第18話 護衛

 翌日早朝、宿屋を出た遠夜達は馬を預けていた店の前にいた。


「良い子にしてたか?」


 そう言って遠夜は盗賊から奪った馬の頭を軽く撫でた。馬は相変わらず大人しくしている。


「随分大人しい、いい馬だ。名前はなんてんだ?」


 店のオヤジが優しい目付きで言う。


「名前?」

「何だ名前もつけてやってないのか?」

「ああ、確かに……」

「そりゃいけねえやい。可哀想だ」


 店主に言われて遠夜はうぐっと押し黙る。


「じゃ、じゃあ名前をつけるか……」

「はいはい!私、いい名前思いついたわ!」


 アルテが元気よく手を上げる。


「言ってみ」


 遠夜はアルテのことだからとあまり期待せずに聞いてみる。


「フォーティア」


 それを聞いて遠夜と店主は「おお〜」とハモる。

 思っていたよりもいい響きだ。


「由来は?」

「私が好きだったおとぎ話の王子様が乗ってた馬の名前!」

「意外にロマンチストか?」

「わ、悪い!?」

「いや、いいと思うぜ。そうしよう」


 しかしアルテは顔をむくれさせている。

 すると店主が馬の胴を撫でながら言う。


「よ〜しよし、お前の名前は今日からフォーティアだってよ。よかったな〜」


 それ見て、本当に馬が好きなんだろうなと遠夜は思う。


「じゃな、大事にしてやれよ兄ちゃんたち」

「ああ、世話になったな」

「また機会があれば寄ってってくれ」

「そうするよ」


 そう言って遠夜はフォーティアを引いて店を出た。


「もうこのまま出発するの?」


 隣でアルテが尋ねる。


「うん、でもその前に行きたいところがあるんだ」

「行きたいところ?」

「ああ、酒場で聞いたんだけど、ここから丁度王都まで向かう馬車が出るみたいなんだ。その人達なら王都までの最短ルートを知ってるだろうし、同行させて貰えないか聞いてみようと思って」


 ここから王都まで単純に一直線に進めばいいというものでは無い。場合によっては再び森に入らなければならなかったりもする。そうなった時、遠夜達だけでは迷う危険もあるし、怪物に遭遇するリスクもある。

 けれど御者の人間なら王都への安全な道のりも心得ているだろうし、自分達だけで行くより効率的で安全だと考えた。


「さー行こう、早くしないと馬車が出ちゃう」


 そうして遠夜とアルテは酒場で聞いていた情報を頼りに、街の北口へと向かった。

 酒場の店主の情報によると、酒造業を営んでいるグマルという男が、今日の朝大量の酒を積んで王都へ馬車を出すらしい。遠夜たちはそこへ同行させて貰うつもりでいる。

 北口まで向かうと、丁度入口付近で複数の男達が荷馬車に荷物を運び込んでいる姿が見えた。きっと彼らに違いない。


「なあ、ちょっといいかな」


 声を掛けたのは近くにいた太めのちょっと偉そうなオヤジだ。


「ん? なんだお前たちは」

「グマルって人を探してるんだが」

「わしがグマルだが、何か用かね」

「ああ、王都へ馬車を出すって聞いてね。もし良ければ俺と彼女を同行させてくれないかなと」


 隣にいるアルテは赤い外套のフードを深く被っている。彼女の耳はかなり目立つから。とは言っても尻尾までは隠せていないし、目の前のオヤジもすぐに気がついた様子だった。


「ふん、他を当たってくれ。ただでさえ荷物が多いいんだ。人を乗せる余裕なんかない」


 あっさり断られてしまったが、ここで諦める訳にもいかない。今から他の馬車を探すのも面倒だし、これ以上この街に長居はしたくない。


「何とか頼めないか、金なら払う」

「ふん、いくらだ?」

「銀一枚でどうだ?」

「ふん……」


 グマルは遠夜の全身を上から下まで舐めるように見たあと、隣にいるアルテをチラ見して言った。


「銀貨三枚だな。それなら考えてやる」


 ――このジジイぼったくりやがって。正直銀貨一枚でもかなり高い方だろ。


 硬貨の入った袋を開いて中を確認する。

 金貨五枚、銀貨六枚、残りは端数。路銀としてはかなり心もとない。払えない額じゃないが、ここでの出費はなるべく避けたい。どうしたものか。


「どうした? 払えないなら他を当たってくれ、今忙しいんだ」

「待ってくれ。銀貨はないけど力は貸せる」

「ん?」

「こう見えて俺は結構強いんだ。もしもあんたらに危険が迫ったら、俺が守ってやる。それでどうだ?」


 そう言うと、目の前でオヤジは大笑いを始めた。


「お前がこの馬車の護衛を? ははっ生憎だがもう護衛は雇ってる」


 そう言ってオヤジが指をさした先には鎧を着たいかにも強そうな連中が三人いた。多分傭兵か何かだろう。

 ついていない。


「わかったか? お前らなんぞの護衛は要らんのだ。わかったらさっさとあっちへ行け」


 オヤジは「シッシッ」と手首で追い払う。

 これは無理そうだな、諦めるっきゃない。そう思った時、隣にいたアルテが口を開いた。


「ふんっ、バッカみたい。あんな奴らよりトーヤの方が百倍強いに決まってるのに」


 ――げっ、バカそんな大声で言ったら……。


「そいつは聞き捨てならねぇなお嬢さん」


 ほら言わんこっちゃない。鎧を着けた金髪髭面の男の一人がこちらへ歩いてきた。


「そいつが俺達より強いとは到底思えないね。これでも俺達は何年も傭兵やってるんだ。特にウチのリーダーはアークナイト級の実力者だし、俺自身もナイト級の実力はあると自負している」

「ふんっ、それがどうしたって言うのよ。トーヤは凄いんだからっ。森にいたジャイアントスネークだって一発よ」

「はっ、ジャイアントスネークね。本当ならグランドナイト相当の実力だ、本当ならな」

「何よっ、私が嘘ついてるって言いたいわけ!?」

「こらこら、アルテやめとけって」


 ムキになるアルテの肩を押さえる。


「あんたバカにされてんのよ!? 悔しくないわけ!?」

「しょうがないだろ。怒ったってどうにもならないんだから」

「でも……っ」


 アルテは納得いかないといった表情だ。

 遠夜はアルテが自分のことでムキになってくれるなんて意外だった。けれどこの場は引かなければ。事実どうこうより、この馬車の持ち主自身が護衛を選んだのだからしょうがない。ここは銀貨三枚払ってでも同行させてもらうべきだろうか。

 遠夜がそうこう考えていると、少し離れた場所にいた傭兵の仲間二人が近づいてきた。

 一人は屈強なガタイだが鎧ではなく厚手の革防具を着ている、彼がリーダーだろうか。もう一人は女だ。随分軽装だが彼女も傭兵の一人のようだ。


「ゲイル、その辺にしておけよ」

「そうよ。そんな子供虐めて、可哀想でしょう」

「嫌だね。舐められたまま引き下がれるか」


 ゲイルと呼ばれた金髪髭男はまだお怒りのようだ。

 すると革防具のリーダーらしき男が顎に指を当て少し考えたあと、


「そーだな。そこまで言うなら、お前ら決闘してみたらどうだ?」

「ちょっと本気? 相手は素人よ?」

「まあまあ、ゲイルも加減くらいするさ。どうせ一瞬で終わる」

「でも……」


 女性は反対しているが、男ふたりは割と乗り気だ。

 金髪髭男は腰に指していた長剣を音を立てて引き抜いて言う。


「俺は一向に構わないぜ? どうするんだあんた?」


 余裕の表情で煽ってくる。引き返すなら今しかないぞ、とでも言いたげだ。

 しかしこれはチャンスでもある。ここで実力を見せられれば、銀貨一枚で馬車に乗れるかも。

 遠夜は少し迷ったうえで決断した。


「よし、乗った」

「やっちゃいなさいトーヤ! コテンパンにしてやりなさい!」


 アルテが手をぶんぶん振り回して興奮している。流石に遠夜だって罪のない人間をコテンパンにする気は無い。出来れば怪我をさせないようにこの場を収められないかと考えていた。


「ふん、まったく。出発前までに済ませてくれよ」


 グマルのオヤジが不満げに言った。

 馬車から少し離れた場所で剣を抜いた男と対峙する。


「本当に挑んでくるとはな。女の手前、後に引けなくなったか。だがその勇気だけは認めてやる」


 こちらを睨みつける男を他所に、遠夜はじっと相手を観察する。

 剣を持った相手との戦闘は久々だった。いいや、以前盗賊と戦ったんだった。けれど、確かにあいつらとはどこか気迫が違う気がする。

 男が剣を構えた。


「その軽装を見る限り、魔術師か何かか? いずれにしてもお前に勝ち目はない」


 男はそう言うと構えた左足に力を込め、地面の砂利をすり潰した。

 次の瞬間、勢い良く男が直線的に飛び込んで来た。

 驚いた。想定よりも遥かにスピードが早い。この速度は最早、ASホルダーと同等の領域に達している。

 だが――


「ストライク」


 右脚で軽く地面を踏み付けフォースを放出すると、爆発的な衝撃波が地面ごと抉りとる様に男の身体を宙へと弾き飛ばした。

 飛ばされた男の身体は空中で数回転したあと、鈍い音と共に地面に叩き付けられた。


「ゲイルッ……!?」


 彼の仲間が驚いた声を上げてすぐに駆け寄る。

 抱き起こされた男は「いつつ……」と腰を摩っている。

 一見派手に吹っ飛ばしたように見えるが、ただ広範囲に衝撃波を放出したに過ぎない。的を絞れば身体ごと爆散していたかもしれないが、この程度なら怪我もないだろう。


「平気か?」


 遠夜も駆け寄って尋ねたが、やっぱり怪我は無さそうだ。


「あ〜くそ、マジかよ、どうなってる……」

「ふふんっ、だから言ったでしょ。トーヤは強いって」


 後ろでアルテがご満悦の表情だ。それを見て、金髪髭男が少し笑う。


「ふっ、確かに強いな。恐れ入ったよ。マナを一切感知出来なかった。俺の負けだ。お前達を嘘つき呼ばわりしたことは謝罪する」


 男がそう言って握手を求めてきたので、遠夜も彼の手を取った。


「よし、これで仲直りだ。短い間だがこれから一緒に旅をする仲間だ。よろしく頼む」


 ゲイルと言っただろうか、彼は案外良い奴なのかもしれない。


「ああ、よろしく」


 遠夜とゲイルが笑顔で握手を交わすと、その仲間二人も笑って話し始めた。


「にしてもあんた強いな。まさかゲイルを倒すとは」

「そうね、驚いちゃったわ。そっちの女の子もごめんなさいね」

「ふ、ふん。別に……」


 アルテも顔を赤くしてそっぽを向いているが、もう怒ってはいないようだ。

 何となく皆いい雰囲気だ。そう思っていた矢先に、水を差す奴が現れた。


「ふんっ、勝手にお前達だけで話を進めよって。銀貨三枚の条件は変えんぞ」


 ふてぶてしい顔でグマルがそう言った。この雰囲気で良く言ったなこの人、と遠夜は逆に感心する。


「何でよ!? 私達の強さは証明したでしょ!?」


 アルテがキレる。


「ふん、お前達が勝手に決闘だのと盛り上がっただけで、わしは別に値段を変えてやるとは一言も言っとらん。大体今更護衛が一人二人増えたところで何が変わるというんだ」


 確かに、そんなこと一言も言ってなかったような。


「おいおい、護衛をケチるなよ。こんな手練の傭兵をタダで雇えることなんかないってのに」


 ゲイルが頭を掻きながら言うと、


「ええい煩いわ! 雇われの分際でわしに指図するな! そんなにそいつらを乗せてやりたいならお前達が銀貨を払えばいいだろう!」


 グマルは顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。その辺は彼が決めることだし、遠夜達が何を言っても意味がない。

 仕方がないが、銀貨三枚を払うしか無さそうだ。とそう思ったところで、革防具の男がグマルに向かって一歩踏み出した。


「分かりました。では我々の報酬分から銀貨三枚を引いてもらって構いません。それなら問題ないでしょう?」

「えっ」


 驚いて声が出た。

 この人は急に何を言っているんだろう。


「ふん、それならば構わん。護衛の数も増えるしな」


 グマルは相変わらず偉そうにしてはいるが、どうやら遠夜達を同行させてくれる気らしい。


「おい、いいのかあんた?」

「なに、大した額じゃないさ。迷惑かけたお礼ってな。それにあんたらがいた方がこっちも仕事が楽でいい」


 男は笑ってそう答えた。本当にいい奴らなのかも、と遠夜は思う。



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