第25話 闇市
翌日、遠夜達は依頼主の元へ呼び出されていた。
呼び出された場所は王都中央区にある建物内の一室。
建物の外観は貴族でも住んでそうなくらい綺麗だったし、今いるこの部屋もジェイニルの家や宿屋の部屋とは比べ物にならないほど高級感がある。
部屋に集められたのはアレックス達三人に遠夜とアルテを加えた五人、だけでは無かった。防具や武器で武装した傭兵が他に六人。この依頼を受けたのは遠夜達だけじゃ無かったらしい。
その傭兵達は見るからに荒くれ者っぽくて喧嘩っ早そうな風貌だが、依頼前に揉め事を起こすほど馬鹿でもないらしい。見た目に反して随分と大人しくしている。
すると背後にある部屋の扉がガチャっと空いた。
扉からぞろぞろ入って来たのは黒服に白い髭を生やした老人ひとりと、鎧を着た男が三人。
黒服の老人は知ってる。さっき遠夜達をこの部屋まで案内してくれた執事っぽい人だ。
鎧三人は初めましてだ。
三人の内の二人は鉄色の鎧、真ん中の一人は漆黒の鎧を纏っている。兜はつけていないのでその顔を拝むことが出来ているが、何と言うか気の強そうな顔だ。
すると黒鎧の男は遠夜達傭兵を値踏みするように見渡して、
「ふん、貴様らが今回雇われた傭兵か」
ふてぶてしくそう言った。
「俺はブレイグ、中央憲兵騎士団第一部隊長の任を任されている。今回お前達を集めたのには理由がある。それを今から説明しよう。セドラル」
名前を呼ばれて黒服の老人が一歩前へと踏み出た。
「どうも皆様、セドラルでございます。この館でブレイグ様の執事を務めております。此度の皆様への依頼について、詳しい内容を私めがお話いたします」
老人は結構歳をくった様相だが言動はハッキリしていて、どことなく仕事の出来そうな執事、そんな印象を受けた。
「まず依頼内容ですが、ギルドを通し予めお伝えしていたとおり、皆様にはセントラルマーケットにて警備をしてもらいます。ただここで一つ、皆様にご協力頂きたいことがございます」
そう言うと老執事は主ブレイグの顔をチラッと一瞥し、ジェイドがそれを見て頷いた。
「実は先日、ブレイグ様率いる憲兵隊がとある情報を掴みました。その情報とは今夜
――闇市……早速来たな。
「皆様もご存知かもしれませんが、闇市とは我が国の定めを違反し、不正な売買行為を行っている商賊、あるいはその市場の総称です。彼らは神出鬼没、幾度となく我々憲兵の目を掻い潜り違法行為を行ってきました。しかし遂にその痕跡を辿ることが出来ました。上手く行けば彼らを一網打尽に出来るでしょう。皆様にはそのご助力を願いたいのです」
「話は分かったが、一体何をすればいいんだ?」
アレックスが尋ねた。
「はい、皆様にはマーケットの警備をしつつ怪しい現場や不審な者を探してもらいます。そして何らかの手掛かりを掴んだ際は、憲兵隊の騎士にご報告を願います」
「……? それだけか?」
「はい。ただし、もし何か発見したとしても勝手な行動はお控えください。必ず近くの騎士にご報告をお願いします。そして当然ではありますが、この話は決して他言せぬよう。皆様へのお願いはこれだけです」
聞いただけなら随分と簡単な依頼に聞こえる。それに報告だけでいいということはつまり、遠夜達は戦ったり犯罪者を捕まえたりしなくていいと言うこと。
すると別の傭兵チームにいた、角付きヘルメットを被ったバイキングみたいな大男が声を上げた。
「おいおい、俺らに探偵の真似事をやれってのか? 俺たちゃ傭兵だぞ」
「探偵とは少し異なりますが、危険も少なく皆様にとっても悪い提案では無いと」
「ざけんじゃねえ! 俺たちゃ傭兵、実力示してなんぼだろうが! 元々市場の警備ってだけでも退屈な任務に、余計な条件引っ付けやがって」
「そうだ! いいとこ取りはさせねぇ!」
大男に便乗して誰かが言った。
それが依頼だし言ってもしょうがないとは遠夜も思うのだが、彼らの言いたいことも分かる。実際遠夜も猫探しなんてやってられねーとEランク依頼を蹴ったわけだし。
すると黒騎士ブレイグが一歩踏み出て言い放った。
「まったく、これだから蛮族は困る。貴様らの戦力など元より期待していない。貴様らは黙って指示に従っていればいいのだ」
その言葉に周囲のムッとした感じが伝わってきた。
すると腹を立てたメットの男がやな目つきをして、
「冗談じゃねぇ、俺たちゃ好きにやらせてもらうぜ。あんたらよりも先に闇市の連中を炙り出して――」
それを言い終える前に、ブレイグの剣がメットの男の顎先に止まった。
凄まじい殺気が放たれた。
部屋中に緊張感が漂う。
メットの男の額に汗が滲んでいる。
「言っておくがこの情報を話した段階から、お前達に拒否権は無い。もし我々の指示に背いたり情報を漏洩した場合、国への反逆と見なし即刻この俺が切り捨ててやる」
この異常な威圧感を遠夜は身を持って知っている。
この騎士はまさか。
「グランドナイトだ」
遠夜の耳元でアレックスが小さく囁いた。
「桁違いのマナだ。頼むから今回は揉め事は無しにしてくれ」
「わかってる」
遠夜だってこんなところでグランドナイトとやり合うワケにはいかない。
横目でアルテを見てみたが、表情を強ばらせて口を噤んでいる。絶対余計なことは言うなと念を押しておいて正解だった。
しかし以前出会ったグランドナイトにはアルテの呪いを一目で見抜かれたが、今回は気づかれていない様子だ。グランドナイトによって勘のいいのと悪いのがいるのか、もしくは先日のアシュリーによる解呪が影響しているのだろうか。理由は分からないが、運が良かったと思っておく。
「わ、わかった……あんたらに従うよ」
メットの男が両手を上げて降伏すると、殺気を解いたジェイドが静かに剣を収めた。
すると今度はゲイルが「一つ質問していいか?」と手を上げた。
「本来セントラルマーケットの警備は騎士や騎士見習いの仕事のはずだ。何故今回俺達を雇った?それもこんな破格の条件で」
するとセドラルは騎士ブレイグの顔を見た。話していいのか迷ってる素振りだ。
するとブレイグがため息をついたあと、その口を開いた。
「協力を得るには多少の情報共有は必要か。ふん、いいだろう。それについては俺から話す。昨今、我が国は東の連合国との小競り合いが多くなってきている。おそらく直に
アレックス達の予想は大方当たっていたようだ。
「わかっていると思うが、この件に関しても他言は無用だ。破れは即斬り捨てる」
ブレイグはまた物騒なことを言う。
「では皆様、あとの詳しい説明は私からお話させていただきます」
執事セドラルが空気を断つ様に、落ち着いた様子で話を続けた。
*
王都中央区、セントラルマーケット。都市最大の大市場であるここには様々な商店が密集している。
武器防具屋から道具雑貨屋、服に飲食に外国輸入の珍品までありとあらゆるものが揃っている。
行き交う人々でごった返し、喧騒で頭がクラクラしてる気さえする。
まるで祭りだ。以前買い物をした東区の市場なんて目じゃないほどの賑わいだ。
辺りをキョロキョロと見渡しながら人混みの中を歩いていく。
セントラルマーケットは大きく円を描く様に造られた通路をクルクルと時計回りに歩きながら、両サイドに立ち並ぶ店々を見て回るのがセオリーだ。
遠夜とアルテの担当はマーケットの西南エリア、アレックス達三人は東南エリア。合流しようと思えばいつでも出来るが、人手が多い訳でもないし分散して捜索した方がいいと判断し別れることにした。
しかし人も物も多すぎて、全部をきっちり見て回るのは難しそうだと感じる。この中に隷呪の鎖が売られてても気づかないかもしれない。
「ねぇ見てトーヤ! 変な魚!」
アルテが遠夜の袖を引っ張って指をさす。
その先には頭から提灯をたらした青紫色の気味の悪い魚が叩き売られてた。
アルテの奴は完全に遊び気分だ。
「おいアルテ、一応初任務だぞ? もちょっと気合い入れて集中しろよ」
「わ、わかってるわよ。でも私が想像してた様な仕事じゃないと言うか、街中をパトロールするだけなんてなんか拍子抜けって感じ」
遠夜にも気持ちはわかるが、こんな簡単な任務で金貨十五枚は破格だ。真面目にやらねば申し訳ない気がする。せめて最低限の役には立たないと、と思う。
とは言え、実際に闇市の現場を見つけたら迷わず潜入するつもりでいた。ブレイグ達には勝手なことをするなと念を押されたが、それは無理な相談だ。何せ隷呪の鎖に関する情報がそこにあるかもしれないのだから。
しかしながら、おそらくだが騎士団の連中は闇市の開催場所の目星がある程度はついているのだろう、と遠夜は考えていた。それを遠夜達に教えてしまうと厄介なことになりかねないので伏せているに違いないと。
大体、依頼が掲示されたのが作戦決行日の前日というのも急すぎる。普通なら一週間前には募集をかけるべきだし、突然人手が必要になったって感じがする。
きっと数日前に突如闇市の情報が入ってきたんじゃなかろうか。ただ作戦を決行するにあたってマーケットの巡回警備に充てる人手が不足してることに気づいて、仕方なく傭兵を雇うことにしたとか。もし遠夜達傭兵が何か新たな情報を掴んでくれたら儲けものくらいに考えているのだろう。
「とりあえず警備をしつつ、闇市に関する手掛かりを探そう」
今回の依頼に参加したのは金だけが目当てじゃない。さっさと闇市の開催場所を特定して情報を掴まないと。
それからも遠夜とアルテはひたすらにマーケット内を巡り、闇市に関する情報を探し続けた。
それからかれこれ二時間歩き回り、アルテの駄々こねが丁度始まった頃だった。
「つーかーれーたー」
「我慢しろ」
「あんたは良いわよね体力オバケ」
「わがままオバケ」
「なんか言った?」
「何にも」
「うそ。今絶対にバカにしたでしょ」
「ホントに何も……」
軽口を叩きながら視線を動かした時だ。
視線の先にとある場所が写った。
オークション会場だ。
会場の入口前にはタキシードを着た一人の男性スタッフが立っている。
今、会場の中に人が入っていくのを見た。さっきここを通った時は確か、今日のオークションは終了したって言ってたはずだ。そう言われた人が門前払いで返されてたのを見た。けど今、確かに一人の客が会場内へ通されたのを目撃した。
第一、閉場してるならスタッフがずっとそこで立ってるのも変だ。オークションがまた再開したのか。しかし男性スタッフの隣に立てられたパネルには閉場の文字がちゃんと書かれてある。
怪しい。そう思った矢先、一人の男が会場入口へふらふらと歩いていき、男性スタッフに話しかけた。
二人は何かを話している。
周囲の雑音で聞き取りづらい。
感覚を集中させ、聴力を研ぎ澄ませる。
怪しまれないように歩きながら、雑音と二人の話し声を聞き分けつつ二人の口元を確認して、会話の内容を照合する。
『……のオークションは終了しております』
『そうかい、そいつは残念だ。アーバンの紹介で来てみたんだがな』
『……ああ、どうぞ中へ』
何故か男は中へと案内された。
状況、二人の表情、声色、何だか全部怪しく見えてくる。
「アルテ、見つけたかも」
「え!? うそ、どこどこ!?」
「ばか、キョロキョロするな。まだ確定じゃないけどかなり怪しい。今から潜入する。俺が上手いことやるからアルテは何も言わず顔を下げてろ」
「う、うん」
緊張した面持でアルテはフードを深く被った。
オークション会場の入口前まで行くと、すぐに男性スタッフが道を塞いだ。
「すみません、本日のオークションは全て終了しました。またのご来店をお待ちしております」
さっきの男の時と同じパターンだ。
おそらくはこれに対する返答次第で、闇市に関係する人間かどうかを判別して案内しているに違いない。多分合言葉的なものがあるんだろう。
――やってみるか。
「アーバンの紹介で来た」
遠夜のその言葉を聞いても男性スタッフは表情一つ変えない。
はずしたかと一瞬そう思ったが、
「こちらへどうぞ」
男性スタッフは手で誘導するように遠夜達を会場内へと案内した。
安堵の息を我慢しながら、遠夜とアルテは会場内へと踏み入った。
中に入ると薄暗い受付があり、待ち構えていた女性スタッフが「こちらへ」と遠夜達を案内する。
通路の奥の端にある壁を女性スタッフがいじくって、ガコッという音と共に地下へ続く隠し階段が現れた。
あたりだ、そう思った。
階段を下りながら息を飲む。こりゃ中々見つからない訳だ。
階段を下り切ると、広々とした会場が現れた。紫色のライトアップで照らされた空間には既に満員に近い人々が集まっている。
ザワついてはいるが人数の割には意外と静かな方だ。
スタッフに「お好きな席へどうぞ」と言われたので、適当に空いてる席に腰掛ける。
隣に座ったアルテが目を輝かせて今にも何かやらかしそうな雰囲気だ。
しばらくの間ジッと座っていると、左斜め前から圧のある大きな声が響いてきた。
「まったく、いつまで待たせる気だ! おいお前達、主催者に伝えてこい。わしの名前を出しても構わん」
偉そうに騒いでいるのは高そうな衣服を纏った太った男。見るからに一般市民ではなさそうだ。
「閣下、お静かに願います。もし閣下の身分が漏れでもしたら問題になります」
傍にいた赤茶髪の青年が困り顔で言う。
「わしに指図するとは偉くなったものだのうギード」
「……」
ギードと呼ばれた青年は「めんどくせー」とでも言いたげな顔をして黙り込んだ。
身分を隠してるっぽいが丸聞こえだ。周囲の視線もちらほら彼らに集まっている。
人の振り見て我が振り直せだな、と遠夜はアルテに念押する。
「アルテ、わかってると思うがお前は余計なことはしないでくれよ」
「わかってるわよ!」
アルテはキラキラ輝く瞳でそう答えた。
本当にわかってるのか?と思ったその時、会場内のライトがプツンと消え去り、中央ステージのど真ん中が白い光で照らし出された。
そこに現れたのは髭を生やした黒服の男。
男はマイクの様な何かを片手に声高らかに言った。
「紳士淑女の皆様、本日はお集まり頂き誠にありがとうございます。今宵はこの地下会場にて夢と希望、そしてあらゆる欲望を叶えましょう。大変長らくお待たせいたしました。これより真オークションを開催致します」
実際のマイクのように大きく反響する司会者の声に応える様に、周囲の客席から怒号のような歓声が響き渡る。
その熱と圧に遠夜とアルテは少し押されていた。
「さあ今宵の出品は何と異例の二十二点!」
再び歓声が上がる。
間髪入れずに司会者が叫ぶ。
「さあ早速参りましょう。まずはコチラ」
言われて出てきたのは巨大な檻に入れられた怪物だった。ゴリラの様な毛むくじゃらの肢体に赤い眼、悪魔の様なツノが頭から生え出ている。怪物は全身をガチガチに拘束されているが、お構い無しに身の毛もよだつ叫び声を上げて暴れている。
「最初の品はなんと生きたアトラスホーンです。こんな凶暴な魔獣を生きたまま買えるのはここだけ。ご準備はよろしいですか? では金貨50枚からのスタートです」
「60!」
即座に声が上がった。
それに釣られたように次々に声が上がり、掛け金が釣り上がっていく。
「62」
「65!」
「70!」
「80だ!」
「おお〜」と歓声が上がる。
「80、80が出ました。他にいらっしゃいませんかー?」
80を超える者は現れない。
「では80で締め切ります。そちらの方、スタッフより番号をお受け取りください。商品の受け渡しは後程別室で行います」
――なるほどこれが闇市か。普段からオークション形式なのか?それとも今回は特別?それにしたってあんな怪物買い取って何に使うんだ。とりあえず最後まで参加してみよう。
「さあ続きましてこちら……!」
登場したのは小さな小瓶だ。
なんだあれ、とみんなが思っただろう。
「こちらはピクシーの羽を使って作られた強力な媚毒でございます。男でも女でも、一滴垂らせば狂い、ひと瓶使えばその命尽きるまで性を貪る獣となりましょう。こちらは金貨30枚からスタートします」
激しい攻防戦だった。
競りの値は膨れ上がり、最終的に金貨75枚で落札された。
いかれてる。
「最っ低……」
アルテがドン引きの顔で呟いた。
すると今度は再び鉄の檻が舞台上に登場した。また怪物でも出てくるのかと思ったが、檻に被せられた布が取られた瞬間、遠夜達は言葉を失った。
「こちらは東の国より捕獲した猫人族の娘です。彼女はまだ十歳と若いですが、顔立ちは非常に端正、家事炊事に礼儀作法は粗方仕込んであります。ここからどう成長させるかはお客様次第です」
すると檻のそばに立っていた仮面の男が、少女の足元をバチンッと鞭で鳴らした。
鞭の破裂音に怯えた様に、少女は引き攣らせた笑顔で観客に手を振り始める。
――これか。これがジェイニルの言ってたことなのか。
「今回は特別サービス、既に隷属の呪具を首に掛けております。契約すればすぐにでも貴方様の奴隷となりましょう。今回は金貨50枚からのスタートです」
「55!」
「60」
「70!」
値段はどんどん競り上がっていく。
「80 80です! 他にいらっしゃいませんか? いなければこちらの金額で」
「100」
一瞬間が空いたあと「おお〜」と歓声が上がる。
金貨100枚を提示したのは左斜め前に座る先程の高貴そうな太った男だった。
「100! 金貨100枚が出ました! 他にありませんか? …………おめでとうございます! 金貨100枚で落札となります!」
「ぐふふふ」
したり顔で太った男が笑う。
それを見てなのか何なのか、奴隷の少女が怯えた様子で泣き始めた。
「こら! 泣くのをやめろ!」
鞭男が怒鳴りつけ、奴隷少女はさらに泣きわめいた。
隣にいたアルテが物凄い目付きで立ち上がる。
それを見て遠夜はすぐ彼女の腕を引っ張った。
「落ち着けアルテ! 何する気だ!?」
「何って助けるのよ……!」
「今は無理だ! 大人しく」
「あんたは何とも思わないの!? こんなの許せない!」
「俺もそうさ……! でも今は無理だ!」
「どうして!? あんたなら助けられるでしょ?! 私を助けたみたいに……!」
周囲の視線が遠夜達に向いている。
これ以上目立つのはまずい。
遠夜は声のトーンを落としてアルテと向き合った。
「アルテ、この監視の中じゃ無理だ。気配を消してるけど腕のある警備があっちこっちにいる。俺もあの子を助けたい。でも今じゃない、わかるだろ?」
「……っ」
「後で俺が何とかする。だから今は抑えてくれ」
すると力が抜けたみたいにアルテが座り込んだ。
「お見苦しいところをお見せしました。さて続いての商品はこちら、鳥人族の少女です」
それから先登場した商品の殆どは奴隷となった獣人族の少女達だった。
怯えた少女達がステージへと連れてこられるその度に、アルテの表情は苦悶に歪んだ。
残るは三点、そろそろオークションが終わる。その前に彼女達の救出方法を見つけ出さなければ。
――サラ、起きろ。
『はいマスター、ご命令をどうぞ』
――この建物の内部構造を探る、力を貸せ。
『了解』
遠夜はフォーススキル〈サーチ〉を発動。エナジーフォースが波のように周囲に広がり、跳ね返ったエネルギー波をサラが感知解析する。
建物の構造が見えてきた。
ここまでオークションの流れを確認していたが、少女達はステージに上がったあと必ず右奥の舞台袖の方へ連れて行かれる。おそらくその奥が控え室。更にその先に通路があって、奥に進むと広い空間があるのがわかった。だがサポートデバイス無しでは流石にこれ以上正確なサーチは無理。
しかし通路の警備はザルだ。控え室に二人、その先の通路には人の気配はない。
これなら何とかなるかもしれない、とそう思う。
彼女達はまだこの建物内にいるはずだし、アルテをここに残して遠夜が一人で少女達の救出に向かったとしても、確実に呪いの制約圏内だ。
――いける。あとはタイミングをどうするか。
全員を助けるなら、まず全てのオークションが終わるのを待つ必要がある。オークションが終われば舞台袖から控え室、通路を通って奥の部屋へと少女達が運ばれるだろう。そこでおそらく商品の受け渡しがあるはずだ。
少女達が受け渡される前に全員解放する。なるべく事を荒立てない様に出来ればいいのだが、難しいだろう。だがやらねば。ここで彼女達を見捨てればアルテを裏切るも同然。それに遠夜自身が心底気に食わない。
――闇市の連中全員、一泡吹かせてやる。
「さあいよいよ今宵のオークションも次の商品で最後となりました。それでは本日の目玉、是非ご覧あれ」
歓声が上がった。
その少女は儚げな表情を浮かべていた。濡髪のような、艶のある淡い桜色の髪。耳の先が尖っている。
「北の大陸で捕らえられた神秘の種族、エルフの少女です……!」
再び大歓声。
「ご存知の方もいるやも知れません。エルフは二百年の時を生きますが、その美貌は衰えることを知らず、死ぬまでその美しさを留めるのです。更に魔法への適正だけではなく精霊との親和性も高く、育てあげれば兵器としても活用出来ます。そんな彼女の齢はまだ十八、今後百年以上の時を生きるでしょう」
鳴り止まない歓声と野次。
「欲しいっ……!」
「よこせぇええ!!」
狂った様に観客達は騒ぎ立てる。
こいつらは全員、頭がどうかしてる。
「さあそれでは参りましょう。最終オークションを開始いたします。まずは金貨100枚からのスタートです」
「150」
ざわつく周囲。
左前の太った男がいきなり飛ばしてきた。
「175!」
誰かが食らいつく。
「チッ、200だ!」
太った男が対抗する。
「……っ250!」
「300!」
「……さ、325!!」
また周囲がザワつくが、お構い無しに金額は膨れ上がる。
そしてついに、
「750!!」
誰も手を出せない金額で太った男が満足気な顔で落札した。
――こんな馬鹿げた金額を簡単に出せるなんて、このおっさん一体何者なんだ。いやそんなことより、早く少女達を救出しないと。
遠夜がそう思った直後だった。
「全員動くな!!」
どでかい叫び声が会場の真後ろから響いた。
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