第13話 この花婿は誰のもの


90年安保事件、三島事件、韓国軍反乱、98年東京擾乱、2005年自衛隊反乱、朝鮮戦争再開。

揺れる東アジア情勢の最中に結成されたのが“帝賛派”であった。


帝室は現在、政治的な権力から切り離されている。

1970年代にいわゆる“君臨すれども統治せず”に完全に移行し、象徴天皇制となったからである。


しかしこれをよく思わなかったのが保守派華族。


つまり華族は帝室の近臣であって、頂上に頂く天皇、帝室の権力が喪われれば、華族の権力も自動的に下がってしまうわけである。


具体的に言えば華族の発言権はある程度帝室が保証している“ように見えた”のがある。


実際そうでなくとも、華族にたてつけば帝室が動くのでは?

華族を不機嫌にさせてしまったら、帝室を、日本で一番偉い御上・・を敵に回してしまうことになるのでは?


と、平民の出の議員や名士達は萎縮してしまう訳である。

だからこそ華族はある程度政治や経済に口出しする事を許されていたのだ。

いや、黙認と言うべきか……?


「だからこそ今一度、“帝賛派”は総力戦体制の頃のような華族の権力の全盛期を取り戻したい……だからこそ無爵位の名士の連中を敵に回すのでなく、甘い蜜で抱き込んで俺ら・・にけしかけたと」

黒塗りスモークのアルファードに座乗する有栖ヶ丘公が煙草を咥えながら語る。


俺ら?・・・


「日曜会メンバー、何人か邸宅に撃ち込み・・・・があった。ハニートラップの報告件数も増えてんだわ」


「だからもう既に日曜会が招集ささってたんですね」


「報告の内容は決まって若い無爵の女名士・・・・・・無爵位名士の娘・・・・・・・との会食の後だったんだと。あからさますぎるよな」

煙草に火を灯そうとして苦戦し、あぁガス切れだったなと舌打ちをしてからポケットに戻す。


「しかし結婚か……確かに年貢の納め時なのかもしれんがなぁ……」


「凛乃介さん。私はもう逃げません」


ピリッとした空気が車内に充満した。


「それは……どういう意味だ」


「私は今が“年貢の納め時”ですから」


「おいおいほだされたか。自らあの連中のうち、誰かの花婿ものになりに行くのか」


「まさか。私は私のもの・・ですから」


「ならどうすんだ?」


松雪はゆっくり、ゆっくり深呼吸してから総てを、胸の内の総てを吐き出した。


M4A1を運転席と助手席の間に挟んでいる兵士はコーラを、助手席にてC8L119を待機スタンバイさせている兵士は茶を噴き出す。


「……正気か?」


「えぇ。至って正気です」


「自信はあるのか」


「逃げ切る自信はもっと無いです」


「そうか……“絶体絶命には絶体絶命の手を打て”か」


話に夢中だったので、ようやく、執事から新しいライターを受け取った彼は脂汗をかきながら一服する。


「厳しい道のりだな」


「どうですかね。私的には一番楽で一番早く終わる道のりに見えますよ」


「海外に高飛びしたらどうなる?南米とか」

松雪から手渡された冷えた缶ビールを煽り、小さくため息をついて口を開く。


「数年は大丈夫でしょうが、いずれ連中はもっと成長しますよ。今よりももっと。そうしたら地球上で逃げれる場所は無くなります」


公爵は項垂れて、なにか頷き、ゆっくりと納得したようにして、また、項垂れた。



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