第15話
『キス…するチャンスだったね…』みたいなことを村辻さんと榊さんが小声で話しているが、ここは公共の場だ。学校でも言いたいことを伝える度にキスとか出来るわけがない。
「村辻さんあのさ、キスは一旦置いといて、きっかけと言うかスイッチみたいな条件が欲しいって話だと思うんだけど、抱き着くとかじゃダメかな。教室とかでギリ許される範囲で」
「軟弱もの…」
「榊さんは黙って!」
榊さんをねじ伏せて村辻さんを見る。
「抱き着いていいんだ…」
村辻さんは若干夢見ごこちだった。腕を組んで歩くまではやってるのでそう変わらないだろうと思うが。心ここにあらずな村辻さんを見ていると隣に座っている織田さんが肩をトントンと叩く。彼女の方を向くと腕を組むような感じで絡みついてくる。
「ケーキもう一個頼んでいい?」
なぜ俺に聞くんだ。バカなのかこの子は。そして当たり前だが村辻さんが真顔に戻り問いかける。
「織田さん?」
「あっ、ごめーん。でも確かにお願いしやすいかも。しかも下から彼女に見上げられてお願いされたら断れないんじゃない?」
「そうなんだ。でも大和くんには触らないで!」
村辻さんは、先ほどとは違って冷静だが目のハイライトが消えている。
「ごめんちゃい。ケーキ頼んでくる」
店員さんを呼ばずに自分で行くのは斬新だ。お店の人も困るんじゃないだろうか。
「村辻さん嫉妬深い方なんだね」
榊さんが見たままを突っ込む。思ったことを口に出すって案外恐ろしい行為ではないだろうか。
「わ…わたし…あんまり分からないんだけど、大和くん私とはあんまり喋ってくれないのに…ほかの女の子と普通にしゃべってるの見ると…何か…嫌な感じがして…」
「この男、よくしゃべるよ。神経死んでそうだから言わなきゃわからないと思うけど、何言っても怒らないとも思うよ。こういうタイプは他人に興味が無いからぐいぐい行くといいよ」
「榊さんは部活で大和くんとはよくしゃべりますか?」
「あんまり。それより何で時々敬語なの?普通でいいよー」
若干だが悪口に聞こえる部分があったが榊さんなりのフォローなんだろう。しかしこいつら何で来たんだ。
「ありかー。ゼロ距離で受け入れられるということは、話は思い切ってしやすいか。抱き着いて…死んでとか?」
結城さんは狂ってる。榊さんに耳打ちされた村辻さんが席を立ち横に来る。注文から帰ってきた織田さんがしばらくして到着してきょろきょろしたが村辻さんが居た対面に座らされた。
「村辻さんちょっとやって見なよ」
榊さんが言う。まあ織田さんがやってしまったので上書きは必要だろう。隣に座った村辻さんが距離を詰めてきてぴたりと横に座り腕を絡めてくる。彼女の身長は158cmだったはずなので目を合わせるには確かに少し見上げる感じになった。
「あのね…私からも一個お願いがあって…名前で…さつきって呼んで欲しい」
『わぁー」とか『おぉー』とか歓声が上がる。
「どうどう?大和くんに物申しやすい?」
言ってる榊さんと織田さんは比較的話しかけて来る方だが実際は話しにくかったんだろうか。
「触れてるとちょっと勇気出る。言いたいこといえるかも」
「勇気いるんだ」
話しかけたり、言いたいこと言うのに勇気がいるとはちょっと反省しようと思う。
「大和くん…言ったよ。お願い聞いてくれるよね…」
「いいよ。今後はさつきって呼ぶ」
「何だー。抱き着いても、お願いしても良かったんだー。3か月損した!」
さつきは頬を膨らまして怒った風にしているが、すこぶる機嫌が良さそうだった。
「はいはーい。私も優香ってよんでくださーい」
「じゃあ、別に私も由美でいいよ。結城さん名前なんだっけ?」
織田さんと榊さんが合わせてくるが名前で呼ぶ仲ではない。あんまり気にしないんだろうか。
「……きらら……」
それはそれは小さな声で結城さんは答える。
「キキとララー?」
織田さんが虎の尾を踏む。
「き・ら・ら!!何か可笑しい!?」
「あははははははは!!!」
織田さんと榊さんが結構な声量で笑い始めた。おいおいと思ったが杞憂だったようで。
「かわいいー。気にしてるんだ。めっちゃかわいいのに!」
「羨ましいなー。最高じゃん。誰が付けたの?」
織田さんと榊さんは名前をバカにしていないことは誰でもわかる。自分の名前に照れてる結城さんが面白かったのだろう。彼女にも意図は伝わったのか怒っては無かった。
「お母さんが付けたらしい。最初は『きらきら』だったらしいけど流石にと言われて『きらら』になった…らしい」
「いいじゃん。今度からきららって呼ぶね」
「やめろ!」
「きらら可愛いよ。きららって呼びたい」
織田さんと榊さんの強引さの連携は見事で結城さんも仕方なく名前で呼ぶことを了承していた。榊さんが続けて、
「ここのメンバーは明日から名前で呼ぼう。…あー、大和くんだけは大和でいいや。さつきちゃんに悪いし」
「なぜ呼び捨て。じゃあ、俺もきららでいいの?」
「調子に乗んなよガキが!」
結城さんにガキ呼ばわりされる謂れはないが、男らしく『すみません』と言ってやった。キラキラネームの走りみたいなものだろうが当時はまだ珍しかった。ひらがなで『きらら』なら読みやすいし問題ない。
1時間も経ってないが意外と打ち解けている。さつきの笑顔自体が記憶になかったので前の世界では悪いことをしたと思う。何の因果かわからないが友人が増えるのはいいことだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます