第2話

晴れた日曜日の午後、拓未と美美は自宅近くの公園に出かけることにした。空はどこまでも青く、風はほんのりと涼しく、木々の葉がその音を響かせる。舗装された道を歩きながら、二人は言葉少なくても心地よい空気に包まれている。

美美が歩みを緩め、ふと立ち止まった。「見て、あの木、すごく綺麗に咲いてる。」美美は指で空を指し、遠くの木々を指し示した。

拓未はその声に反応し、視線を向ける。そこには、色とりどりの花が咲き誇り、まるで春の終わりを告げるように、花々が風に揺れていた。「本当に、綺麗だね。」拓未は少しだけ目を細め、景色を楽しんだ。

二人は、何気ない会話をしながら公園の奥へと進んでいく。芝生の広場が広がると、拓未は自然と足を止めた。「ここ、いいな。ちょっと座ってみようか。」

美美はすぐに頷き、彼の隣に腰を下ろした。草の香りが心地よく、周りの風景はまるで絵画のように美しい。遠くで子どもたちの笑い声が響き、時折、鳥のさえずりも耳に届く。

「こうして、のんびり過ごす時間も大切だね。」美美は背を伸ばして空を見上げながら、そんなことをつぶやいた。

拓未は彼女の言葉に静かにうなずく。「そうだね。普段、忙しくて忘れがちだけど、こうして何も考えずに、ただ一緒にいる時間が一番贅沢だよ。」

美美はその言葉を噛みしめるように、少しだけ微笑んだ。「仕事が忙しくなると、こういう時間が本当に貴重に感じる。」

拓未は、美美がどれほど仕事に没頭しているかをよく知っていた。彼女が家に帰ってからも、パソコンの前に座り続け、ゲームサウンドの仕事をこなしている姿を何度も見ていた。その一方で、拓未はガラス食器の仕事をしっかりとこなしながらも、何となく美美を気にかけるようになった。

「無理しないで、ちゃんと休んでね。」拓未は静かに言った。「あまりにも仕事に没頭していると、自分を見失ってしまうことがあるだろうから。」

美美はその言葉に少し驚き、顔を向けた。「ありがとう、拓未。気を使ってくれるんだ。」

拓未は少し照れくさそうに肩をすくめた。「まあ、そんな大げさなことじゃないよ。ただ、無理していると心配だって思ってるだけだよ。」

美美は、拓未が何気なく言ったその一言がとても温かく感じ、胸がじんとした。「そうだね、ありがとう。でも、私も拓未が気を使ってくれているのを感じるから、無理しすぎないようにしてるよ。」

二人はしばらく無言で空を見上げ、その静けさを味わった。風が軽やかに吹き抜け、草が揺れる音だけが響く。普段の生活では、なかなかこんな時間を持つことができないから、今、この瞬間をしっかりと感じることができた。

しばらくすると、拓未がポケットから小さな本を取り出した。「最近、読んでる本があって、これ、ちょっと気になるんだ。」拓未は本を美美に見せた。

美美はその本を手に取り、表紙をじっと見つめた。「へぇ、これって哲学の本じゃないの?」

「うん。」拓未は少し恥ずかしそうに笑いながら答えた。「最近、ちょっとそういうのに興味が出てきたんだ。美美も一緒に読んでみない?」

美美は驚いたように拓未を見つめた。「拓未が哲学に興味を持つなんて、意外ね。」

拓未は照れくさく笑って言った。「まあ、こういう静かな時間を過ごすと、心が落ち着いて色々考えたくなるんだ。」

美美はその言葉に、少しだけ胸が温かくなった。拓未が心の奥で何を感じ、どう過ごしているのかを少しだけ垣間見た気がした。そして、そんな拓未に寄り添って、彼との時間をもっと大切にしたいと思った。

「うん、じゃあ、ちょっとだけ読んでみる。」美美は本を受け取り、開いた。

拓未はその様子を静かに見守りながら、心の中で確かな思いを感じていた。美美と一緒に過ごす静かな午後の時間が、何よりも幸せで大切だと心から感じていた。


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拓未と美美が公園で過ごす午後のひとときは、まるで時がゆっくりと流れているように感じられた。二人の間には言葉は少なく、ただ風の音や鳥のさえずりが心地よいBGMのように響くだけだった。美美は本を読みながら、拓未は遠くを見つめて、ふと心が軽くなったような気がした。

そのとき、空に浮かぶ雲が一つ、二つと変化しながら形を変え、拓未の目の前に見える景色はまるで別世界のように美しかった。美美の顔をちらっと見た拓未は、改めて心の中で彼女に感謝の気持ちを抱いた。こんなふうに、何も考えず、ただ静かな時間を共有できることがどれほど大切なことか、今更ながらに思い知らされる。

「拓未、聞いてる?」美美の声に、拓未ははっと我に返る。

「うん、聞いてるよ。」拓未は少し照れくさい笑顔を浮かべた。

美美はその笑顔に少し驚き、少し照れたように笑う。「さっき言ってた本、読んでみてもいいかな? すごく興味が湧いてきた。」

拓未は本を受け取ると、少し嬉しそうにそれを美美に渡した。「もちろん。俺も最初はちょっと取っ付きにくかったけど、読んでみると案外面白いんだ。」

美美は本を手に取り、ゆっくりとページをめくり始めた。拓未は彼女の横顔を見ながら、ふと心の中で思った。これまでの自分にとって、理論や哲学的な思考があまり重要だとは思っていなかった。だが、今、美美と一緒に過ごす時間が自分にとっての大きな意味を持ち、何かしらの「意味」を見つけ出すことができるような気がしていた。

しばらくして、美美がページを閉じて、拓未に向き直った。「意外と面白いかも。ちょっと難しいけど、もっと読み進めたくなったわ。」

拓未は嬉しそうに笑いながら答えた。「そうだろう? 俺も最初はちょっと硬く感じたけど、読むうちに引き込まれてさ。」

その後、二人は再び無言のまま風景を楽しんだ。拓未はしばらくの間、美美と並んで歩いていることがどれほど素晴らしいことかを感じ続けていた。言葉にできないけれど、二人の間に流れる空気は、まるで一つのものが一緒に息をしているかのようだった。

「拓未、ちょっとお腹空いてきたね。」美美がふと口を開いた。拓未はその言葉に気づき、少し笑みを浮かべた。

「そうだな。もう少し公園内を散歩してから、近くのカフェに寄ろうか?」

美美は嬉しそうに頷き、二人はまた歩き出した。公園の中の小道を進みながら、どこかで木漏れ日が差し込み、自然の美しさが二人の心をさらに穏やかにしてくれる。

カフェに着くと、二人はテラス席に座り、アイスティーを注文した。静かな午後の陽射しの中で、二人の間には自然と会話が続いていた。美美はアイスティーを一口飲みながら、ふと話題を変えた。

「拓未、私、最近、ちょっと思っていることがあるんだけど。」

拓未はその言葉に一瞬、警戒のような気持ちを抱く。でも、すぐに美美の顔を見ると、彼女はどこか真剣な表情を浮かべていた。

「どうした?」拓未は心配そうに尋ねる。

美美は少し考えてから答えた。「最近、なんだか私、拓未にもっと頼りたいって思ってるの。私、ついつい一人でなんでもやっちゃうタイプだけど、拓未が側にいてくれるだけで、心強く感じる。」

拓未はその言葉に少し驚き、そして心の中で温かい気持ちが広がった。「美美…俺は、もっと頼ってくれていいんだよ。俺も、美美と一緒にいると、心が安らぐし、支え合っている感じがするから。」

美美はその言葉に満足そうに笑い、「ありがとう、拓未。」と言った。拓未はその微笑みに、心の中で深い安堵を感じると同時に、どこか誇らしさも感じた。

「じゃあ、これからはもっとお互いに頼り合おう。」拓未が真剣な眼差しで言うと、美美は頷き、もう一度笑顔を浮かべた。

「うん、そうだね。」

その後、二人はゆっくりとアイスティーを飲み干し、午後の日差しの中で心を通わせる時間を楽しんだ。無理なく、お互いを支え合うことができる関係の大切さを改めて感じながら。


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カフェでのひとときが終わると、拓未と美美はゆっくりと店を後にした。公園の入り口近くにあるベンチに座り、少しだけ足を休めることにした。風が心地よく、夕暮れの空は淡いオレンジ色に染まっている。日が沈みかけるその時間帯、二人はただ静かに隣同士で座っていた。

「今日は、すごく穏やかな気持ちになれた。」美美が静かに言った。その言葉に、拓未は少し驚いたが、すぐに同意の気持ちを込めて頷いた。

「うん、俺も。日常のことに追われていると、こんな静かな時間がとても貴重に感じるな。」

美美は少し考え込んだように目を閉じた。「仕事やプライベートのことで頭がいっぱいになることが多くて、なかなか心を落ち着ける時間が取れなかったんだけど、今日は本当にリラックスできた。」

拓未は、ふと美美の顔をじっと見つめた。その目は、普段見せないような柔らかさを帯びていて、拓未はその静かな表情に心を動かされるのを感じた。彼女が本当に心の底から安らげているのだということが、何より嬉しかった。

「俺も、美美が楽しんでくれたなら、嬉しいよ。」拓未の言葉には、自然と誠実さがにじんでいた。

その言葉に美美は少し驚き、そして静かに微笑んだ。「拓未、ありがとう。あなたと一緒だと、こんな風に心が軽くなるから。」

拓未はその笑顔を見て、少し胸が熱くなった。彼女にとって、自分がそんな存在になれていることが、彼にとっても何よりの誇りだった。

「これからも、こういう時間を大切にしていこう。」拓未は真剣な表情で言った。

美美は、拓未の言葉を深く感じ入るように、しばらく無言でその場の空気を味わった。そして、しばらくしてから、「うん、そうしよう。」と穏やかに答えた。

それから、二人は手を繋いだ。手のひらに伝わる温もりが心地よく、何気ない日常の中でお互いを支え合っていることを再確認する瞬間だった。

静かな夕暮れが更けていく中で、二人はゆっくりと家路を辿った。互いの足音が舗道に響き、心が静まり返る。その時、拓未はふと、美美の手をぎゅっと握り締めた。

美美はその手のひらに自分の温もりを感じ取り、心が温かくなった。「拓未、いつもそばにいてくれてありがとう。」

拓未は顔を向けて、優しく笑った。「これからも、ずっと一緒だよ。」

その言葉に、美美は安心したように目を細めた。「うん、ずっと一緒。」

家に帰る道すがら、二人は再び言葉を交わすことはなかった。しかし、無言のまま歩くその時間が、二人にとって最も穏やかで心地よい瞬間だと感じていた。互いの存在が、言葉以上に大切であることを、深く実感していた。

帰宅すると、二人は並んでキッチンに立ち、軽い夕食の準備を始めた。美美がサラダを作り、拓未が簡単なパスタを仕上げる。互いの動きが自然と重なり合い、まるで何年も一緒にいるような調和の取れたリズムが生まれていた。

「これで完璧かな。」拓未が皿をテーブルに並べると、美美は少しだけ顔を上げて言った。

「うん、完璧。拓未、ありがとね。」

二人は食卓につき、静かな時間を過ごしながら、再びお互いの温かさを感じ合った。食事が終わると、拓未は美美を見つめ、「明日はどこに行こうか?」と尋ねた。

美美は少し考え、「そうね、またどこか静かな場所に行きたいな。」と答える。

拓未は微笑み、「いいね、また自然を感じる場所を見つけよう。」と言った。

二人はこれからも、少しずつ日常の中で大切な瞬間を紡いでいくことを心に決め、静かな夜を迎えた。


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