集合するらしい。
祭りの開催地に僕たちは電車で向かった。
吊り革を掴みながら、ぼーっと揺られていると、駿矢がチラチラと僕の顔を窺っていた。
「僕の顔になんか付いてる?」
「いや……あれだよ。顔、腫れてねぇかなって」
まさか、そんなことを心配されるとは夢にも思っていなかった。
「そういうことか。大丈夫だし、気にしなくていいよ」
「そうか……。なら、ま、いいんだけどよ」
駿矢は随分と歯切れを悪そうにしていた。
長年の勘じゃないけど、まぁ、察する。
あの日殴ったことを、ちゃんと謝ろうとしているようだった。
らしくない駿矢がおかしくて、少し笑いそうになる。
「謝らなくていいよ。悪いの僕だし」
「は? 謝らせろよカス」
「その態度で謝られても困るだろ」
「チッ」
「舌打ちするな」
思えば、僕たちが喧嘩をしたときにその仲裁をしてくれたのはいつも百合恵さんだった。
だから僕たちは、二人だけで正しく仲直りする方法を知らずに育ってきたのかもしれない。
改めて、僕たちは面と向かい合った。
「悪かったな……。なんつーか、殴るつもりはなかったんだけど、殴ったのは事実だからな」
「僕の方こそごめん。言葉に、色々と問題があった」
それと、もうひとつ。
ちゃんと謝りたいことがある。
「あと、それだけじゃない。今まで、駿矢のことを勝手に分かってるつもりになってた。そういう奴って決めてつけてた。本当に、ごめん」
「は? 急にどうした? ……別にいいけど」
気にする様子はなく駿矢は普通に呆れていた。
「ちなみに、俺のことをどんな風に決めつけてたんだよ」
「水野をたぶらかすクズ野郎」
「殺すぞ」
高校生にもなって素直に謝るというは結構恥ずかしいものだったけど、そのむず痒さも案外悪くはなかった。
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