第8話 不思議な集落
ただひたすらに森の中を歩いている。目の前にはボロ服を着た少女の背中がある。
あたりは薄暗く、不気味な静けさの中にフクロウのような鳴き声が時折響いている。
遠夜は何だか不安になってきた。もう二日もこうしているが一向に変化はない。いや、歩く度に周囲の薄暗さと不気味な静けさはより一層増しているし、変化が無いとはいわないが。しかし本当にこのまま彼女の背中を追ってもいいのだろうかと、そう考えていた。
巨大蛇から少女を救ったあとのことだ。
結果から言うと彼女は少し大人しくなった。彼女を助けたことで少しは信用が得られたのかも知れないし、単に遠夜の実力を見て逃げきれないと諦めてしまったのかも知れない。何にせよ、もう遠夜から逃げようとする素振りも見せなくなったし、遠夜が焼いた鹿の肉もちゃんと食べてくれるようになった。
そしてもうひとつ変化がある。それは彼女が遠夜を案内してくれるようになったことだ。
夜が明けると少女は森の奥を指さして見せ、その先へ進むよう彼に指示した。初めは驚いたが、すぐに自分に道を示してくれているのだと理解し、彼女の背中について行くことに決めた。
恐らくだがこれは彼女なりのギブアンドテイクなのだろう、と遠夜は思う。彼女はどこか人里への道のりを知っているが、この森を一人で抜けられる力がない。そこで遠夜を案内する代わりに護衛をさせよう、ときっとそういう腹なのだ。
その申し出は遠夜としては非常にありがたいことだ。このまま森にいても埒が明かないし、人が多ければ情報収集もやりやすいと言うもの。
とは言え、先程も言ったが二日歩き続けて現在まで何の変化もない。寧ろ森の奥深くへと入り込んでいるようにすら思える。本当にこっちで合っているのだろうか、という不安は常にあった。
それにここまで来るのも簡単ではなかった。
日の出ているうちは常に歩き続け、日が落ちれば野宿するという形をとっているのだが、常に歩きっぱなしの少女の体力を考えれば当然十分な休息が必要となる。その休息を確保するために、彼女の睡眠中に遠夜は一切の睡眠を禁止される。二人が同時に眠ってしまえば外敵からの襲撃に対応出来ないからだ。かと言って遠夜が眠りにつき少女に警戒を頼んだとしても、異変を知らせる前に彼女が怪物に喰われたらなんの意味もない。そんなわけでこの二日間、遠夜は一睡もしていなかった。
しかしながら食糧と飲水にはさほど苦労はしなかったのは唯一の救いだった。食糧に関して言えば鹿の肉や魚で作った保存食があったし、飲水に関しては少女が大樹の根に水が溜まっているという情報をジェスチャーで教えてくれた。正確には地面から飛び出している比較的太い根っこで、ナイフで切り付けると中に溜まっていた水が溢れてくるのだ。
そんなこんなで何とかここまで生き延びることが出来たのだが、遠夜にも流石に疲労が溜まってきている。これがまだ何日も続くようなら、一度どこかで少しだけでも睡眠をとる必要があった。
「***、*****――!」
そんなとき、突然少女が森の奥を指さしながら何か話し始めた。
「何だ? なんて言ってるんだ……? サラ、言語の解析ってどうなってる?」
『解析を進めていますが情報が少なすぎて殆ど進行していません』
「まあ、そうだよな……」
彼女が遠夜に直接言葉を教えてくれれば少しは解析も進むというものだが、生憎とそこまで彼女と親密な関係は築けていない。歩いている時も食事の時も、彼女は終始無言なのだ。遠夜が話し掛けても殆ど口を開かない。以前に比べて信用を得られたかもとは言っても、警戒されていることに変わりはないようだ。
「とにかく彼女に着いてってみよう」
そうして少女の背中を追うと、
「これは……」
そこには大きな沼があった。
その沼の中からは巨大樹が幾つも生えていて、根っこが完全に見えなくなるくらいにまで水に浸かっている。水質自体は非常に綺麗で、水の流れは殆どなく、微かに揺れ動く水面には無数の大樹の影が映り込んでいる。
そしてもうひとつその沼地にあったのが、
「ボートだ」
木で造られたオールで漕ぐタイプの古びた小舟がひとつ、紐で近くの木の根に繋ぎ止められていた。
「これに乗るのか?」
「****」
少女はボートに繋がった紐を外すと、それを両手で水辺へと押し出して一人勝手にボートに乗り込んだ。慌てて遠夜もボートに乗り込む。
乗り込んでみて思ったが、随分古びた小舟だ。沈んでしまわないか少し心配だ。
「***!」
少女が指さす。
あっちへ漕いで行けと言う意味に違いない。そう思って遠夜はオールを手に取り、船を漕ぎ進めた。
この辺一帯は異様に薄暗い。原因は密集した大樹の群れだ。数十メートル上空で広がる枝葉が空からの光を遮っているせいだろう。周囲の静けさも相まってかなり不気味な雰囲気が漂っている。
大樹と大樹の細い隙間を、ゆっくりとボートがすり抜けて行く。
ギシギシと木製ボートが軋み、水の跳ねる音が響く。
どこかでまたフクロウが鳴いた。
「***、***」
少女がまた指さした。
「え、あそこに入るの?」
少女の指さす方を見てみると、その辺一帯では一際大きな大樹がそこにはあって、その大樹の根っこで造られた天然の洞窟が口を開けて待っていた。
ボートが一隻、横並びに詰めてギリギリ二隻通れる位のサイズの洞窟。
一瞬迷ったが、唾を呑んでオールを漕いだ。
ボートが洞窟の中へとゆっくり侵入する。
当然ながら暗さはより一層増す、とそう思っていたのだが、中には蛍の三倍くらいの大きさの黄色い光を放つ虫が飛び回っていて、そこは幻想的な明かりに灯されていた。
「は〜凄いね……ここ」
初めて見る幻想的光景に思わず少女に話しかけた。
無視された。
しばらく洞窟内をボートで行くと、やがて出口の方から外の明かりがぼんやりと入り始め、そしてついにボートが洞窟を抜けたその先の景色に、思わず口が開いた。
そこはこれまでの森の様子とは明らかに違う、確かな生活感が溢れる集落があった。
集落と呼んでいいのかも分からぬが、明らかに人が住んでいる。それもどうやら大樹の中に家を建てて住み着いているみたいだ。大樹の幹に扉や窓がついているし、きっとそうだ。
「***」
また少女が指をさしたので視線をやると、少し先にボートを停められそうな小さな桟橋を発見した。
ボートを寄せて、地面に突き立った杭にロープを括りつけ、ようやくボートから降りる。
「と、到着ってことでいいんだよな……」
何だか落ち着かなくて遠夜が辺りをキョロキョロ見渡していると、
「****、*****」
少女が何かよく分からない言葉の後に、胸の前で両腕を組んで首をプイッと逸らした。
「え、なに、お礼? 今のお礼なの?」
『挑発された可能性もあります』
しかしすぐに少女が歩き始めたので、その後を追うように遠夜も歩みを進めた。
地面には山道に足を取られない様にするためか、木板が埋め込んである。薄暗い空間を照らすのはあちこちに吊るされてある丸いランプだ。どこを見てもやっぱり生活感がある。
少し歩くと大樹の家が近付いてきた。この辺まで来ると、あっちこっち大樹の幹の中に家が幾つも存在しているのがよく分かった。どうやら結構な人数の人間がここで生活しているみたいだ。
そうして感心しながら遠夜が少女のすぐ後ろを歩いていると、
「****ッ!」
遠くから誰かの叫び声が聞こえた。
直後、遠夜の聴覚が悪寒を誘う風切り音を捉えた。
――矢……ッ!?
「きゃっ」
咄嗟に目の前の少女を突き飛ばし、即座に抜いたナイフで飛んできた矢を弾き上げた。
「何だ……!?」
周囲を見渡すと、木の上から、合間から、こちらを狙う複数の人間の姿を捉えた。奴らは敵意とともに弓をこちらへ向けている。
――今まで気配を消していたのか。油断していたとは言え、やるな。
「*****ッ!」
再び誰かの叫び声が聞こえ正面を見ると、白く長い髭を生やした老人がこちらへ歩み寄ってきていた。そのすぐ後ろに屈強な男が二人、遠夜を睨み付けている。
そして姿を現した彼らは全員、少女と同じ動物の耳や尻尾を持っている。多分この集落に住まう住人たちだろう。敵意丸出しのところを見ると、どうやら歓迎はされていないようだ。
「***、******!」
立ち上がった少女が何か叫んだ。
周囲の者達が怪訝な顔をしている。
「****?」
「******」
「***……」
「***、*****」
「……***、******」
白い髭の老人と少女が何か話している。
二人がしばらくして話し終えると、髭の老人が徐にこちらへと近づき、
「***、****?」
「あ、えっと……」
何か話しかけてきた。
先程までの敵意はあまり感じないが。
すると髭の老人は穏やかな表情で右手を差し出してきた。
握手を求められているのだろうか。
少し躊躇ったが、ここで変に迷っても仕方がないと、遠夜は老人の手を握ってみることにした。
老人は遠夜の手を握ったまま、じっと遠夜の目を食い入るように見つめてくる。何だか心の中を覗かれているような奇妙な感覚に陥り唾を飲む。
そして数秒後、
「*****」
老人はニッコリ笑って何かを呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます