第8話ヒモ

 釜留祝典、年齢二十九、結婚七年目。

 今回の事件の最後のターゲットであり、もう一人の主犯格である。

 

 釜留は、好きでもない、得意でもない勉強を、大学で六年もして卒業しているから、学生結婚していることになる。

 卒業してからは就職することもなく、カラオケボックス店で働いていた奥さんを、風俗店に転職させ、立派なヒモ生活が定着していた。


 釜留の一日は、昼過ぎからナンパではじまり、連れができるとそのままホテル。

 相手ができないとパチスロで数時間過ごし、夕方から雀荘に入ると朝の五時まで居座った。

 奥さんが帰宅したころを見計らって、釜留も帰宅していた。


 奥さんが予定より遅く、釜留が帰宅したとき居なかったりしたら、後から帰宅した奥さんを罵倒しながら、暴力をふるっているらしかった。それを奥さんは、ヤキモチからくる愛だと受けとめ、決して病院に行くこともなく、別れる気配もないという。

 

 釜留は、一人で一時も居れないタイプだ。

常に何かに怯えていた。

 厳しすぎた母親の影響か、母親の死とともに歪んだ性格が噴き出していた。

何かにつけ、お伺いを立てていた母親が亡くなったのは、釜留が大学四年目のことだった。


 自由になった嬉しさとは裏腹に、釜留は何も一人では決められない自分を誤魔化すように、女を求めた。しかしときに見せる女の甘えに、釜留は暴力で応えた。


 依頼人の彼女の小丸早也華が言ったであろう、お礼の言葉も、歪んだ釜留には、女の甘えに聴こえたのかもしれない。


 ティとマックは雀荘から出てくる釜留を待ち伏せした。


 都合よく一人で出てきて人気のない路地に入った華奢な釜留を、筋肉質の頭一つ高いティとマックが両脇から挟むと、透かさず釜留は持ち金を差し出して命乞いをした。


 釜留の素早い慣れた仕草にティとマックは一瞬引いたが、釜留の持ち金を差し出した腕を掴み背中にまわし、縄でしばる。そのまま後ろ向きに引き摺り、錆び付いたセドリックのトランクに押し込んだ。 


 釜留を載せた車はティが運転して、その後ろからマックがボルボXC60で追いかけた。


 錆び付いたセドリックは、廃墟と化した町を通り抜け、雑草の生い茂った凸凹道を数時間走って、使われていない暗いトンネルの中央で止まった。

 トンネルの中央に外の光はとどかない。リズムを刻むように、コンクリートの天井から雫が落ちる。


 ティが重い錆び付いたトランクを開ける。         芋虫のついた腐りかけのキャベツの入ったダンボールを、釜留の顔の上でひっくり返し、テキーラを一瓶、釜留の耳から鼻、口元に掛けて流しこむと、勢いよく重いトランクを閉めた。

 釜留がトランクの中で咳き込む音が、暗いトンネルの中で響いていた。


 

 二日後。

 ティとマックが、釜留の休む錆び付いたセドリックのトランクを開けると、異臭の中、キャベツを咥えた釜留が、眩しそうに微笑んだ。


 三日後の午前五時。

 スクランブル交差点で、ミニバンから突き落とされた釜留の顔には、数十個のピアスがチェーンで複雑に連なっていた。


 ティとマックの考える仕置きは、確実にターゲットに訳の解らないダメージを与えていた。僅かでも自分に因があるなんて考えつかないだろう。

 今後の残りの人生は、ちょと大変だろうが仕方ないとティはいう。


 ティが見つけてくるシゴトには、一つだけ共通することがあった。

 ターゲットに被害にあった人物が、自殺していることだ。

 殺されていれば、他殺なら警察が動く。

 ティたちのシゴトにはならない。

 しかし、自殺とわかれば、警察が動くことは稀だ、殆どない。

 稀に原因を追及したところで、その原因の確信犯が直接手をくわえていなければ、殺人罪に問われることはない。


 自殺はどんな理由があろうと、自分を殺す判断をし、実行したのはその本人に間違いないのだから。


 だが、遺された人間は自分を責める。

 原因を知っていても、知らなくても、助けてあげられなかったことで、自分を責める者も少なくないのだ。

 そんな者たちの、生前何もしてあげられなかったけど、お仕置きしたからね……、と墓前に報告することで、区切りをつけて、自分の人生に前向きになるきっかけにして欲しいとティはいう。

 ティが話しを持ちかけるのは、遺された者が自分の無力さを責めず、後を追ったりせずに生き直すためのお仕置きだ。

 

 


    


 

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シゴト フシ @mizuiri

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